143話 100本のカギ。
143話 100本のカギ。
最後に残った鍵穴へ、100本目のカギを差し込み、捻る。
――内部で複雑な歯車の噛み合う音と、低い魔力のうねりが響く。
最後の一本が『カチリ』と鳴った瞬間、空気が変わった。
冷たかった石造りの空間が、まるで呼吸を始めたかのように、ほんのり温もりを帯びる。
これまでの99本目までは、外観に特筆すべき変化はなかった。
だが今回は、扉をくぐる前から、明らかな兆しが走った。
「……期待させてくれるねぇ」
と、強がりの軽口をたたきつつ、センは扉を抜けた。
★
「さすがにラストの100本目ともなれば、演出も多少は凝ってくるみたいだな」
軋む音とともに足元の大地が揺れ、塔があった跡に、巨大な影がゆっくり姿を現す。
それは塔ではなく、荘厳にして悪趣味なほど豪華な城だった。
黒曜石の壁に金細工が這い、塔楼の先端では赤い宝玉が脈動する。
空には黒雲が渦を巻き、稲光がその輪郭を何度も照らし出す――
「たぶん、100本目のラスボスが出てくるよなぁ」
そこで、センはアスクレピオスを地面に刺し、
「……蛇の慈悲」
回復の呪を唱えて座禅を組む。
心拍が一拍だけ泳ぎ、喉に鉄が滲む。
体力の負債は雪だるま。
返済の見込みはない――が、表情は『知ったことか』と厚顔不遜。
〈AEG-CORE: RUNTIME 段階解放ログ検知/現在値維持〉
――稼働時間を満充電に戻し、身体の隅々まで感覚を通す。
意識がふっと抜けそうになる頭と、ふらつく足を支えながら、
「さあ、行こうか」
城の入口へ一歩すすむ。
冷気が喉を刺し、内から鐘のような低い脈動が響いた。
★
城の内へ足を踏み入れた瞬間、豪奢と空虚が同じ比率で押し寄せた。
床は黒曜の鏡面、天井は金線の唐草、壁には巨大な装飾柱――しかしどれも質量に乏しく、光沢の皮一枚で形を保っているにすぎない。
指で弾けば、響きだけ残して砕け落ちそうな、舞台装置の虚ろさがあった。
空調の気配はないのに風だけが通り、燭台の炎は白く、明るいのに熱を持たない。
揺れるたび、影は伸びず、音だけが遠くへ転がっていく。
靴底が石を打つと、反響は妙に澄み、心拍の半拍遅れで耳に返った。
広間は縦長の吹き抜けで、左右の列柱は荷を支える意志を欠いている。
壁のタペストリに紋章はなく、額装の絵はどれも地平線の手前で途切れていた。
見栄えの線と面だけが整列し、内臓に当たる生活の匂いは一片もない。
中央にだけ、確かなものが置かれていた。
三段の基壇、その上に孤独な玉座。
背は高く、黒石に薄金の唐草が彫られ、肘掛けは刃のように細い。
真紅の絨毯には踏み跡も埃もなく、誰も通らぬ道だけが真っ直ぐそこへ導いている。
玉座には、仮面の魔王が腰かけていた。
のこりは午後に投稿します(*´▽`*)




