193話 あふれる前に枯れる涙。
193話 あふれる前に枯れる涙。
「これは……ひどいねぇ……あまりに無慈悲……」
センは吐きそうになった。
『置き去りにされた』という現実だけが、はっきりと見える。
「へ、へへ……へへへ……」
それでも、笑う。笑ってしまう。
ノドの奥で、乾いた砂がこすれるみたいに。
「なるほど……フリ〇ザ様スタイルか……変身の最終段階は余計な装甲がなくなって、ツルっとしていくんだな……ははは、そっか、そっかー、あははー」
壊れた目で、かわいた笑い声。
「あふれる前に涙が枯れたぜ。稀有な現象だと思わないか、セミディアベルさんよぉ」
無意味な言葉で自分を支える。
圧倒的な、この絶望を前に、
センエースの奥にある何かが、
だからこそ意味があるとばかりに、
ググっと理屈をねじ伏せて、
非常識に膨らんでいく。
脳が熱くなる。
目が蒸発しそう。
「……恐怖に呑まれた心が暴走を始めた。理解できない熱で満たされている。俺の奥にあるコレを……なんと呼ぶか知っているか?」
「わからないな。ぜひ、教えてほしいね」
「質問したからって答えてもらえるなんて思うな。世間はお前のお母さんではない」
そう言いながら、センエースは拳を握る。
自分の骨と血だけを土台にして、そこへ全体重を載せる。
「行くぞ、セミディアベル……殺してやる」
「素晴らしい気迫だ……この圧倒的な理不尽を前にして……君の心は、これまで以上に燃えている。そんなことがありえるのだろうか。目の前で起きているのだから、否定しようがないが……もし、君という個体が存在しなければ、私は、そんなことは絶対にありえないと声高に叫ぶだろう」
「ごちゃごちゃうるせぇ」
言い捨てて、視線が弾ける。
わずか一歩で、世界の背面へ躍り込む。
刈り取るような肘、続けざまの逆気閃拳。
セミディアベルはあえて受け止めて笑う。
気血の逆流を楽しむ余韻。
攻防は一息分の密度で、十合を越えた。
拳と踵が擦れ、剣翼が火花を編み、推進孔が悲鳴を上げる。
数値の差は、毎拍ごとに現実へ沈んでいく。
小技で体勢を崩される。
センエースは歯噛みし、地面をえぐるようにバックステップ。
剣翼が盾形に展開――距離を取る、その瞬間を。
「異次元砲!!」
セミディアベルの声が、鐘のように澄み切って落ちた。
鎧の胸郭に浮いた紋章が反転し、世界の縫い目がガバッとめくれる。
色の無い光――時間の表皮ごと剥ぐ照射――が直線で迫る。
体勢的によけきれない。
センエースの時間間隔がスーパースローに圧縮される。




