セン2話 世界が大混乱。
セン2話 世界が大混乱。
――渋谷事変。
金曜の昼に始まったその異常は、その日のマーケットを直撃し、夜には海外市場を揺らした。
【CNN Breaking】
“Japanese Prime Minister was executed in Shibuya by unidentified entity. Global markets are in a panic.”
キャスターの顔は引きつり、背後のモニターにはニューヨークのプレマーケットで混乱するフロアの映像が流れていた。
「や、やば……日本の総理、ガチで殺されたの?」
「うそだろ……映画じゃなくて現実?」
【NHK 特報】
『速報です――総理大臣が、渋谷で……殺害された模様です! 繰り返します、総理大臣が殺害された模様です!』
アナウンサーは声を震わせ、隣のコメンテーターは言葉を失って口を閉ざす。
「え、マジ? 本当にニュースでやってる……」
「ドッキリとかじゃないの? 全国放送で……?」
「映画の宣伝じゃなかったんだ……あの映像、絶対にCGだと思ってた……」
【BBC】
“The Shibuya Incident. Is this the birth of a god, or the rise of a terrorist?”
画面下には『London / Breaking』と赤いテロップが点滅していた。
「神? テロリスト? どっちなんだよ……」
「なんでもいいから、情報ないの?」
「テレビとか、新聞とか、なにやってんの? ほかのニュースいらんて。センエースのことだけ伝えてくれ」
★
マーケットは即座に反応した。
午後の東京証券取引所では全面安、個別銘柄は特別気配が相次ぎ、大阪取引所では日経225先物にサーキットブレーカー(取引一時停止)が発動。
「え、サーキットブレーカーってなに?」
「株が一気に下がりすぎたら、自動でストップするやつ。……『地震でエレベーターが緊急停止する』みたいなもん。普通なら一日かけて動く株価が、数十分で限界まで落ちた。もうエグいパニック」
「株が落ちたら何がまずいの?」
「会社の価値が一気に下がるから、銀行が金を貸さなくなる。そうなると会社が回らなくなって、給料も払えないし、最悪は倒産。『株が暴落する=社会そのものが崩れかけてる』ってこと。物価もあがるし就職難にもなる。いいことなにもない」
「センエースのせいで、それが起きたってこと? センエース最悪じゃん」
為替市場は一度は『日本売り』でドル円が上振れたが、それは数分の火柱で終わった。
渋谷の映像が世界に乗ると相場は一斉にリスクオフへ。
積み上がっていた円売りキャリーが逆回転し、円買い戻しが連鎖。
国内では輸出の先回り資金確保、生保・年金のヘッジ積み増し、レパトリ観測が円を押し上げ、当局の『注視』コメントで介入思惑も広がる。
同時に米先物は軟調、長期金利は低下、安全資産が買われ、クロス円は総崩れ。
ニューヨークの朝を待たずに、ドル円は145から一時135へ——十円規模の歴史的な円高が記録された。
世界が怯えると、借りられていた通貨=円が最も強く買い戻される。
日本の惨事が、世界規模の逆流を呼んだのだ。
「ドル円10円も動くとか、ガチで歴史的レベルだぞ……」
「いやもう意味わかんない」
「世界オワタ?」
【ロイター速報】
『在日米軍司令部は横田基地の部隊に対し、即応態勢(High Alert)を指示。通常警戒レベル(FPCON)から一段階引き上げた』
「米軍まで動いた?! もう戦争じゃん」
「向こうからしたも、インディペンデンスデイみたいなもんだろうから、そりゃ動くわな」
【新華社通信】
『中国大国政府は【重大な脅威】と表明。上海を拠点とする艦隊三隻が演習区域を急遽変更し、東シナ海に展開』
「中国までガッツリ動いてんだけど…………」
「これ、日本の首都で爆撃とか起きるんじゃね?」
「やっば……いや、マジで」
【AFP】
『NATO理事会はブリュッセルで緊急会合を招集。ヨーロッパ大国は警戒態勢を強化』
「ヨーロッパまで警戒とか、ガチで第三次世界大戦始まる?」
「世界大戦なのかなぁ……世界規模の討伐作戦って感じかな」
「日本も参加するのかな……」
★
日本国内も混乱の渦にあった。
与党幹部は沈黙を守り、
一部野党議員は『神が民衆の声を受け入れた』と拍手を送り、即座に炎上。
「野党拍手とか正気か? 炎上不可避やん」
「与党も与党で何だまってんだよ」
「マジで、誰かどうにかして」
ワイドショーのスタジオではタレントが『これ本当に日本で起こってるんですか』と震え声を漏らし、専門家は苦々しい表情で沈黙した。
スポンサー企業のロゴだけが画面隅で虚しく光る。
新宿駅前では宗教団体が『センエースこそ救世主だ!』と叫び、ビラを配っていた。
通行人は不安げに足を速め、子どもの手を強く握りしめる。
「一部のバカが救世主とか言い出したぞ……」
「カルトはこれだから……」
対照的に、渋谷で家族を失った者は記者のマイクの前で『ただの怪物だ』と泣き崩れた。
【Twitter トレンド】
#救世主降臨 310万件
#地獄の独裁者 280万件
#渋谷テロ 190万件
#神か悪魔か 150万件
『よくやった! 腐った首相を倒してくれた!』
『バカが喜んでて草。何が起こってんのか分かってない』
『神罰の始まりだ。日本は終わった』
『配信で見た……手が震えて止まらない。まだ冷たい』
★
――アメリカ合衆大国大統領の演説が流れる。
『アメリカ国民は安全だ。我々は日本大国政府と緊密に連携し、この異質な脅威に断固として対応する。必要とあれば、我々は同盟国として責任を持って行動する。――アジアの空は、常に我々の監視下にある』
「連携って言いながら、実際は日本を無視して動くだろうな」
「渋谷を核で消すんじゃないかってスレ立ってるんだが……」
その背後には星条旗と、慌ただしく動く国防総省の映像が映っていた。
ヨーロッパのニュース番組では宗教学者と軍事評論家が激しく討論していた。
『彼は神話の再現だ。救世主が現れたのだ』
『いや、あれは兵器だ。おそらく地球外技術、あるいは未知の軍事プロジェクトだろう』
「救世主って言うやつもいれば、兵器説もあるし……結局なに?」
「わかんねぇのが一番怖いわ」
憶測が憶測を呼んでオカルトに発展する。
『何も分からない』という恐怖だけが先行し、世界中で不安と混乱が渦を巻く。
★
世界中のモニターに映るその姿。
――渋谷で冷然と演説した怪物の影は、まだ消えずに残っていた。
十七歳の青年に見える外見。
青い長羽織に包まれた、不可解な存在。
誰もが問う。
――神か、悪魔か。
センエースが世界に発したメッセージの動画は、
すでに世界中で共有され、翌日には主要プラットフォーム合算推計で再生数18億を突破していた。
『見ているか、民衆。俺はセンエース。詳細な自己紹介は省く。俺のことは、怪物と忌避してもいいし、悪魔と蔑んでもいい。好きにしろ。とりあえず、この国を浄化し、そして世界にケンカを売っていく。――今日から世界は変わる。数奇な運命と向き合う覚悟だけ固めておけ』
「……やば。これ、歴史変わったやつじゃん」
「マジで人類のターニングポイント」
歴史は、確かに変わり始めていた。
国際秩序は崩れ、経済は混乱し、人々は分断される。
たった一人の凶行が、世界を切り刻んでいく。
★
【SNS】
#渋谷事変 580万件
#センエース 490万件
#渋谷爆撃 420万件
#インディペンデンスデイ 310万件
#第三次世界大戦 280万件
――タイムラインは洪水だった。
『NHKで総理死んだって言ってる、やばすぎ』
『動画18億再生てマジ? 世界同時視聴じゃん』
『横田からB-2出たって映像きてる→いやこれ数年前の演習動画らしい』
『どっちだよwww』
『もう映画じゃん。Independence Day リアルタイム配信』
『アメリカ絶対日本に許可とらず撃つだろこれ』
『#渋谷爆撃 とかトレンド入りしてんの狂気すぎ。渋谷住みの家族いるんだけど』
『救世主! 神罰! → いや普通にテロだろ』
『株死んだ。口座真っ赤。俺の人生も終了』
『CNN見ろ、米大統領がマジ顔やぞ』
『ネタにしてるやつ不謹慎すぎ。人死んでんだけど』
『いやマジで寝れん。手震えてる』
『だれか説明してくれ。あいつはなに? 神なの? 悪魔なの?』
通知音が止まらないスマホの画面の中で、
ただ一つの問いが何百万回も繰り返されていた。
――「センエースは、神か悪魔か」




