144話 Lファー。
144話 Lファー。
髪は闇の糸のように滑り、外套は夜の布で仕立てられている。
体躯は中性的で、過不足なく整い、男とも女とも断じがたい輪郭。
仮面は白磁、目の部分だけが長く細く切られ、口元には薄金の筆致が一閃。
体温は拒むのに、視線だけは冷ややかにこちらの寸法を測っていた。
その仮面魔王は静かに立ち上がる。
衣も椅子も音を立てない。
立ち上がるという動作そのものが空気の張りを改め、広間の遠心にさざ波を放った。
「――僕は『エルファ・オルゴレアム』。……それ以外で、語るべき名を持たぬ者」
声は壁が返す前に届いた。
低くはないのに重さがあり、威圧ではないのに膝裏の筋がわずかに縮む。
名乗りのあと、仮面の奥の呼吸だけが、城の静けさと同じ拍で続いた。
そんなエルファに、センは、
「なるほど、『エルファ・オルゴレアム』は『エルファ・オルゴレアム』以外の何者でもない。それ以上でもそれ以下でもない……ということですね、わかります」
と、ファントムトークで返しつつ、
じっくりと、全身のオーラと魔力を充満させていく。
「俺からしても、お前の詳細とかはどうでもいい。お前がどこの誰で、どんな過去を背負っているかとか……一切合切、一ミリも興味ない。俺の興味は、お前を殺したあとに手に入るコンプリートボーナスだけだ」
そう宣言しつつ、
神眼モノクルで、エルファ・オルゴレアムの力を確認する。
(……『存在値9999兆』……ヤバいねぇ。カンストしてんじゃん)
99本目の超魔王の存在値が『3000兆』だった。
それでも、相当にえぐい強さだったわけだが、
目の前にいるエルファ・オルゴレアムは、その3倍以上。
センは深呼吸で気血を整えつつ、
「一応聞いておこうか。……もし、『死にたくない』ってんなら、見逃してやってもいいぞ。コンプリートボーナスはもらうけどなぁ」
「僕を倒さなければ秘宝は手に入らない」
「そうかい。そいつは困ったな。ちなみに、死にたい?」
「僕は死なない。死ぬ可能性があるとしたら、あなただけだ」
「それは、お前が俺を殺すから?」
「その通り」
「お前が俺に殺意満点なのは、俺が不法侵入者だから?」
「違う。あなたが『命』だから。この世界に存在する命は、僕が全て滅ぼす」
「ようするに、それは……俺を殺したら、この城を出て、外の生き物を襲うってこと?」
「そのとおり」
「いいねぇ。そうこなくちゃ」
そう言いながら、センは何度かジャンプをして体軸を整えてから、
――ピタっと停止し、丁寧な武を構えると、
「……行くぞ、エルファ・オルゴレアム。殺してやる」




