13話 毎秒投稿しろ。
13話 毎秒投稿しろ。
乾いた砂、塩の風、鉄条網の影。
円環状にびっしり並んだ受刑者の眼が、ひとつの中心を凝視している。
――ヤード中央、センエースが指を鳴らす。
地面に展開する奇妙なジオメトリ。
光の線は砂を焼かず、ただ世界の『規則』だけを塗り替えていく。
痩せた新参、ヒッキエス。
彼の胸の奥に、未知の回路が接続される音がした。
監獄の真ん中でセンが新人に『能力』を付与したのだ。
「――あの怪物くん……あいかわらず、イカれとるなぁ」
トコは目を閉じたまま、軽く笑いながらつぶやく。
指先だけが現実に戻り、古びたノートPCのキーボードをたたく。
見えたものを、熱のまま文字へ落とす。
ブラインドタッチぐらいはお手の物。
砂塵の匂い、受刑者のざわめき、刑務官の喉仏の上下。
比喩は短く、動詞を躍らせて、ワードを沸かす。
センの一挙手一投足が、彼女の脳から、新しい語彙を引きずり出す。
――外の世界は、監獄の中で何が起きているのかを知らない。
面会も遮断、TVもカット。
ニュースは門の外で止まっている。
つまり、現状、人々は転生文学センエース経由でしか情報を得られない。
トコはいったん、視界リンクをといて、
ここまでに見たセンエース監獄編をまとめていく。
誤字脱字をあらかたチェックして、更新ボタンを押した。
それから2分も経たないうちに、通知の音が連打になる。
全裸待機していた世界中のファンたちが一斉に反応したのだ。
タイムラインが泡立ち、コメント欄が白く瞬く。
英語、フランス語、アラビア語、見慣れない文字列まで混ざって、
『続けろ』『もっと』『毎秒投稿しろ』と叫ぶ。
熱が数字になる。
数字が熱を呼ぶ。
その循環が、そのまま、トコの『システム』へ注がれていく。
世界中がトコの文章にしがみつき、
結果、えげつない量の経験点(EXP)がドバドバ入ってくる。
トコは一度だけ深呼吸して、マイページを開いた。
液晶の明かりが狭い部屋を青く冷やす。
〈小説家になろう マイページ〉
PV:921,133,578
ブクマ:2,009,665
EXP:1,115,776,731
もう、数字に驚くことはなくなった。
色々と麻痺してきたから。
思ったことは一つ。
「……こんだけポイントがたまったら、けっこう、長い事、過去を見られるんちゃうかな……」
スキルツリーの奥、錠前つきだったノードがやわらかく光る。
《センの記憶・遠景》――必要EXP:3,000,000
所持EXP:1,115,776,731(使用可能)
トコは瞼を閉じ、息を整えた。
「……メモリアイ」
そうして意識がセンの過去とリンクしていく。
トコの視界は『異世界の森』の『稼ぎ場』を見ていた。




