トコ5話 センエースの記憶。
トコ5話 センエースの記憶。
その頃、薬宮図子のノートPCにも、見慣れぬ数字が跳ね上がっていた。
〔アクセス解析:海外流入+1200%/主要言語=英語、中国語、フランス語〕
通知ポップは絶え間なく点滅するが、彼女は書くことに夢中で視界に入れていない。
世界の喧噪と、六畳の部屋の静寂は、奇妙にずれたまま並走していた。
――文章とにらめっこする薬宮図子は、中心にいながら何も知らない。
六畳の部屋から紡がれた物語は、確実に歴史の炎に混じり始めていた。
トコのノートPCは、深夜のワンルームで熱を吐いていた。
ブラウザを更新するたび、数字が跳ね上がる。
PV:12,090 → 87,699 → 230,097。
ブクマ:532 → 1,027 → 9,008。
EXP:3,012 → 295,533。
(……エグ……これもう完全にバズやん……ちょっと伸びすぎて、逆にこわなってきた……)
通知は途切れず、コメント欄は熱狂と混乱で埋まっていた。
『誰か、この作者に取材して! 渋谷の空気そのまま』
『生々しすぎる。もしかして、センエース本人が作者?』
『センエースって何者? 素性、出てこないの?』
『人間? それとも兵器? マジで怖い』
SNSのトレンドにも同じ叫びがあふれていた。
#救世主降臨
#地獄の独裁者
#正体不明の少年
#センエースの正体
(……みんな、知りたがっとる。センエースが何者かって……)
その瞬間、画面が唐突に黒に塗りつぶされた。
――〔PS/SYSTEM〕条件達成。
《センの記憶・遠景》が解放可能になりました。
《センの記憶・遠景》(必要EXP:5,000)
《センの記憶・近景》(必要EXP:20,000)
(……余裕で見れるようになっとる……)
喉がひとりでに鳴った。
「センの記憶……何が見えるんやろ……」
トコはクリックした。
錠前が外れるような乾いた音が響き、画面に指示が浮かぶ。
『目を閉じて、【メモリアイ】と唱えてください』
息を呑んで、まぶたを閉じる。
狭い部屋の空気が急に濃くなり、心臓が耳の奥で暴れ出す。
「……メモリアイ」
暗闇が裂け、映像が流れ込んでくる。
――教室。
放課後の夕暮れ。
斜陽が差し込み、机の列が長い影を落としていた。
制服姿の少年がひとり、机に突っ伏している。
(……高校? これ……日本の……)
黒髪の、どこにでもいる男子高校生。
けれど、その瞳をトコは知っていた。
「……セン、エース……?」
その少年は、誰もいない教室でぽつりと呟く。
『この世界、マジでクソだな……汚職、多すぎる。俺に力があったら、全員、皆殺しにしてるぜ』
その声とともに、トコの視界はすっと闇に沈んだ。
――《センの記憶・遠景》終了。
さらなる深層記憶の解放条件:EXP 500,000。
(……これだけ? 次は五十万……桁違いやん。無理やろ……でも今のって……ただの高校生? 中二病みたいなこと言うとったけど……まさか、あれが……センエース?)
胸の奥がざわつく。呼吸が乱れ、指先が震える。
(……二万の近景も見よかな……いや、その前に、この感情を形にしたい……っ)
熱に追われるように、トコはキーボードを叩きつけるようにして、見たままを書き殴った。
投稿ボタンを押すと同時に、通知が爆発する。
『え、なにそれ? セン=日本の高校生ってマジ?』
『転生って伏線だった?』
『ソースどこ? なんで作者が知ってんの?』
『さすがにネタやろw でも妙にリアル』
『皆殺しだぜwww 中二病すぎて草』
『高校生のときからこんなこと考えてたんか……やば』
『特定班はよ! 卒アル流出まだ?』
SNSはさらに熱を帯びる。
#センの正体
#高校生説
#フェイクニュース
#転生文学
(……信じる人も笑う人も、みんな同じや。知りたがっとる。センのことを……)
トコは拳を握った。
自分だけが『答えの一部』を知っている。
その感覚は、恐ろしいほどの高揚を伴って迫ってくる。
(……二万の近景も……見よう。もっと……知りたい。センエースのことを、全部……!)
トコは再び目を閉じ、震える唇で唱えた。
「――メモリアイ」




