28話 ニューヨークを灰にする。
28話 ニューヨークを灰にする。
ホワイトハウス地下のSCIF(機密隔離情報施設)。
壁一面のスクリーンに、『所長』の顔が映る。
背後はくたびれたブラインドと蛍光灯。
雑音は抑えられ、回線は政府専用暗号。
会議テーブルには、
国家安全保障担当補佐官、
法務顧問、
司法長官、
国土安全保障長官、
大統領首席補佐官が並び、
はじっこに記録官が座る。
「大統領……センエースが、チャーリーなる罪人を世に放てと言っているのですが……いかがいたしましょう」
所長の声は乾いていた。
疲れ切ってかすれている。
画面の右下に、時刻と回線識別子。
大統領は手元のファイルを閉じ、短く鼻から息を吐いて、
「そんなことは出来るわけがない……と言いたいところだが……仮に、断ったら、やつは何をすると言っている?」
所長は一拍置いて、用意していた紙を視線でなぞる。
「センエースの言葉をそのままお伝えいたします。『……ニューヨークを灰にする』……以上です」
室内の空気がわずかに沈む。
絶句。
誰も咳払い一つをしない。
大統領は天を仰ぎ、こめかみを親指で押した。
「……はぁ」
胃の奥が軋む。
隣で国家安保補佐官が低く続けた。
「これまでのセンエースの言動から鑑みるに、『単なる脅し』である可能性もありますが……『実行する可能性』も十分にあります。確率はイーブンかと」
「ニューヨークを50パーセントの天秤にかけるわけにはいかない……」
大統領が溜息と共に、そうつぶやくと、
そこで、司法長官が書類をずらし、端的に法的選択肢を読み上げる。
「州施設ですので通常は州知事権限。ただし、非常事態宣言と大統領令で『一時的な連邦拘束への移送』は可能。名目は対外的安全保障。仮釈放ではなく『条件付一時釈放』に近い形で、連邦保安官付きの監督下に置くことは可能です。書式はすぐにでも用意できますが……」
法務顧問が補足する。
「広報は不可逆な『釈放』ではなく『特別監督下での外出』。条件違反時は即時失効。州側には州の責任を生じさせない誓約書面を。カリフォルニア州知事室とは私が詰めます」
国土安保長官が指を二本立てる。
「安全措置を2点。①GPS兼生体監視の二重化。皮下タグと足輪の併用。②行動許容域を半径005マイル単位で設定、逸脱は即ロックダウン。加えてメディカルを常時随行させ、突発事案時の被害想定をリアルタイム更新します」
記録官が要点を短い文で刻んでいく。
その間、大統領は専用端末で身分認証を通す。
画面に『チャーリー・ラトナー 罪名:詐欺、共謀、文書偽造、資金洗浄 判決:懲役32年』と出た。
被害者数、返済状況、獄中記録。
――乱暴ではないが、素行は決してきれいではない。
メモ欄の片隅に『暴力事件なし/規律違反軽微/図書室ボランティア』。
ページをスワイプし、センエース関連インシデントの時刻ログを確かめる。
「……細かい詐欺の積み重ねで懲役32年か……」
独り言のようにこぼし、顔を上げた。
「――まあいいだろう」
テーブルの空気がほんの少しだけ動く。
国家安保補佐官がすぐに段取りを並べた。




