206話 約束を破るようなクズは許さない。
206話 約束を破るようなクズは許さない。
――戦場の中心には、穴のような静寂だけが残っていた。
焼痕も、血も、灰も、影すら――何ひとつ残っていない。
そこに『在った』という事実だけが、風の通り道のような空洞となって残る。
17番はその空洞を呆然と見つめた。
口は動くのに声が出ない。
胸骨の内側で心臓が空吹かしを続け、指先は冷え、膝は勝手に震える。
やっとのことで『呼吸の形をした言葉』がこぼれ落ちた。
「センエース……きみでも無理なのか……」
答える者は、もういない。
だから、空洞は返事をせず、ただ沈黙する。
その沈黙へ、靴音が二歩、三歩と重なる。
乾いた音は、秩序の鈴。
ゼンドートが、17番の目の前で立ち止まり、長い影を地に落とす。
「17番……よくも裏切ってくれたね。ここから、どうなるか、わかるかな?」
指が軽く鳴った。
――パチン。
それは処刑台の木槌のように、場の空気を確定させる。
空間の縫い目がひとつ緩み、そこから引き出されるように9番が現れた。
肩をすくめ、上体を縮こまらせ、細い呼吸で生き延びようとする生き物の姿勢。
足首がかすかにもつれて、すぐに立て直す。
9番は震えていた。
が、逃げなかった。
ゼンドートはわずかに口角を上げる。
冷ややかな優越と、自己正当化の温度が混じった笑み。
「約束通り、9番だけは殺さないで残した。正義に反する行動だが、僕は、なによりも、君との約束を大事にしたのだ」
実際にその約束を守ったのはセミディアベル。
だがゼンドートは、その『約束に対する誠実さ』を自分の功績として語る。
語ることで、真実の配置を上書きする。
「君はそんな僕の誠意を踏みにじった。よって公開処刑とする、君の前で、9番を壊す。徹底的に」
17番のノドがヒクリと鳴る。
呼吸が薄くなり、視界のフチに涙がにじむ。
ゼンドートは一呼吸置いて、さらりと続けた。
「できれば、9番が女であればよかった。より大きな罰を君に与えることができたから。……まあ、そこは言っても仕方がないところだけれど」
言い草は淡々としていた。
極度な残酷は、いつだって丁寧な顔をしてやって来る。
彼はゆっくりと9番に向かって歩き出す。
歩幅は変わらず、音量も一定。裁定者の歩み。
17番の体が反射で動く。
9番の前に割って入り、両手を地につける。
――土下座。
額が石に当たって鈍い音を立てる。
深く、低く、土下座。
背中の骨が、羞恥と恐怖と後悔の重みで見えない鎖みたいに軋む。
「ボクのことはどうしてくれてもいいから……9番だけは殺さないで」




