192話 永久に共に。
192話 永久に共に。
「さようなら、セミディアベル公爵閣下」
「開いたよ」
「開いた? ケツの穴が? いい歳こいて漏らすなよ、みっともねぇ」
「可能性のカオス……私はまだ、高く飛ぶ。君と共に、永久に瀟洒に」
言葉が落ちきるより早く、
装甲の符が裏返るように組み替わり、
肩・胸・腰のプレートが段階的に増層。
継ぎ目の内側から赤黒い光脈が噴き出して、
空気の層を焼き、背の推進孔は裂け芽のように増殖する。
胸郭の下で、見えない渦が反転する。
鎧の腹部が薄く開き、真紅の兆しがひとかけら覗く――核が息をした。
――エグゾギアが、境界線を越える。
装甲のレイヤーが噛み合うたびに、カチリ、と現実の歯車がかみ直される乾いた手応え。
「……これこそがエグゾギアの真髄……『パーフェクトエグゾギア【混沌】』だ。……どうかな、センエース。この高み。この狂気」
ゴリゴリにごつくなった装甲の輪郭が、粗暴なまでの完成度で、場の法則を押し広げる。
センエースは渋い顔で、額に手を当てて天を仰いだ。
「……いや……えぇ……いや……今、負けてんのはこっちなんだから、覚醒するとしたらこっちだろ……なんで、『優勢な方』が爆発的に覚醒して、より強くなってんだよ……」
「……そうだね。こっちが強くなるのは、現状だとおかし……ん?」
「え、なに? 無茶がたたって、どっか壊れた? さもありなん。それだけ過剰な進化を遂げれば、どこかにしわ寄せや負担が積み上がるもの。終わったな。貴様は死ぬ。さようなら、セミディアベル公爵閣下。おめぇはすげぇよ。よく頑張った。たった一人で。全然一人じゃないという点に目をつむればの話だが」
「もう一つ開いたよ……まさか、ここまで加速度的に覚醒するとは思っていなかったな……やはり、君という狂気の経験値はハンパじゃないらしい」
言葉の落下点に、鎧の表面が静かに壊れた。
砕けるのではない。
――『余剰』が、礼儀正しく席を空けるみたいに剥がれ落ちる。
肩の重装板が薄片になって空気へ溶け、
胸郭を覆っていた層は数式の蝶に変わって散り、
腰の環は細い輪郭線ひとつにまで削ぎ落ちる。
継ぎ目の光脈は赤黒から銀白へ――そして透明へ。
密度は増すのに、厚みが消える。
背の推進孔の数は変わらないが、
形状だけが極端に洗練され、
噴流の音が『爆ぜる』から『歌う』へ遷移した。
蝉原がたどり着いた極限。
それは、
――専用パーフェクトエグゾギア【波動混沌】。
ごつさは削がれ、輪郭は刃物の薄さで研ぎ直される。
セミディアベルは、鎧を着ているのではない。波形を着ていた。




