156話 敵があまりにも強すぎる。
156話 敵があまりにも強すぎる。
(おいおいおい……ゼンドートよりも余裕で強いんですけど……ちょっと、もう……マジぃ? なに、これ……ゼンドートを倒すために死ぬ気でやってきたのに、予想より遥かに強いゼンドートの横に、ゼンドートより強いやつが立ってるとか……キモいって、この状況……エグいてぇ……!)
セミディアベルの一撃は、すべてが優雅で緩やか。
だがその余裕の所作の裏にある一撃一撃は、骨の髄まで響く重さを持っていた。
爪先で軽く小突かれただけで視界が揺らぎ、肩を叩かれただけで膝が笑う。
優雅な舞踊のように見せながら、戦場を支配する圧倒的な怪物。
「これは、もうダメかもわからんね……」
弱音を吐きつつも、センは歯を食いしばり、血を飲み込んだ。
「ったく、ふざけやがって……」
全身全霊を右拳に込める。
爆裂するオーラが白炎をまとい、空気を裂いて一直線にセミディアベルの胸へ走る。
「――閃拳!!」
本気の本気をぶつける一撃。
相手がエルファ・オルゴレアムであれば確実に殺せたはずの必殺。
だが――
「ふふっ」
セミディアベルは余裕の笑みを崩さぬまま、片手でその拳を受け止めた。
轟音とともに床石が砕け散る。
しかし、その掌はほんのわずかに揺れただけで、センの拳を止めきっている。
ニタニタと笑いながら、セミディアベルは言った。
「皮肉じゃない言葉を言おう。……私は君にビビっている。君はすごい男だ。惚れ惚れするね」
「そうかい……じゃあ、ボケじゃなく、マジで、心底から震え上がらせてやるよ」
センは低く吐き捨てると、いったんエグゾギアを解除して、
血で濡れた指先をアイテムボックスに突っ込んだ。
取り出したのは、黒紫と墨緑が渦を巻く、あの禍々しい紙片――サタンソウルゲートチケット。
周囲の空気が凍りつく。
ただの紙切れのはずなのに、視線を向けるだけで精神を削られる。
セミディアベルの瞳が、ほんの一瞬だけ細められる。
その顔から笑みは消えないが、そこに『関心』と『戦慄』が混じっていた。
「……それはなにかな?」
「いちいち説明するのも面倒だ。てめぇで勝手に想像しろ」
センは返事代わりに、チケットを雑に破り捨てた。
ビリッと音が鳴った瞬間――
破片は瘴気をまき散らしながら光へと溶け、空間に亀裂を走らせた。
黒曜の床から白炎が立ちのぼり、世界そのものが悲鳴を上げる。
――そこで、脳内に声が響く。
それは男か女か分からない絶妙な声音だった。
『0秒で、好きなだけ修行できる空間に連れていってあげる』