9話 萌ゆる閃光。
9話 萌ゆる閃光。
リミッターを強制的に殺していく。
四頭筋がブチブチとちぎれる。
あらゆる腱に亀裂が入るのを感じる。
それでも止まらない。
止まってはいけない。
センエースは駆ける。
グンと踏み込んで、
ゼンドートの懐にもぐりこむと、
「……閃拳っ」
握りしめた拳に心を込めて、
グンと豪快に腰を回転させた。
細胞全部が引きちぎれるのを感じる。
激痛の向こうで、新しい心地よさが跳ねる。
「むっ」
『セン(17番)』は、低存在値の『後衛職(召喚士)』。
その肉体能力は、当然、低スペック。
……そのはずなのに、
(なんだ……この速度っ)
ゼンドートは瞠目する。
威圧によれて、反応がにぶる。
センの拳がグンと伸びた。
まるでゴムゴ○のなんとか。
もちろん、目の錯覚。
あまりにもしなやかで脳が誤作動。
センエースの命が萌ゆる。
鳴動、苛烈、不滅。
獣の本能が醒める。
グギニャリッ
と、神経に障る音が、ゼンドートの耳を撫でる。
気づいた時、センの拳が、ゼンドートの顔面を完全にとらえていた。
ゼンドートの眼球が反射する。
意識、加速、焦点。
自分の頬を殴っているセンの拳に目が止まる。
センの拳は、ぐしゃりと潰れ、指骨が皮膚を突き破って飛び出していた。
血と骨と神経のアートが、一瞬だけ空を飾る。
ゼンドートは、大したダメージを負っていない。
存在値に大きな差があるので当然。
肉体の差を例えるなら、ヘビー級チャンピオンと2歳児。
2歳児のパンチでダウンするチャンピオンはありえない。
……だが、
「ぐふっ」
ゼンドートは血を吐いた。
衝撃で口が切れたのだ。
本来であれば、ありえない光景。
ゼンドートは、自分が吐いた血を確認すると同時、
ダン、ダン、ダダンッ!!
と、高速のバックステップでセンから距離をとる。
まるで舞台裏の鼓動。
裏方の拍子木みたいに、
踏み鳴らされる乾いた靴音が後退を告げる。
そして、反射的に、ギっと、センを睨んでしまう。
これは、純粋生命の根源的警戒反応。
ゼンドートは、自分と比べたら圧倒的弱者であるはずのセンを、
つい、無意識のうちに、『命の危機』と判定してしまった。
これは、極めてみっともない話。
世界チャンプが幼児の右ストレートを警戒するなど、滑稽を通り越してグロ映像。
だから、ゼンドートは、
「ぎぃっ」
奥歯をかみしめた。
はた目には分からない程度に、体を小刻みに震わせる。
そんなゼンドートの視界の先で、
センは、ヘシ折れた自分の拳を、冷めた目で見つめていた。
「脆い拳だ……みっともねぇ」




