9話 そうじゃなきゃ……
9話 そうじゃなきゃ……
無駄なおしゃべりしつつ、
ボクは、昨日、モンジンが言っていた、
『運動場の隅に立っている巻藁』の前まできていた。
トレーニングをはじめて、たった一日しか経っていないけど、
ちょっとだけ、運動そのものに慣れてきた。
あれほどの激しい基礎トレを終えたあとも、多少は動けるようになった。
人間の『環境に慣れる能力』は本当にすごいと思う。
(……あのさ、やる前に聞きたいんだけど……正拳突きの練習って意味あるの? ボク、召喚士なんだけど?)
なぜか、モンジンが、頑なにオススメしてくるので、一応、巻藁の前まで来てみたけど……正直、意味ない気がする……
無意味に巻藁を殴るぐらいだったら、まだ散歩とかした方が、心肺機能の向上という点でマシな気が……
(拳に体重を乗せる角度、足の運び、呼吸のタイミング――殴る動作には、全身運動のすべてが詰まっている。拳を出す動作は、全身の連動と神経伝達のテスト。訓練すれば『出したい時』に『迷いなく出せる』ようになる。拳の皮が剥けるくらい殴れば、無意識に手加減できなくなる。それが、命のやりとりで一歩踏み込む勇気につながる……などなど、合理的かつ生産的な理由も無限にあるが……一番大事な点は、そういう教科書的なことじゃねぇ)
(……じゃあ、巻藁を殴るというトレーニングにおいて、『一番大事な点』って何?)
(――『やっている感』が一番出る!)
(……へ?)
(巻藁を殴っているシーンは、いかにも、『修行してます!』って感じがして鬼エモいだろ)
(……)
(正確な打撃フォームの定着だとか、マイクロダメージと再生の繰り返しで、拳の骨・皮膚・関節周囲の強化をするだとか、腰の回転、足の踏み込み、肩甲骨の開閉など、全身を連動させて一点に力を集約する練習になるだとか、重心移動を伴う正拳の訓練だと、静止系の筋トレでは得られない『実戦的な体の使い方』が学べるだとか……そんな屁理屈はどうだっていいんだ。大事なのはカッコいいかどうかだ)
(あのねぇ……)
(――そうじゃなきゃ、狂気が続かねぇ)
(……)
(――『理想』を一番上に置いていなければ、『苦悩を経て頂点に到る理由』を、途中で必ず見失う。血反吐を吐きながら、『それでも』と叫び続けるためには、理屈を棄てる覚悟が必須。今日を殺すリスクだけが、本物の明日を手繰り寄せる唯一の近道)
(……)
(――『召喚士としてゴブリンに殴ってもらう』ってのも、別に悪くねぇが、漢としてのカッコよさだけに着目した場合、流石にちょっと微妙だろ。それに、召喚士としての技能だけを磨いた場合、召喚獣の限界がお前の限界になってしまう。……拳は無限だ。時間はかかるが……200億年も積めば、宇宙も殺せる)
(最後の『宇宙を殺せる』ってのは、ちょっと何言ってるか分からなかったけど……ま、伝えたいことの2割ぐらいは、何となくわかったよ)




