23話 ラストラグナロク。
23話 ラストラグナロク。
肩を伸ばし、背骨を鳴らす。
鉄格子越しに落ちる薄光が、囚人服の縫い目を細くフチ取った。
「……ラストラグナロクはお前らの問題でもあるんだ……死ぬ気で己を磨き上げて、死ぬ気でこの世界を守れ。俺が担当するのは『半分』だけだ」
独り言は風の隙間に溶け、
遠いヴァルハラでは再び号令が上がった。
地獄は終わらない。
運命の日まで……彼らに休みは訪れない。
死んだ方がマシだと喚き嘆き苦しみながら修行を続けるしかない。
★
翌日のヤードは、砂の色まで薄曇りだった。
鉄条網の向こうで潮風が鳴り、金網の影が地面に格子を刻む。
囚人たちの視線は流砂みたいに落ち着きがなく、笑い声は乾いてすぐ割れた。
チャーリー・ラトナー(ラット)は、その縁で肩をすぼめていた。
ベアの背中が消えた――それだけで、世界の空気は別物になった。
(まさか、ベアがこの監獄から退場するなんて……誤算だ……はぁ)
ひとつ長いため息。
頭を抱える指が小刻みに震える。
(誤算、誤算、誤算……俺の人生は、ずっとそうだ……)
これまでのラットの人生は散々だった。
地獄の底を、度胸と悪知恵だけでどうにか生き延びてきた。
産まれた時から地獄。
クソみたいな親のもとで朝から晩まで終わらない暴力を受けて育った。
十代中盤、親を殺すことで、自立を果たした。
国を棄てて、真っ当に生きようと思ったがマフィアのカモにされて詐欺師になるしかなかった。
捨て犬を拾い、その犬に癒されたことで、裏社会から足を洗おうと決意したこともあった。
兄貴分に直訴したら、その犬を殺された。
(俺の人生……なんなんだよ……神はどうして、そんなにも俺を憎む……)
そんな独白を踏みにじるように、影が落ちる。
目の前には大柄の男が一人。
ベアが強すぎたせいで『万年、監獄の二番手』に甘んじていた男――ジョンが立っていた。
ベアほどではないが、ジョンも、腕と首と足が太い。
「よう、ラット。どうしたんだ、今日は。いつもの大きな『盾』がいないじゃないか。もしかして、かの御仁は、風邪でも引いてしまわれたのかな? くく」
ベアが目を潰されたのは周知の事実。
取り巻きたちの口元が歪む。
ラットは苦虫を噛み潰した顔のまま、即座に腹を決めた。
「じょ、ジョン……あんたとは、これまで、『横暴なベアのせい』で、色々とあったが、今後は、仲良くやっていきたいな。俺は、あんたを心から尊敬している。腕力しか取り柄のないベアよりも、あんたは、よっぽどクールでスマートだ」




