155話 ゼンドートが普通に強すぎる。
155話 ゼンドートが普通に強すぎる。
ひと息でも遅れれば立っていられない地獄。
それでもセンは前に出る。
迎え撃つのはゼンドート。
その体躯は、わずかも揺るがない。
まるで世界の中心に杭を打ち込んだかのように、冷静さを崩さず、最小限の動きだけで対峙する。
――ただ一歩、踏み込むだけで、空気そのものが沈殿した。
センの右拳に、ゼンドートも右拳を合わせる。
拳と拳が衝突する――瞬間。
「ぐ、があっ!」
爆風が広間を荒らし、センの身体は弾丸のように吹き飛ばされた。
壁に叩きつけられ、石片が降り注ぐ。
存在値の差が、残酷なまでに現実を突きつけてくる。
7500兆の全霊を叩き込んでも、5京の壁には亀裂すら入らない。
(……っ……速ぇ……! 重ぇ……! 数字だけじゃねぇ……戦闘力も、桁違いに跳ね上がってやがる……っ! 前見た時とは、根底から別人!)
ゼンドートは、数字に振り回されている素人ではなかった。
数値を自在に操る技量をもっている。
膨大な力を、研ぎ澄ました剣のように正確に振るう――圧倒的な強者の佇まい。
踏み込み、重心、角度。
全てが無駄なく最適化されている。
センが拳を振れば、その起点を潰され、蹴りを繰り出せば、次の一歩先を塞がれる。
避けるよりも先に殴られ、殴るよりも先に逸らされる。
「くそがぁああ!」
憤怒を叫び、逆気閃拳を腹部に叩き込もうとするセン。
だがゼンドートは、ほんのわずか身体をずらすだけ。
そして、無駄な力を抜いた掌で、丁寧に軌道を逸らした。
返す刀で、肩口へ重い拳が迫る。
「ッぶへぇっ!」
肺が震動し、呼気が半拍狂った。
それだけで、次の一撃が確定で入る――
ゼンドートが渾身の追撃を繰り出そうとした、その時。
「交代だ、ゼンドートくん。私も少し運動がしたい」
背後から軽やかな声。
ゼンドートの動きがピタリと止まる。
タメ息を吐き、ゼンドートは肩をすくめた。
「勝手な人だ。罪人の掃除は僕に全部押し付けたくせに」
不機嫌そうに吐き捨てるゼンドートを横目に、
セミディアベルが、ひときわ優雅な歩調で一歩前へ進む。
靴底が石を叩く音が、まるで舞曲のリズムのように響いた。
「さあ、センエース。踊ろうじゃないか。私も強いよ。それなりにね」
口元をニヤリと歪め、セミディアベルは片手を軽く掲げる。
舞踏の所作のように肩を回し、足を流し――そのまま蹴りを繰り出した。
重さは感じられないが、速い。
視認できた時には、センの頬が切り裂かれ、血飛沫が紅の線を描いて宙に散っていた。