トコ7話 特定。
トコ7話 特定。
薬宮図子は、ノートPCを閉じたあとも、しばらくベッドの上で頭を抱えていた。
胸の鼓動がうるさすぎて、耳鳴りのように響く。
SNSのタイムラインは、いまも止まらない。
『この文体、確実に男じゃないな。俺は詳しいんだ』
『関西弁が混ざってる。関西出身?』
『投稿時間帯的に、日本の学生じゃないか?』
『作者=センエース本人説、わりとマジである』
『未来人が書いてるんだろw』
(……なんで、こいつら、あたしを特定したがっとるん? ……大事なんはセンエースやろ……あたしとか、どうでもええやん。……なんで作者探し……えぇ?)
スクロールする指が止まらない。
憶測は膨らみ続け、『特定班』が動き出していた。
『IP割り出しでいけんじゃね?』
『プロバイダに開示請求しろ』
『もう足跡ついてんじゃねーの』
「な、なんで、こんな……」
冷や汗が背筋を伝う。
机の上のスマホが震えた。ニュース速報が表示される。
【警察庁関係者によると、公安部が『渋谷小説』の投稿者を捜索中。
『センエース対策協力者』として接触を試みる方針で――】
★
――霞が関・警察庁。
サイバー犯罪対策課の一角に、臨時の対策本部が設けられていた。
壁面にはモニターが並び、『転生文学センエース』と呼ばれる投稿サイトの画面、SNSトレンドの一覧、そしてアクセスログ解析のリアルタイム映像が映し出されている。
同時に各国の大使館や情報機関からの打診メールが矢継ぎ早に届き、国際課の職員たちが電話に追われていた。
「……で、どうなんだ。アクセス元は?」
「はい。対象アカウントは国内大手プロバイダを経由。固定回線契約のログを追跡しました」
「開示請求は?」
「刑事訴訟法218条の令状請求では時間がかかりますので、警察法2条2項『緊急時における公安維持義務』および通信事業法4条を根拠に、総務省の指示で緊急避難規定を適用しました。事業者から即時回答済みです」
「……よし」
幹部たちの目が鋭くなる。
「該当アドレスは都内の賃貸物件。契約者名義は成人だが、利用実態には未成年の痕跡がある」
「……未成年……」
「深夜から早朝にかけて継続的なアクセスがあり、履歴には学校関連の検索や課題提出用の利用が確認されています。生活リズムは学生そのもの。性別は断定できませんが、文体解析では『女性的』と評価されています」
「つまり……女子生徒の可能性が高い、ということか」
室内がざわめいた、その直後。
「ただし――」
オペレーターが画面を指差す。
「ログには不自然な分岐が複数存在します。同時刻に別経路へ大量通信が流れており、照合結果が食い違っています。完全に断定するには、まだリスクがあります」
「……偽装の線も捨てきれんか」
重い沈黙が流れた。
「小説の記述は現場映像の非公開部分と一致している。現場の自衛隊員ですら知らない情報だ。……どうやって書いた?」
「可能性は二つ。本人が『現場を直接見ている』か、あるいは『センエース本人と接触している』か」
「どちらにせよ、放置はできない」
公安部の幹部が低く言い放つ。
「未成年である可能性が高い。加えて、もし本当にセンエースと繋がっているなら、敵対行動は自殺行為になる」
「……ですね」
「現場部隊に徹底しろ。『交渉優先・敵対禁止』。一線を越えれば、都市ごと吹き飛ぶ」
空気が張り詰めた。
SATの現場指揮官が頷き、無線で命令を飛ばす。
「目標は確保ではなく接触。発砲はもちろん威圧も禁止だ。あくまで『協力要請』と心得ろ」
赤色灯が点滅し、黒塗りのワゴンや覆面パトカーが庁舎を次々と飛び出していく。
無線が交錯し、隊員たちのブーツが深夜のアスファルトを叩いた。
「出動」
★
トコの部屋。
時計は午前二時を回っていた。
静まり返った六畳間に、唐突にチャイムが鳴り響く。
ピンポーン。
「っ……」
体が跳ねた。
心臓が喉に詰まる。
「――警察だ。開けなさい」
低い声がドア越しに響いた。
(え……警察? え、なんで? マジでIP……特定されたん……?)
思考がぐるぐる回る。
「どうしよう……いや、どうしようもクソも……警察がきた以上、逃げるわけにもいかんか……別に、捕まりはせんやろ……小説書いただけやから……」
呼吸を整え、ドアノブに手をかける。
軋む音とともに扉を開いた。
そこに立っていたのは――
制服でも、スーツでもない。
青い長羽織の男。
「よう」
センエースが、静かに微笑んでいた。




