27話 銭と善意。
27話 銭と善意。
そこで、センは、猫を抱くラットの横顔を見下ろし、とうとうと、
「……全部は知らんが、多少は知っているぜ、お前のこれまで。……ベアの洗礼を受けた新人の配膳に『痛み止め』を混ぜて渡したこと、独房帰りの痩せた若造に余ったパンを二切れ押しつけて『落とし物だ』と嘘をついたこと、PTSD持ちの元兵に耳栓を回して『点呼の笛の音』から一晩だけ逃がしたこと」
ラットの肩が小さく震えた。
猫がその震えに合わせるように喉を鳴らす。
「他にも山ほど……やっていることはどれも小さいが……地獄を這いずってきた人間が、獄中で魅せる善意としては上等だろう。無理に比べるなら、『大金持ちが税金対策で寄付する数億』よりも、精神的には上だと言っていい。数億の方が助かる数が多いのは事実だが、事実なんて不都合なものは、お前にとって必要ない。いつだってな」
別に、誰かに褒めてもらいたかったわけじゃない。
善意をみせたわけでもない。
ただ根本的に『下衆なクズにはなり切れなかった』という、性格上の問題でしかない。
――それでも、『認めてもらえた』という暖かさで心の芯が熱くなる。
産まれて良かったとすら思えた。
「チャーリー・ラトナー……『地獄の底で、苦しみながら、それでも、最後の良心を棄てずに、もがき、あがき続けてきたお前の強さ』を、俺は『価値あるものだ』と認定する。もちろん、お前の詐欺で苦しんだ者がいるという現実があるゆえ、お前の全てを祝福したりはしない。お前と同じ絶望を背負いながら、それでも悪事に手を染めず、真っ当に生きている者もいる。そういう本物の聖人と比べればお前は下だ。前提がどうであれ、お前が罪を犯したのは事実。というわけで、ここからお前には相応の償いをしてもらう……が……全ての贖罪が終わり、『その手で救えた他者の数』が一定量を超えた時……俺はお前の全てを愛そう」
「……う……ぅう……」
ラットは声にならない息を吐く。
猫がペロと頬をなめた。
濡れた温度だけが現実をつなぐ。
「監獄ってのは『クズを閉じ込めるだけ』のゴミ箱。ここで食っちゃ寝しているだけじゃ、贖罪なんかできやしねぇ。というわけで、お前を外に出す事にした」
「……は?」
「外に出て、成すべきだと思うことを成せ。活動資金は援助してやる。トイチでな」
「……」
「世界を救え……とまでは言わないが、お前が今まで騙してきた数の万倍、誰かを救え」
「……」
目の前の暴君に何を言えばいいか分からなかった。
けれど、『これから何がしたいか』は、頭の中であふれかえった。




