トコ6話 黒い渦の向こう。
トコ6話 黒い渦の向こう。
トコはベッドの上に正座していた。
ノートPCを前に深呼吸し、ゆっくりと瞼を閉じる。
「……メモリアイ」
――視界が闇に塗りつぶされる。
その奥から、ざらりとした風景が滲み出した。
そこは、暗い大地だった。
空気は鉛のように重く、赤黒い光が地平線を不気味に染めている。
焼けた鉄と血の匂いが鼻を刺し、耳の奥では風が呻くように鳴っていた。
その中心で、ボロボロのスーツ姿の男が泥に転がっていた。
首相・闇川。
「ぜぇ……っ、はぁ……っ、ひぃ……!」
顔は汗と土でぐしゃぐしゃに濡れ、両手で地を掻きながら必死に呼吸している。
(……闇川首相……? でも、渋谷でセンに殺されたはず……なんで……生きとる……?)
周囲には、自衛隊の迷彩服やSATの防弾ベストを着た男たちがいた。
マスコミっぽい恰好をした人も、人相が悪い一般人も。
誰もが汗だくで、朦朧とした表情のまま剣を振り下ろす。
ある者は火球を放ち、ある者は盾を構えて突進する。
呻き声。
泥に倒れ込む音。
『死ぬ……助けて……これじゃあ、死んだ方がマシ……』と唇が動いたかと思えば、また立ち上がって剣を振る。
『いっそ殺せ』『キツすぎる』……と、みな、口々に愚痴をこぼす。
それは、殺し合いのようでもあり、狂った訓練のようでもあった。
(……死んだあとの光景……? 地獄みたいな……? それとも……なにかの試練……?)
トコが理解をつかもうとした瞬間、映像はぷつりと切れた。
画面に、冷たい文字が浮かぶ。
――〔PS/SYSTEM〕
《センの記憶・近景》の続きを閲覧するには、EXP:2,000,000 が必要です。
「……に、にひゃくまん……? たっか……」
頭を抱える。いまのポイントからは、あまりにも遠すぎる数値。
――脳裏に焼き付いたのは、闇川の呻きと兵士たちの狂気の光景。
死んでいないのか。死んだ先なのか。――判別できない。
「……200万の近景も見なあかんな……このままやと、生殺しや」
唇を噛み、ノートPCを睨みつける。
けれど今できることはなかった。
しばらく考え込んだ末、ふとSNSのタブを開く。
小説に熱中しすぎて、しばらく確認していなかった。
「ぇ……?」
――タイムラインが、異様な熱気で燃え上がっていた。
#ShibuyaNovel
#転生文学
#救世主降臨
#地獄の独裁者
「……なに……これ……まじ……?」
英語、中国語、フランス語。見慣れぬ言語まで混ざって、同じ単語を叫んでいる。
『作者は誰だ?』
『日本語が原文? 翻訳で読んだ』
『多分、男じゃないよね』
『小説じゃなく証言だろ』
『まるで現場を覗いてるみたいだ』
(……嘘やろ……これ、世界中で……? もはやバズとか炎上とかやない……)
画面の光がトコの顔を照らす。
胸の鼓動はどくどくと速まり、指先が小刻みに震えた。
「え……うそ……」
六畳のワンルームに、かすかな声が落ちる。
その響きは、遠く、世界のざわめきと重なっていた。




