20話 魔法使い様の命令は絶対。
20話 魔法使い様の命令は絶対。
ブラインドの隙間から差す西陽が、所長室の机上を斜めに切った。
モニターには複数の窓が開き、肩章の影やスーツの襟、固い顔つきが並んでいる。
端末の録画はオフ、回線は政府専用の暗号回線。
赤いミュートランプが断続的に灯り、空調の風がやけに冷たく感じられた。
――刑務所の所長室から、関係各庁と大統領をつないだ緊急ウェブ会議が始まっている。
「で、なにがあった?」
大統領の疑問符に、所長は額の汗をハンカチで拭きながら、
「……そ、それが……」
背後では記録係の看守が議事要点だけを手書きで残している。
「イマイチよくわからず……」
「ちっ……」
大統領はイラつきながら、
「私が聞いたところによると、センエースが囚人の一人に魔法のような力を与えて……その結果として、房が一つ大破したとのことだが?」
「は、はい……まったくその通りで……ですが、それ以上のことは何も分からず……対象の囚人であるヒッキエスに関しましては、現状、別の房で待機させている状態でして……えと、それで、その……いかがいたしますか、大統領」
「聞かれても知らんよ」
画面の向こう側で椅子が軋み、額に手を当てる仕草が映る。
深い溜息がマイク越しに滲んだ。
被害写真が共有タブに流れ込む。
扇のように開いたコンクリ壁、ねじ切れた鉄筋、計器が振り切れたログ。
房番号、時刻、監視カメラの盲点も赤字でマーキングされている。
「それで、その……ヒックス?」
「ヒッキエスです、大統領」
「そいつの処理はどうするつもりだ?」
「センエースから『手出し無用』の通達が出ていますので、何もできません」
所長は通達書式のコピーを掲示する。
監獄側の決裁印と連邦法務の受領印、時刻の入ったログが添付されていた。
「……はぁ、やれやれ。魔法使い様の命令は絶対か……大統領という立場は、いつから、ここまで弱くなったんだ?」
画面の別窓で補佐官が手元の資料をめくる気配を見せる。
研究機関のラボコードが表紙を覗いた。
「できたら、ヒッキエスを研究対象にしたいのですが……」
補佐官の言葉を聞いた所長はあわてて、
「か、勝手なことはやめてくれ! センエースに睨まれる! 今、あの怪物の管理を任されているのは私なんだ! 何かするときは必ず私を通してくれ! そういう約束だろう!」
短い沈黙ののち、タメ息が連なって重なった。
ほどなくして、議題は被害の復旧計画と監視体制へ移り、
巡回経路の再設計、カメラの追加、房の補強材の仕様だけ確認していく。




