セン1話 首相公開裁判。
セン1話 首相公開裁判。
昼の惨劇から数時間後……首相自らが渋谷に姿を現した。
警視庁の指揮車両に囲まれ、報道陣が群がる。
センと首相は交差点の中央で対峙した。
「……しゅ、首相の闇川だ。は、話し合いをさせてほしい。そちらの望みはなんなのか……」
首相は震えながら、センに対話を求めた。
その心の中では、大きな打算があった。
(SATも自衛隊も壊滅した……だが報道によると、奴は『罪人』と『自分に殺意を向けた相手』しか殺していない。……無差別ではない、対話の余地がある。あれはただの怪物ではなく『身勝手な正義』を振りかざす者……ならば私の言葉で誘導できる。ここで自ら渋谷に赴けば、奴に悪意を向けていないと示せるし、国民には『強い総理』と映る。支持率も回復し、むしろ追い風となる!)
センは無表情で、
「いいだろう。では、血税の使い方について討論しようか? お前らが『国のため』と叫びながら、税金をどう使ったのか――議論しようじゃないか」
センは首相を見据え、右手を掲げた。
宙に六角形の魔法陣が幾重にも展開し、英数字の羅列が滝のように流れ出す。
「……【ソウル・プロトコル・クラッキング】」
低い声とともに、光の糸が都市の通信網へ侵入していく。
観衆のスマホが一斉に警告を吐き出した。
《VPNセッション切断》
《SSL証明書エラー》
《不正アクセスの可能性があります》
悲鳴が走る。だがセンは淡々と続けた。
「TLS 1.3のハンドシェイク……楕円曲線暗号(ECDHE)か。複雑なカギ交換だが、乱数生成器の種を掌握すれば、エフェメラル鍵からセッションキーまで再現可能だ」
魔法陣の光が弾け、暗号層が一瞬で突破される。
ログには『正規通信』と記録され、監視画面のアラートは沈黙した。
「MFAか……TOTPのアルゴリズムはSHA-1ベース。タイムステップの許容ウィンドウを突けば、数秒の隙で突破できる」
宙に数字が走り、ゲートが静かに開いた。
さらに深部――官邸と防衛省のセキュアVPN。
本来ならIPsecトンネルで守られ、外部からは完全に不可視。
だがセンは指を鳴らす。
「――【バックドア・エクスプロイト】」
光の蟲が監査システムに侵入し、『監査ログの改ざん検知機構(WORM/ハッシュチェーン)』をバイパス。
アクセス記録は『正常通信』として上書きされる。
――やがて夕空に巨大なスクリーンが立ち上がる。
そこには白亜の高層ビルが映し出される。
画面隅には《平日 15:00 収録》のテロップ。
大理石の柱の立派なエントランス。だがロビーは閑散としていた。
午後三時なのに、半分のデスクは空席。
残る職員は新聞を広げたり、パソコンでソリティアを開いたまま居眠りしている。
テロップには『理事:年収2,100万円』『参与:年収1,800万円』。
わずか数十名の職員に対し、理事・役員の肩書きだけが異様に並んでいた。
「天下り先を次々に作って、予算を食い潰す幽霊法人。実績はほとんどゼロで、年収二千万。多少なら目をつぶれるが、この数は異常だろ。お前ら自身、天下りの螺旋がどこまで膨らんでいるか、もはや把握できてねぇんじゃないのか?」
次の映像――海外でリボンを切る首相の姿。
背後には他国の首脳。
横断幕に並ぶのは『開発援助』の文字。
「国内では必要な箇所にほとんど金を回さず、道はボロボロ、学校も退廃、地方の病院は潰れる一方。その裏で、何千億と他国にばらまいた。選挙のためか? 選挙に金がかかる? てめぇで稼いでから選挙に出ろや。なんで税金のバラまきで選挙対策してんだ」
首相の顔がこわばる。汗がこめかみを流れる。
センはさらに低く、鋭く言葉を突き立てる。
青白い光が走り、空に映像が浮かび上がる。
「……そして、最大の問題はコレだ」
スクリーンには、取引記録。
『極秘防衛技術資料』の輸出許可、承認印。
そこに並ぶのは、国内の防衛産業から流れ出た図面とデータ。
「日本が積み上げてきた軍事技術……お前はそれを、他国の企業へ売った」
次の瞬間、金の流れを示すチャートが映る。
矢印が複雑に分岐し、やがて一点に収束する。
「売却益は23億。国庫ではなく、お前の個人口座に入った。さらに、オフショアの銀行を経由して洗浄され、名義隠し口座に移された」
首相の顔色が蒼白に変わる。
額の汗が滴り落ち、唇が震える。
「国民には『増税しか道はない』と説きながら、自分の懐には裏金を叩き込んだ。ガキの給食費を削り、年金を削り、その金で国外の別荘を買った。……笑かすじゃねぇか」
センの声は淡々としていた。
罪状を積み上げる判事の声。
「国を切り売りし、未来を担保に換えて、自分の財布を膨らませた。よく、ここまでの害悪になれるものだと感心する」
間違いのない完璧な証拠を提示されてしまったことで、
「……うっ……」
これまで、国会でのどんな追及も、のらりくらりと回避してきた男が、ぐうの音も出なくなった。
SNSのタイムラインには怒号が溢れる。
『あのウワサ、マジだったのかよ……』
『ずっと売国大臣って言われてたけど、ここまでとは……』
『国民バカにしすぎだろ』
『裏金とかいうレベルじゃねぇぞ、ふざけんな!』
『もう辞めろ。いや、辞めるだけじゃ足りん』
ハッシュタグは一気にトレンドを埋め尽くす。
#売国総理
#裏金23億
#退陣しろ
SNSは炎上どころか業火のごとき騒ぎとなり、
総理のアカウントには退陣を求める声が殺到していた。
センは、
「さて、日本人の諸君……君たちに一つだけ質問だ。俺は、君たちの判断にゆだねる。君らはこのクソをどうしたい? 頭に思い浮かべるだけでいい。それだけで正式な統計を取れる魔法を使えるからな。便利だろ? まあ、スマホでも出来る機能だが」
センがそう問うた直後、
全員が、頭の中で、この総理をどうするべきかと考えた。
――センは二分ほど待った。
最終的な結果を受けて、
センは、
「……なるほど。『死をもって償え』という意見が、全体の六割を超えているな」
センは群衆の感情をなぞるように言葉を区切った。
「温厚さが取り柄の日本人も、さすがに我慢の限界らしい」
そこで、センは右手を首相に向けた。
その冷ややかな仕草を目にした瞬間、首相の顔が蒼白に変わる。
「や、やめてくれ! 退陣するから! か、金も返す! だから命だけは――!」
首相は必死に叫びながら、さらに言葉を並べ立てた。
「わ、私を殺せば、国際問題になる! 首脳会談だっていくつも予定されているんだ、同盟国への説明はどうする! 首相不在は外交の空白を生む! それに……大地震や台風が来たらどうする! 危機管理の司令塔がいなければ、国民の命はもっと奪われるんだ! 私がいなければ、復興も支援もすべて止まるぞ!」
「……」
「まずは冷静に話し合おう! わ、私は悪人じゃない! 国を守るために多少の犠牲を払っただけだ! 政治には金が要る! 支持率を維持しなければ、国政は動かないんだ! 国民のためを思えばこそ、私は……!」
額の汗は滝のように流れ、声は震え、言葉は必死に自己正当化へと転がっていく。
だがセンは、一片の情けもなく吐き捨てる。
「心配するな。死にはしない」
「ほ、ほんとうに……?」
「たぶんな。俺は、国民のジャッジを、お前につきつけるだけ。だから結果は分からない……が、たぶん、死なないだろ。日本人はヌルイからな。きっと許してくれるさ。お前も、そう判断したからこそ、これまで散々好き放題してきたんだろ? じゃあ、最後まで賭けな。国民が愚かなお人よしであることに」
「……」
「――【ジャッジメントコール】――」
センがそう呟いた直後、
「う、うわぁああ」
闇川首相の頭上に黒い渦が出現し、そして、問答無用で吸い込んでしまった。
センは天を見上げて、
「最終的には『闇川を殺さない』という判断になるだろうと予想していたが……どうやら、国民の我慢は、マジで限界だったらしい。闇川には、一度、介護現場とかで働かせたかったんだが……まあ、いいや」
SNSのタイムラインが沸騰した。
『こ、殺した。マジで』
『え、これ、あたしらが殺したことになるの?』
『いや、コロしたのはあいつでしょ』
『ヤバ、えぐ』
『救世主だ!』
『いや、悪魔だろ……首相を殺してんだぜ。テロリストじゃん』
『やったのは……俺ら?』
『正義の裁きか、それとも独裁の始まりか』
ハッシュタグが次々に生まれる。
#救世主降臨
#悪魔の独裁者
#売国総理の末路
歓喜と恐怖、希望と絶望。
相反する言葉が同時に燃え広がり、世界は混乱の渦に包まれていった。
そのざわめきを背に、センは冷ややかに告げた。
「見ているか、民衆。俺はセンエース。詳細な自己紹介は省く。俺のことは、怪物と忌避してもいいし、悪魔と蔑んでもいい。好きにしろ。とりあえず、この国を浄化し、そして世界にケンカを売っていく。――今日から世界は変わる。数奇な運命と向き合う覚悟だけ固めておけ」
その言葉は、スマホやテレビを通じて全世界に流れた。
報道は『神か悪魔か』で割れ、SNSは『#救世主降臨』と『#地獄の独裁者』で埋まる。
――こうして世界は、歴史上もっともはげしい転換の時代を迎えた。
センは、宣言をした直後、
自身のステータスを確認し、
心の中で、ぼそっと、
(ここまでの殺戮で稼いだ経験値はざっと6000ってところか。……『殺戮レベル11』……話にならねぇ。経験値が少なすぎる。もっと大量に稼がねぇと。『あいつ』を殺すために必要なレベルは最低でも1000以上。のんびりしていたら、確実に殺される。……ちっ……厄介になってきやがった……)




