175話 なにやってるか、分かんねぇよ。
175話 なにやってるか、分かんねぇよ。
返答は冷たい機械音声だった。
《[ATELIER_BOOT] OK/StrictGrammar=ON》
光管が一斉に輝き、ルーム群が順に稼働を開始する。
まずは経験値変換室。
サーバーラックの森のような黒室に、エルファから刈り取ったログが流れ込み、粒子状の経験素子へと分解される。
「命令。エルファログを抽出、粒径三・二±〇・一でグラモン化。出力量は毎秒2万5千ユニット。誤差許容0・5%まで」
《[EXTRACT] Handshake..OK/Quantize 3.19~3.28》
次は強化圧縮炉。
歯車と坩堝が同軸回転し、金色の溶波が脈動する。
グラモンはその渦に飲まれ、否定辞を剥がされて高密度の文法鋼に圧縮されていった。
「命令。グラモンをロゴス・スチールに鍛造。密度九・七、熱耐性はレッド=コロナ基準。不純物は否定辞系を優先的に除去」
《[FORGE] NEGATION_NOISE=92.1%除去》
「反語と皮肉は除外。否定辞系は『できない』『無理』だけにしろ。いちいち、お前の感情論を気にする余裕はない」
《[FIX] 除去率98.7%》
加工スタジオ。
黒板だらけの講義室と白い展示室がつながり、数式と詩の設計線が額縁の絵画から飛び出す。
それは剣翼の新規リブとなり、修羅OSの『インタフェース刃』となった。
「命令。剣翼の補強リブ、双曲面トポロジにミーム回路を内蔵。象徴負荷は『ブレイブ』で塗装。修羅OS、短文命令系、遅延〇・七ミリ秒以下」
《[SKETCH] 双曲面/ミーム回路一致/Latency 0.68ms》
美術館のホワイトキューブでは、抽象画がめくれ、裏側から『龍我骨』が抜き取られる。
骨は削られ、短句『斬断』をトリガーとする言語刃となった。
《[EXTRACT] 勇猛系純度0.91》
臓機械温室では壁が鼓動し、肉の腕が推進孔を縫合している。
熱交換器が組み込まれ、赤い蒸気が立ちのぼった。
「命令。推進孔に熱交換器を移植。自己修復オン、増殖オフ、痛覚リンク無効」
《[GRAFT] OK/増殖フラグ未定義、既定=ON》
「上書き、増殖オフ。……危ねえな。以後、既定値も毎回明示する」
カーネル編集坑。
真っ黒な竪坑にコードが降り注ぎ、青い警告灯が脈打つ。
「命令。修羅OSパッチ。戦闘優先スケジューラ、セーフティオフ。熱破断許容5%。クローンポリシーは二体まで。パニックハンドラは『舞い続けろ』」
《[PATCH] 適用成功/例外:詩的命令 非推奨》
「そのまま適用」
坑壁に赤いログが弾ける。
#BUFFER_OVERFLOW
#ACCESS_VIOLATION
#PANIC: keep_dancing()
最後に統合桟橋。
各室から搬送された部品群が、桟橋の上で自動整合されていく。
盾の代わりに言語刃、冷却の代わりに生体熱交換器。
防御を切り捨て、象徴圧と火力だけを優先した構成。
「命令。毘沙門天第二形態をアセンブル。優先度は機動>火力>耐久。重さ上限三十二キロ。起動鍵はセンエースの魂紋のみ」
《[ASSEMBLE] 31,8kg/条件内/魂紋バインド完了》
観測ホールにチェックリストが投影される。
赤く浮かぶのは、曖昧語、既定値、単位抜け、上限未設定。
「修正。単位系はゲート基準に統一。破断はレッド=コロナ温度基準。『ブレイブ』負荷は象徴圧七十デシベルで固定」
《[FIX_APPLIED] 効率+15,9%》
センは息を吐き、戦場に踵を返した。
「――続きだ。仕様は俺が書く。お前らは忠実に作れ」
《[ATELIER] Roger. 次命令待機》
★
※センが工房で何をしていたのか。各コマンドが複雑怪奇すぎたので、かみくだいた箇条書きで、まとめておきます。
・エルファから集めた『経験値』をこまかい粒にして、使える素材に変える。
・粒の大きさや量を、機械に細かく指示して正確にそろえる。
・その粒を『特殊な炉』でぎゅっと圧縮し、『強い金属』に鍛える。
・マテリアル粒子単位で存在する『できない・無理』などのネガティブ成分は、ほとんど取りのぞく(元来、物質には生体の感情を感知する機能が存在する。いい言葉をかけて育てた花は美しく育つ……みたいな感じ)。
・設計室で、数式や『詩』を使って『武装の設計図』を作る。(その方が、センエースの性質に合っているから。センエースはラップを好む傾向にある。ファントムトークも広義ではラップみたいなもの……と、センは勝手に思っている)。
・その設計で、剣の翼の補強や、戦闘OSの『操作刃(インターフェース。実際、背中に見えている、浮遊する剣。性能だけでみるなら、粒子状の概念状態にして運用した方が色々と便利ではあるが、後光の翼のように剣を背負う方がカッコよくて気分が上がるということで従来と同じ形に落ち着く。ギャルはおしゃれが戦闘服、みたいな感じ)』を仕上げる。
・特殊加工を施すための『美術館みたいな部屋』で『龍っぽい骨(詳細は複雑すぎるため省略)』を生成し、言葉で動く『言葉の刃(操作刃の影みたいな形で寄り添う。これも詳細は省略)』を作る。
・『生体の工房』で、体に熱交換器を移植し、自己修復オン・異常細胞増殖オフ・痛み無効に設定する(あくまで部分的。完全に無効化した際、諸々の機能に弊害が出るため)。
・内部の基本ソフトを編集し、『戦闘を最優先にする危険なパッチ』を当てる。
・エラーや警告が出るが、そのまま強行で適用する。
・最後に『組立場』で、全部品を『毘沙門天・第二形態』として合体させる。
・重点は『機動力>火力>耐久』で、重さの上限も守る。起動できるのはセンエースだけ。
・仕上げにチェックして、単位や基準を統一し、効率を上げる。




