191話 磨き抜かれた殺を殺す拳。
191話 磨き抜かれた殺を殺す拳。
セミディアベルは一歩も退かない。
次は足。
カカト落としと見せて、膝の途中で角度を変える多段変化。
「……殺神断層穿ち」
――赤黒の線が一本、水平に走った。
直後、世界が一拍遅れてずれ、
センエースの頬に『薄い切創』が現れる。
血がヌルく流れて揺れた。
セミディアベルは笑い、
「今の一撃が『カスり傷』になるなんて。本当に、素晴らしい反応速度だね」
「恐悦至極だぜ、セミディアベルさんに褒めてもらえるなんてなぁああ!」
センエースは踏み込み、一歩で間合いを0に潰す。
右拳で閃拳を放つフェイク。
セミディアベルの回避行動を見てから、そのまま体躯をねじりあげて、
「龍閃群!!!」
背の剣翼が千鳥に分裂し、雨アラレのように降り注ぐ。
毘沙門天の短句が剣身にともり、刻まれた『詩』が雅に起動する。
セミディアベルは両前腕を交差して受ける。
鎧の表面に赤い警告が走った。
が、関係ない。
――受けた刃をそのまま握りつぶすように捻り返す。
「混沌拘束ランク52000」
『不定形の禍々しい鎖』が空間から溢れ出て、
センエースの全身を大蛇のように巻く。
「――チッ」
推進孔が咆哮。
白炎の逆流で鎖を焦がし切る前に、
……セミディアベルの肘が、センの鳩尾へ突き刺さる。
くだらないほどに重い。
内臓が跳ね、視界が一瞬モノクロに弾けた。
距離が割れる。
セミディアベルは地をなでるように低く滑り込み、上体を捻って、
「殺神断理拳」
拳の先に、『論理の骨』が組まれる。
当たれば理屈ごと砕く一撃。
「どえぇええ!!」
かすっただけで頬骨が痺れ、
耳の奥でチカチカと金属音が鳴りっぱなしになる。
そこへ、セミディアベルの、
「無頼次元刃ランク53000」
右手から伸びた『薄い刃』が、影を裂く角度で滑走。
センエースは『刃の面』に閃拳を叩きつけて折り返したが、
肩口に熱が走った。
――皮膚が焼け、装甲のフチが黒く焦げる。
「強いよぉ……死んじゃうよぉ……」
弱音を口にしてから、センエースは再び踏み込む。
ダッシュとフェイントを織り交ぜて距離を噛む。
対するセミディアベルは、愉快そうにアゴを引いた。
「楽しいね。お互いがお互いを、壊れないオモチャにする深淵。優雅で気品があって……なによりスピードが足りている」
拳が交わる。
詩が砕ける。
理が鳴く。
殴り合いの渦中、セミディアベルが、ふいに小さく、
「あっ……」
喉の奥に、ちいさな鐘が鳴ったような声音。
「どうした? ガス欠か? さもありなん。それだけ全力を出せば、エネルギーも尽きるだろうぜ。終わったな。お前は死ぬ。さようなら、セミディアベル公爵閣下」




