セン3話 脅威への対応。
セン3話 脅威への対応。
【NHK/速報】
『アメリカ合衆大国国防総省は、在日部隊の警戒態勢を引き上げたと発表。基地警備などのFPCON(警戒条件)を通常より一段階強化した模様です』
【CNN/Breaking】
“US forces in Japan on higher alert. Pentagon monitoring the ‘Shibuya Entity’ with multi-layered ISR.”
【新華社通信】
『中華人民共和大国政府は【人類全体に対する重大な脅威】と表明。前日から東シナ海に展開していた艦隊に実戦待機命令を下し、弾道ミサイル部隊との共同演習に移行』
【BBC】
“The Pacific may become the frontline. Both superpowers escalate readiness without declaring war.”
★
――翌朝、土曜の夜明け直後。
前日の渋谷で総理が殺害された混乱の中、日本大国政府は臨時政権を立て、官邸の地下会議室で緊急会合を続けていた。
「アメリカ合衆大国の態勢は?」
「在日部隊はFPCON引き上げ。ISRを拡充、解析データの共有打診が来ています」
「中華人民共和大国は『演習』名目のまま艦隊を実戦即応態勢へ。前日から東シナ海に展開していた部隊と弾道ミサイル部隊を連携体制に移行」
「彼らの『対センエース作戦』に日本大国がどう関与するか、即答を求められている」
声が錯綜する。主権国家の体裁は辛うじて保たれているが、外圧は刻一刻と強くなる。
会議室に重苦しい沈黙が落ちた。
「ふざけるな……!」
若い官僚が机を叩き、声を荒げた。
「なんで、やつらの勝手な攻撃の責任まで、我々がとらされるんだ! このままだと、世界には『日本がセンエースを攻撃した』と報じられる!」
年長の閣僚が額を押さえる。
「拒めば即座に『同盟破棄』『国際協調への不履行』と叩かれる。……国連安保理を招集しても、米中が拒否権を行使するのは目に見えている」
別の官僚が吐き捨てる。
「国際社会の非難も、センエースの怒りも、すべて日本に集中する……」
「日本相手なら、何をしてもいいというのか……ふざけるな……っ」
★
【SNS】
『ニュース、むずすぎてわからん。誰か簡単に説明して』
『アメリカも中国も本気でセンエースのことをヤバイと思っている。で、日本を無視して、センをどうにかしようとしてる』
『ISRってなに?』
『偵察・監視・情報収集。要はスパイ衛星とか無人機でガン見してるってこと』
『FPCONとかミサイル部隊とか、字面だけで終末感すごいな』
『米中同時に動くとか前代未聞だろ。マジで世界大戦なんだがw』
『米中がガチでセン討伐に出るなら、逆に日本は助かるんじゃ?』
『渋谷が攻撃されるんだぜ』
『今の日本=サンドバッグwwwww』
『わらってるやつ、なんなん? 状況理解できんの?』
★
同時刻、渋谷上空。
国内当局の小型無人機(警察・防衛省)が安全高度で周回し、
ついで高高度の情報収集機が遠方から光学・電波で観測を開始。
さらに洋上のプラットフォームが衛星・中継経由で合流する――段階的なISRの積み増し。
偵察機や衛星が次々と重なり、空はまるごと監視の網になっていた
センは空を仰いで、薄く笑う。
「……米中の偵察機が日本の空を好き勝手に飛んでいる。すげぇ状況。……こんなことされて、文句の一つも言えないとは……情けないねぇ、日本さんよぉ」
★
太平洋上の洋上プラットフォームで、巡航ミサイルの発射兆候が感知された。
警報がけたたましく鳴り響き、数秒後――複数の飛翔体が日本大国の方向へ向かっていると報告が上がる。
「……ミサイル!? 本物か!?」
「軌跡、確認! 渋谷方面です!」
官邸のスクリーンに真っ赤な軌跡が描かれた瞬間、
会議室は凍りつき、次いで怒号が爆発する。
「待て、弾頭は! 核なのか!?」
「わ、わかりません! 分析中ですが、現時点では通常弾頭! しかし市街地を直撃すれば――」
「通常でも大惨事だぞ! 避難指示は!?」
「もう間に合わん!」
「幸い、渋谷は無人で――」
「あのサイズなら、渋谷だけで終わらんだろ!! 恵比寿も原宿も吹っ飛ぶ!」
机を叩く音、椅子を蹴る音が重なる。誰もが声を張り上げ、報告と叫びが交錯する。
「承認は誰が出した!? 米軍か、中国か!?」
「両方です! 同時刻、中華人民共和大国の艦隊からも発射を確認! 声明は……『訓練射撃』とのこと!」
「訓練だと!? ふざけるな、これが訓練で済むか!」
「東京の空に、二大国が同時にミサイルを撃ち込んだんだぞ!」
会議室は制御不能だった。
閣僚も官僚も顔を蒼白にし、誰もが喉を震わせながら叫び合う。
ただ一つ確かなのは――渋谷の真上に、いま複数のミサイルが迫っているという事実だった。
★
――ワシントン。ホワイトハウス地下の対策室。
映像を見つめながら、国防長官が吐き捨てる。
「……『日本の要請』ということにしておけ。センエースとやらの討伐に成功すれば日米同盟の成果、失敗すれば東京の責任だ」
大統領補佐官は苦笑した。
「どうせ国際社会は『同盟国の合意』としか見ない。『限定的かつ抑制的な防衛措置』と説明すれば、十分だ」
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――北京。人民大会堂の作戦室。
艦隊司令部の映像を見ながら、外交部幹部が冷ややかに言う。
「日本が『現場情報』を提供した、そう発表すればいい。矢面に立つのは彼らだ」
別の幹部が鼻で笑う。
「責任を押しつけられると知りながら拒めない――それが、かの国の宿命だ」
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【SNS】
『なにこれ、空に光の点が複数……え、ミサイル!?』
『渋谷方向に飛んでるってNHK速報きた! 避難って今から間に合うのかよ!』
『動画回ってきた → 点がだんだん大きくなってて草も生えん』
『政府が【落下の可能性】とか言ってるけど、もう空に見えてるんだが』
『避難勧告が今出たw 電車もう止まってるのにどこ行けってんだよ』
『核?核なの!?』
『もう死ぬ前提で実況してるやつ多すぎて泣ける』
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――センは、飛んでくる害意を見つめながら、
「他国の首都に平然とミサイル撃ってきやがった。……でも、日本は何も言わないんだろうな、はは」
ふわりと浮かび、右手を空に向ける。
すると、透明な障壁が渋谷を覆い、空気が唸る。
――轟音。
複数の巡航ミサイルが都市直上で連鎖的に爆ぜ、真昼の閃光が雲を裂いた。
衝撃波も爆炎も、障壁に呑み込まれ、街には瓦礫ひとつ落ちない。
ミサイルは、センが発生させた『謎のバリア』によって防がれた。
「さあ、どうする。この結果を合理的に踏まえれば、俺は『核でも殺せない』ぜ――そういう前提で、俺対策を考え直した方がいいんじゃないか? くく……大変だな。心中お察しするぜ」
★
――センエースの宣言を合図に、世界は次の一手を同時多発で考え始める。
経済は評価モデルを組み替え、
軍事は作戦計画を塗り替え、
宗教は教義を引き寄せ、
外交は『前例』を失った。
――たった一人の少年が、分野の垣根ごと人類の意思決定を支配し始めていた。
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――攻撃後、すぐさま両国は以下のように発表した。
【ホワイトハウス記者会見】
「渋谷における状況に関して、米国政府は日本大国臨時政権と緊密に連携している。我々は日本側の要請に基づき、限定的かつ抑制的な防衛措置を実施した。今回の発射は日米同盟の協調行動であり、国際社会への説明責任は東京にある」
「米国は、建国以来守り抜いてきた人類普遍の価値――自由と尊厳を守る立場から、センエースとの対話を否定しない。もし彼が理性的な選択を望むなら、我々は神から授かった権利を胸に、武力ではなく理解をもって応じる用意がある」
【人民大会堂/中国外交部会見】
「我々は日本政府の承認の下で、共同演習を実施したに過ぎない。もし国際社会から批判が出るなら、それは日本当局が説明すべきである」
「同時に我々は、『人類運命共同体』の理念に基づき、センエースとの理性的な交流を拒むものではないことを発表する。力の衝突ではなく調和を通じて、地域と世界に安定をもたらすことこそが未来を導くと確信している」
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『え、これ、ミサイル撃たれたの? 渋谷に?』
『そう。アメリカ大国と中国大国の両方から。でも、無傷。センがバリアで防いだ』
『バリアって……w』
『実際、そうなんだから仕方ない』
『外国もセンも、いろいろやばくない?』
『日本が一番やばいよ。文字通りの意味で』
『どういうこと?」
『各国が……センエースへの攻撃を、ぜんぶ、日本のせいにした』
『え……それ、やばくない?』
『やばいよ、今までの歴史上一番』
『ここから米中が、センエースとどういう対話をするのか……それが今後の日本の運命を決める』




