トコ2話 夜明けの通知。
トコ2話 夜明けの通知。
夜が明けきらない時間、
薬宮図子はベッドの上で丸くなっていた。
冷たいワンルーム。青白いスマホの光だけが、顔を照らしている。
昨夜ついた感想は――『文章下手』。
胸の奥がずしりと重くなるたび、ページを更新してしまう。
PV:1 → 3 → 5。
微増。だけど、確かに増えている。
(……まあ、読まれとるけど……すっくな……いや、別にええんやけど……でも、すっくないなぁ……)
通知が震え、もう一件感想が届いた。
『変なタイトルだと思ったけど、文の勢いが好き。続きを待つ』
トコの口元が、かすかにほころぶ。
外では、世界が崩れていく音がしていた。
テレビでは『渋谷事変』の特番が一日中。
SNSは『神か悪魔か』の大論争が暴走中。
でもトコにとっての世界は――いま、この小さな数字と感想欄だった。
◆
コーヒーを淹れ、ノートPCを開く。
キーボードに指を置いた瞬間、ブラウザの数字が跳ね上がった。
PV:5 → 12 → 27 → 51。
(え、なにこれ……スピード上がってる……?)
タイムラインで誰かが引用していた。
――なにが転生で文学なのかは知らんけど、熱は本物――
そこから少しずつ、リンクが伸びていく。
PV:51 → 83 → 101。
――その瞬間、画面が暗転した。
黒地に白文字が浮かぶ。
――〔PS/SYSTEM〕条件達成
《パーフェクトライター》が目覚めました。
トコは目を瞬かせた。
広告かと思ったが、閉じるボタンはない。
白い文字が続く。
〔仕様〕
・PV/感想/ブクマ=経験値(EXP)として蓄積
・EXPでスキルツリーを解放
・スキルは『文章品質』『取材力』『可視化』『理解力』に分岐
・一定条件で『特別スキル』が出現
(な、なんや、これ……夢?)
画面が切り替わり、ツリーが現れる。
ゲームみたいに、丸いノードが線でつながっていた。
《構成補正Lv1》(必要EXP:50)
《比喩圧縮Lv1》(必要EXP:50)
《ニュース同調率モニタ》(必要EXP:100)
《読者離脱熱マップ》(必要EXP:120)
《現場同期:センエースの視界》(必要EXP:3000)
(夢にしては……妙にリアルな……)
――所持EXP:103
(ん? あれ? PVはまだ101やのに……多い……あ、感想やブクマも加算されるんか……なるほど……細かい夢やな……)
ためしに《構成補正Lv1》をクリックする。
ノードが淡く光った。
〔獲得〕構成補正Lv1
段落/接続詞/テンポを自動で整流。
所持EXP:53
(編集さんがおる……頭の中に……!)
昨夜の文章を開くと、画面右上にヒートマップが出現し、赤点が瞬いた。
〔読者離脱熱マップ:β〕
離脱率が高い箇所を可視化。
赤点にカーソルを乗せると吹き出しが出る。
〈情緒の溜め過多。固有名詞→比喩→固有名詞の順でリズムを切替〉
(……夢……やんな? 流石に……これ、現実ではない……はず……)
などと思いつつも、トコは段落を二行削り、比喩を一つ短くする。
さらに《比喩圧縮Lv1》にEXPを振った。
〔獲得〕比喩圧縮Lv1
連続比喩を短く鋭く。
所持EXP:3
更新ボタンを押す。
数十秒で数字が動いた。
PV:101 → 120 → 156
ブクマ:0 → 2 → 4
脳の奥が、じん、と痺れる。
たった数行の調整で反応が変わる――見える。
(いける……作品の質が……目に見えて磨かれる……っ)
視線は次のノードに吸い寄せられる。
《現場同期:センエースの視界》/必要EXP:3000。
(……センエースの視界……)
その時、コメント欄が一気に更新された。
『一話より読みやすい。引っかかり消えた』
『文章下手って書いたやつ、顔真っ赤』
『表現、俺は好き』
『いやいや、盛りすぎw 実況風で草』
『女の子が書いてるんかな? 感情のとこ、共感できる』
賛否入り混じりながら、確かに反応が広がっていく。
その結果、灰色の奥――錠前つきの項目が見えた。
《センの記憶・遠景》(必要EXP:5,000)
《センの記憶・近景》(必要EXP:20,000)
《パーフェクトライターの進化》(必要EXP:100,000,000)
喉がからからになった。
「センの記憶……」
トコは座り直し、指を置いた。
「なんでやろな……なんで、こんなに知りたいんやろ」
そうつぶやきながら、続きを書く。
「進化とやらも気になるけど……1億は遠すぎるし、なによりもまずは、記憶を知りたい……」
更新通知と、コメント欄のポップ音が、夜明けの部屋に響いた。
本編の方では、ここから一週間ぐらい、毎日朝晩5話ずつ、10話投稿します。
日本編は、実質、そのぐらいのイカれたイベントだった……
と思っていただけると幸いです<m(__)m>




