202話 倍プッシュだ。
202話 倍プッシュだ。
(あれを受けたら……死ぬ……よなぁ……)
ただの弱音が表に出る。
けれど、折れない心が、勝手に体を突き動かす。
――恐怖で一杯になる。
恐怖心がないわけじゃない。
それでも準備をやめない。
「気持ちの悪い男だ。嫌いだよ。誰よりも……セミディアベルよりも……」
――ゼンドートの指先が、わずかに閉じた。
戦場全体が、次の暴光を待つ沈黙に落ちた。
指先が合図を刻む直前、空気のシワがひとつ逆流。
場の張力がぴん、と高音を立て、ゼンドートの瞳孔が針の穴ほどにすぼまる。
胸の奥、見えない歯車が一枚、規格外の回転数で噛み直った。
そこで、ゼンドートは、
「ん?」
異変に気付く。
流れるように、胸郭が内側から膨張。
骨のバネがしなる。
血の温度が一段跳ねる。
自らの影が、光源も動かぬのに揺れた。
「は? まだあるのか? いや、本当にもういいのだが……ま、まあ、覚醒を拒絶する気はないが……流石に、ここまでくると自分で自分が怖くなるな……」
言葉に追いつくように、気血が膨らむ。
拍動が、鼓膜と床石と結界糸を同時に叩く。
ドク、ドク、と一打ごとに空間のメモリがあらくなる。
ゼンドートは両手を胸前で固く組み、唇を噛んだ。
整然とした顔貌が、初めて制御の汗で濡れる。
暴れる新生の出力が、骨と理性の継ぎ目を片端からこじ開けにかかる。
彼はそれを真正面から抱え込み、軸を通し、呼気の一本一本に配線する。
――力に呑まれず『使う側』へ戻るための抑制。
「う、うううう! ううううううううっ!」
足元が微細に鳴き、床の概念が沈む。
鎧でも術でもない素の関節が、外界の位相線と噛み合っていく。
骨が星図をなぞるみたいに、ぴたりと『正しい位置』へすわる。
そして、届く。
「――真理道徳神化3――」
名が鳴動した瞬間、過負荷の白が澄み、圧が『硬度』から『清澄』へ相を変えた。
数式がはじけるように、数がいななく。
――230京。
無慈悲な、しかし静かな頂き。
結界の金線が黙り、戦場の空気が礼儀正しく通り道を空ける。
「はぁ……はぁ……」
呼吸を整えたゼンドートは、ゆっくりと天を仰いだ。
瞼の裏を通過する数式の薄羽が、吐息に合わせてめくれる。
「……セミディアベルの冗談が現実になったな。やつは、確か言っていたはずだ。全部で7回変身できると。……これで、合計7回目の変身だ」
「そ……そうみたいですね」
どうにか冗談っぽく敬語を使っているが、目は笑っていない。
瞳孔は冷水を浴びたみたいに縮み、掌は汗でぬめる。
胸内のメトロノームが痛い。
――体は正直に恐れを叫んでいる。




