7話 ラスト。
7話 ラスト。
場の圧が変わった。
「……ん? なんだ?」
バチ、バチと乾いた放電。
背後の次元壁が横一文字に裂ける。
裂け目は光ではなく、濃い闇の差として開いた。
低く、獣の喉みたいな音が床の芯を伝って来る。
――背後に亀裂。
――裂けたのは空間の皮。
蝉原は反射的に椅子を蹴って空間を翔けた。
その一拍の手前から、刃が来ていた。
裂け目の奥から飛び出した『何か』が、ためらいなく蝉原の足首を刈り取る。
血が出るより早く、切断面の感覚が『無』へ落ちた。
「ぐっ!」
蝉原は同時に手のひらを足首へ向け、回復魔法の詠唱を噛み砕く。
肉が音もなく引き寄せられ、骨をまたいで血が逆流するみたいに戻る。
再生は一息。
苦痛も損傷も即座に消えた。
蝉原はキッと侵入者を睨む。
女――精緻な美貌。
どことなく、9番やエルファに似た外装。
色を持たない刃の気配が輪郭からあふれている。
目の奥は静か。
髪は銀。
肌は褐色の磁器。
磨いた琥珀のように滑らか。
眼差しは薄い鋼で、視線は獲物の一点だけを測る。
漆黒の戦衣は光を弾き、しとやかなブラックホールみたいに色彩を閉じる。
蝉原は右手を向けて、
「異次元砲!」
手のひらの間で黒い風が渦を巻き、あかりのない光が息を始める。
グン、と勢いよく、照射は一直線。
女は半歩だけ外へ退いた。
角度だけで照射を回避する。
その一手で、戦闘力の高さがうかがえた。
蝉原のこめかみに汗が複数の玉になる。
照射の終わりを待たず、女はもう距離を詰めていた。
速い。
速すぎる。
「ちっ」
蝉原はどうにか間合いを取りつつ、胸元から薄刃を抜く。
アイテムボックスが一瞬だけ開口。
金属の息が短く鳴き、二人の間に火花が咲いた。
――ナイフを抜き、近接に応じる。
――剣戟は理屈潰し。
触れた者の動きを縛る鎖。
蝉原は刃を乱され咲かせる。
反撃というより、『相手の次の位置』に『罠の角度』を置く鋭利な狡猾。
女はそれを踏み砕く。
目に焦りがない。
それだけで、彼我の数値差が丸わかり。
蝉原のこめかみの汗が増える。
(……強すぎる……勝てない……マジか……)
数手が過ぎ、空調の音が消えた。
「ま、待て待て……何者だ、君は」
刃をいったん下げ、
『問い』で『リズム』を切る。
女のアゴがわずかに上がり、乾いた一音がこぼれた。
「……ラスト」
「ラスト? ラストって……まさか……エルファの――」
そこで――音が追いつく前に、蝉原の腕が飛んだ。
刺突は光より直線。
「ぎっ」
肉が抗議する暇もない速さで、肘から先が床に落ちる。
「な、なるほど……どうりで強いわけだ……道程を鑑みれば、このレベルなのも納得……」
蝉原は二歩退く。
――距離をとり、即座に再生。
なんとか体勢を保つ。
「さて……まずいな……どうしようかな……」




