4話 蛇の9番。
4話 蛇の9番。
蝉原は椅子にもたれたまま、特に感想もなく、目だけを動かした。
9番はその視線を受け流す。
返事もしない。
そのまま、目の前の虚空に手を伸ばして、アイテムボックスを開く。
そこから、掌に収まる端末を取り出した。
『G‐クリエイション・L』。
表面が、息をするみたいに一度だけ明滅する。
9番は親指で短く押し込み、コマンドを送った。
音はない。
それでも、場がわずかにたわむ。
足元の床に、人影がふっと置かれた。
それは、気絶した17番だった。
死んだように静かだが、肩がゆっくり上下している。
9番はすぐしゃがみ、肩をそっと抱えて体勢を直した。
もう一度、アイテムボックスを開く。
17番の体は薄い光に包まれ、静かに収納されていった。
そこで、蝉原が口を開く。
「エルファ……そんなゴミ、回収してどうするつもり?」
9番は顔を上げない。
端末の表示を一度だけ確認して、息を細く吐く。
それから、ゆっくり立ちあがった。
まっすぐに蝉原を見つめる。
目は静かで、波がない。
怒りもない。
蝉原に対して、なんの感情もなさそう。
「僕はエルファじゃない。ただの9番だよ。なんの価値もないヌケガラ同士……僕と17番は、今後も、ずっと、お互いの傷をなめ合って生きていく。むき出しになって傷つけあうだけの関係よりも、そっちの方が、幸せだと思わない?」
言い終えると、9番は視線を落とした。
端末をしまい、指先で衣のほこりを払う。
蝉原は、片口だけ上げて、侮蔑の笑みを浮かべた。
「思わないねぇ。そんな関係、砂上の楼閣もいいところじゃないか。子供に踏まれたら終わる程度の城に価値はない」
「あなたの価値観に興味はない」
「同意見だね。俺も他者の価値観を重視しない。センくんの価値観だけは大事にしたいけどね」
「ごちゃごちゃうるさいな。なに? もしかして、17番を回収されるとイヤなの?」
「いやいや、疑問を口にしただけさ。月光寺(17番)は、君の好きにすればいいよ。正直、もう、『月光寺時一』は、一ミリも必要じゃないから。あいつは、無数に存在する使い捨てのバックアップ……のバックアップにすぎない」
「……」
「どうしたのかな? 自分の大事な存在をけなされて怒ったのかな?」
「別に。僕たちは、もともと、そういう存在だから。いまさら、何も思わない」
「そうかなぁ……怒っているように見えるけどなぁ」
「……」
モニターの光が、ふたりの顔を交互に照らす。
9番は何も返さない。
目線だけが固く、前を向いている。




