194話 最後の砦を殺す呼吸。
194話 最後の砦を殺す呼吸。
(――避けきれねぇ。だが、何もできないわけじゃねぇ)
毘沙門天がセンエースの意図を汲み取る。
『盾句・反射』。
詩の重みを逆律で載せる。
照射が――来る。
世界の音が消える。
センエースの瞳孔が、針の穴より細くすぼまった。
セミディアベルのオーラに、毘沙門天の振動と波長を合わせ――ようとした、その時、
「――今の私なら、膨大な質量の異次元砲をフェイントにすることもできる」
「っっ?!」
視界正面の暴光が『偽』へ転じる瞬間、背面の温度が跳ね上がる。
回避姿勢を作った骨格が、火にいる夏の虫みたいに、罠へと飛び込んでいく。
「――亜異次元砲」
クリティカル全振りの異次元砲が、背骨の線を寸分違わずなぞって迫る。
主旋律を外した副旋の刃――さっき合わせた逆律と、
――わずかに『波長』が違う。
(……無理……間に合わ――)
間に合わないと脳が理解しているが、それでも体は抵抗をやめない。
上半身だけを紙のように回転させ、
詩の盾を背面へ強引に移送させようとする……が、
――遅延、半拍。
光が触れた。
剣翼が二枚、音もなく溶け落ちる。
背の推進孔が悲鳴を裂き、黒に濁る。
「ぐっ、は――!」
詩盾は間に合わぬまま、せめて角度だけを殺す。
センエースの足がふらつき、膝が一度だけ落ちる。
焦げた匂い。血の味。
視界の端で、神字がチカチカと点滅し、
毘沙門天の神字がひとつ、読み込みに失敗したまま点滅を続けた。
「……げほっ……がはっ……ぐぅ…………か、完璧なフェイントだったな。褒めてやるよ……マジでな」
体勢を無理やり引き起こす。
歯を食いしばる音が、戻ってきた世界の音に混ざった。
「君の言葉は、いつも、私を震わせてくれる」
セミディアベルの声は澄んでいた。
楽しげで、容赦がない。
鎧の肩飾りから立ち上る薄煙すら、品よく見えるのが腹立たしい。
――その品の良さに、黒い穴が穿たれた。
音より早く、光より暗い線が、戦場の斜め背後を裂く。
セミディアベルの右側面、死角。
そこを狙って、細身の砲口がぬっと影から突き出たのだ。
「――異次元砲」
無感覚の光。
次の瞬間、
「うぐっ!!!」
セミディアベルの右腕が肩口から吹き飛んだ。
「っ…………な、なにをしている、17番……」
セミディアベルは、右腕を奪った主を睨みつけていった。
灰塵の中、砲口を伏せた17番が立っていた。
「セミディアベル公爵……あなたには誰も勝てないと思った。だからあなたに従った。けど、ここまでの『すったもんだ』を見て、センエースなら勝てる気がした」




