真・最終話 美しく、舞い散った。
真・最終話 美しく、舞い散った。
――二人は極限まで世界を減速させ、
最後の一手のために『場』を締め上げている。
呼吸一拍が、戦史一巻よりも長い。
「今の私にできる……最強を見せよう」
肩は空を穿ち、腰椎は柱となる。
そして名が落ちる。
「――殺神覇龍拳――」
接触点で相手の『軸』を反転させ、
足裏の支持理論ごと剥ぎ上げる『理屈潰し』の垂直断層。
拳頭が貫くのは肉ではなく、重力の節。
――上へ叩きつける一撃で、重力と体軸を同時に破壊する。
轟音は、遅れて来た。
先に来たのは、抜け落ちるような失重で、次に来たのが骨に咲く黒い爆炎。
センのアゴが爆散。
身体は跳ねるように持ち上げられ、空気の層が一枚、センの背の下で悲鳴とともに裂けた。
――まともに被弾し、致命圏へ叩き込まれたセン。
しかし、落ちる途中で、目だけが笑う。
瞳孔の針穴に、雷の糸が束になる。
「次はこっちの番だよな……」
呼気が逆流し、右腕へ、右拳へ、語の根が還る。
脊柱の一本一本が音叉のように整列。
重さと速さと祈り――その全部が、
拳という最小の点へ召集される。
「――裏閃流究極超神技――」
言葉は楔。
無意味な契約を最大限の拘束力で包み込む。
次の瞬間、指骨が詩を握る。
「――龍閃崩拳――」
しとやかに拳が唸る。
拳面の前に形成された微小の真空輪が十七度咲き、
空気の肌理が硝子片になって流れる。
――センの全人生を一点に圧縮した『最大の一撃』が放たれた。
衝突。
あるいは、貫通。
セミディアベルの腹部の論理がまず砕け、
次いで装甲の説明責任が消え、
――最後に肉体という名の容器が遅れて事実に同意する。
拳は背へ抜け、
背後の空間が一拍縮み、
――直後に反発するように元へ戻る。
――センエースの拳は、間違いなく、セミディアベルの腹を一直線に撃ち抜いたのだ。
「がふっ……」
セミディアベルは、一度、視線を落とし、
撃ち抜かれた自らの中心を確かめるように口元へ指を添えた。
命の終わりを確かめながら、
にこりと微笑んで、
「素晴らしい……一撃だったよ……センエース」
審美家の礼節。
敗北の礼ではない。
作品への賛辞。
「褒めてもらえて恐悦至極だぜ。……お返ししたいところだが、お前に対しての感想は特にねぇよ。『そこそこ強かった』ってだけで、それ以上でもそれ以下でもない」
センの息は静か。
ただ拳をおろし、手甲の内側で痺れる指骨を一度だけ握り直す。
「ふふ……だろうね」
笑いは音よりも薄く、しかし最後まで品を崩さない。
肩の意匠が花弁になって舞い、胸郭の装飾が数式の蝶に変わる。
腰の環は髪の毛一本の線となって溶け、
やがて、その一本さえも見えなくなる。
――存在の飾りから消え、核へ……そして核そのものの『必要性』から消えていく。
セミディアベルは、最後にわずかに首を傾け、
告別の礼の角度だけをきちんと守って、
スゥ、と消えた。
敗者にふさわしい静謐な幕引き。
戦場の皮膜が、ゆっくりと閉じる。
割れていた理の歯車が噛み直り、
砕けた秒針が時間の川へ還る。
センは拳をほどき、空へ開いた掌を一度だけ見つめ、短く息を吐いた。
――勝負は決した。
勝者はセンエース。
幕は重く、そして美しく降りた。




