149話 ちょっと何言ってるかわかんない。
149話 ちょっと何言ってるかわかんない。
センの踏み込みは泥酔の踊り、しかし刃先だけは醒めている。
膝は笑い、腰は鳴り、背は燃え、目は冷たい。
拳は打ち、肘は切り、肩は運び、足は地面の権利を書き換える。
〈COGNITIVE NOISE: 侵入〉。
遠くで鈴が鳴る音がして、近くで海が鳴る音がして、どちらも自分の血の音だと遅れて気づく。
呼吸が水になり、肺が舟になり、舟が波を割る。
波は赤い。
だが、船頭は笑う。
そうやって積み重ねてきたものを、
どっかのピエロみたいに、
指先一つ崩して嗤ってみせるの。
★
――9時間経過。
〈THERMAL: 高〉〈整流位相: 微ブレ〉。
胸骨裏で神字がひと拍泳ぎ、耳の奥で膜がぱちんと開く。
拳はまだ出る。
が、誰が出しているのかを、ときどき忘れる。
センは床の細片をあえて噛ませ、踏み替えの摩擦を乱流化させる。
エルファは即応する。
外足で流れを止め、内足で三角の終点を再構築する。
ただ、その適応に、針の三分の一拍の遅れが生まれる。
センの軌跡は書の連ね、払い、留め、点。
墨は汗、紙は床、硯は胸。
書は乱れ、乱れが様式になる。
仮面の縁に細い擦過が二本、三本。
数ではない。
数えられないほど小さな不具合を、あらゆる面に撒くこと。
雪のように、煤のように、塩のように。
〈PAIN-MAP: 飽和〉。
痛みは地形となり、地形は戦術となる。
痛む場所を踏み台にして前へ行く。
大丈夫。
三周遅れでも追いつく。
風になる、るるぶ。
非伸縮性の受験勉強。
赤ペンの花丸だけで咲くケイローン。
★
――11時間。
〈ARRHYTHMIA WATCH: 高〉〈COGNITIVE DRIFT: 高〉。
時間が結晶化し、ひと息が幾枚もの薄いガラスに分かれて割れる。
掌底を当てても芯が空洞へ落ちない。
鋭利に磨いた肘で虚空を切ると、エルファの重心が砂の上で半分だけ沈む。
仮面の口元の薄金の文様に、細い亀裂が走る。
呼吸の高さは変わらない。
だが、足裏が一度だけ、重心を探った。
センはそこへ『音』を置く。
足音のない足音。
白い炎の無音に重ねる微かな舌打ち。
聴覚の隙間を指で広げ、そこへ拳の影を滑らせる。
〈NEURAL LATENCY: 測定不能〉。
時間がちぎれて数珠になり、数珠が拳に通される。
ジャラリ、と。
誰の音だ。
俺の音だ。
いい音だ。
どうやらまだ飛べる。
なんで飛べる?
疑念を隔てるガードレール。
陽キャパリピなマンドレイク。
スパークする無関心なノーゲーム。
★
――11時間30分。
〈汚染度: 72→79〉。
目の前の世界は硝子の格子で出来ていて、格子は音で割れる。
センは声を出さないまま叫び、叫びの無音で格子に亀裂を入れる。
拳が通る道が一筋増える。
道は細い。




