16話 プロメテウスなファンドによろしく。
16話 プロメテウスなファンドによろしく。
――アメリカ・カリフォルニア州。
サン・クエンティン州立刑務所。
……ヤードから房に戻ったヒッキエスは、両の掌を見つめていた。
皮膚の下で何かが微弱に脈打ち、体幹の奥では湯気のような熱がたえず立ちのぼる。
痛み以外の特異な感覚が『明確な存在感』をもって神経を撫でる。
耳のすぐ裏側で、知らない誰かが説明書を早口で読み上げていた。
――新しい器官が起動した、そんな感覚。
「な、なんだ、この感覚は……おれは、あの時、あいつにドラッグでも打たれたのか?」
ヒッキエスは首を左右に振り、呼吸を整える。
その舌が、自然に単語を転がした。
「――プロメテウスファンド……」
脳裏に、箇条化された文章が光る。
『他人からMPを借入・集積・運用できる。元本および増分は返還可能で、増分は他者へ再貸与可。利子の有無・利率は任意に設定できる』
金融の取引条項みたいに、
条文が脳にスタンプされる。
――要は、魔力の貸し借りと運用ができる力。
「……他人からMPを借りて……増やしたり、使ったり、誰かに渡したりできる……MP……ゲームでよくある、魔法を使うためのポイントか。そんなもんがあったところで……おれには、そもそも『魔法』が使えないんだから、意味ないだろ……ここは、ハリーポ◯ターの世界じゃないんだよ……」
その時、通路の金属音が一度だけ跳ね、ドアの覗き窓に影が落ちた。
鍵は回っていない。
なのに、次の瞬間、ドアがスっと開いた。
「よう」
センが入ってきた。
「な、なにやっている。この時間は、勝手に外に出たら懲罰房に――」
「ああ、だいじょうぶ、だいじょうぶ。その辺はどうとでもなるから」
「……お、おれが手引きしたとか思われたら、おれの刑期が――」
「大丈夫だって。それより、お前をどうするか決めてきたから、今後について、ちょっと相談しようや」
「おれをどうするか決めるって……お前は何様だ」
「神様さ」
「……」
「笑えよ、ヒッキエス。『自信満々に放たれたつまらないジョーク』を『お情け』で嗤うのは人としてのマナーだろ?」
ヒッキエスは額を押さえ、深くため息を吐いた。
『センエースとまともにやりあっても無駄だ』と早くも、宇宙の真理に気づく。
「……そ、それで、用件は? 今後についてって……いったい――」
「お前に俺のMPを貸してやる。とりあえず、20億ほどな」
脳髄液が一瞬ヒヤっとする。
ヒッキエスはノドの筋肉が勝手に痙攣するのを自覚した。
――20億という膨大な数字に常識というリアリティが追いつかない。
「20億……それが多いのか少ないのかも、おれには分からないが……」




