172話 絶対的な格差を前にした時の所作。
172話 絶対的な格差を前にした時の所作。
辺境伯の額から血が流れる。
汗と混ざって目に入る……が、そんなことはお構いなしで、
ラストローズ辺境伯は、一心不乱に剣を振るい続けていた。
すばらしい胆力だ。
ボクにはないもの。
こんなに頑張っているラストローズ辺境伯を、この場に立っている全員で騙している……という事実に心が痛くなってくる。
もうしわけない。
ちなみに、7番と99番は、裏切りがバレないよう、『必死に戦っている風』を装いつつも、いい感じの距離をとって、たんたんとラストローズ辺境伯の支援をしている。
この二人は、闇社会のプロフェッショナルなので、『裏切り』に対して、特に何も感じないんだろうなぁ……
それとも、何か、『仄暗い心の痛み』とかを感じたりするのだろうか……
他人の心なんて分からない。
分からないままでいい。
なんてことを考えていると、
それまで黙ってラストローズ辺境伯の剣を受けていたゼラビロスが動き出す。
拳を固めて、カウンター気味に、ラストローズ辺境伯の顔面にぶちこんだ。
「ぐっはぁあああああああああああ!」
もちろん、ゼラビロスは本気じゃない。
本気だったら、今頃、ラストローズ辺境伯の顔面は、『汚い花火』になっていただろう。
「ぐ、うぅう……」
殴られた顔をおさえて、ラストローズ辺境伯は、
「魔王……私を……人類を……ナメるなよっ……」
これだけ、『力の差』を、まざまざと体感していながら、
しかし、ラストローズ辺境伯の気迫に陰りはない。
マジで、すげぇな。
なんで、そんな頑張れる?
ボクだったら、とっくの昔に諦めて、ゼラビロスの靴をなめているところだ。
……と、ある程度、場が温まったところで、
ゼラビロスが、ボクの方にキっと視線を向けて、
「……貴様らで遊ぶのも飽きてきた。そろそろ殲滅するか。まずは、一番弱そうな『そこのゴミ』から殺すとしよう」
そう宣言してから、のっしのっしと、ボクの方に近づいてくる。
……歩いている途中で、ゼラビロスが、チラとボクにだけわかる視線をよこした。
その目が言っている。
『出番ですよ、マイマスター』と。
――ボクの方に向かってくるゼラビロスに対し、ラストローズ辺境伯は、
「貴様の相手は私だぁあああああああああ!!」
そう叫びながら、ゼラビロスの背中を斬りつけた。
死角からのクリティカルな渾身の一手。
けれど、無情にも、ラストローズ辺境伯の剣は、ゼラビロスの背中に当たった瞬間、バキリとヘシ折れた。




