91話 ボケたフリ。
91話 ボケたフリ。
「いつまでも同じ言い訳を通すことはできないでしょう」
という7番のセリフに対し、ボクは、かるく頷きながら、
「その言い訳が通るぐらい、ボクはとんでもない大バカ者である……ってことで話を通せないかな? なんだったら、普段から、もっとアホのフリをすることもできるけど? 常時、鼻水を垂れ流しながら、変な形の石をコレクションしつつ、ことあるごとにケツや局部をさらしてふりまわしながら、かつ、全ての言葉を、華麗に言い間違えてみせるけど?」
……転生する前、小学校ぐらいの時、母方の爺さんが、『介護のなんたらの高ランク認定をとるため』に、役所からきた鑑定員の前で『あえてボケたふりをする』『足が動かないフリをする』というのをやっていた。
その場面は、まるで茶番劇のようだったが、爺さんの演技はやたらとリアルで、当時のボクは、それが『本物の老い』なのか、それとも『嘘』なのか、よくわからなかった。
ただ、鑑定員がメモを取りながら、可哀そうな人を見る目で、優しくうなずいていたのを覚えている。
普段の爺さんを知っている家族全員が、息をひそめてそれを見守っていた。
なかなか衝撃的な光景だったので、まだ脳にやきついている。
いつもはテレビの前で理路整然と政治家の文句を言いながら、パソコンで囲碁や将棋をやりつつ、一日1時間以上散歩をしている爺さんが、
必死に、よだれをたらしながら、『今日が何日か分からない』と言いつつ、『歩こうとするが躓いて、タンスに頭を打ったふりをする』という……センセーショナルな様。
すっかり力の抜けた肩、曇った眼差し、椅子にしがみつくような手の震え――
演技にしては細部が過剰すぎるほど完成されていた。
ボクは、ただただ呆気にとられた。
そして、役人が帰ったあと、爺さんはすぐさま、口元のヨダレをハンカチでサっとふいて、ボクに、『生きるというのはこういうことだ。支援と介護では雲泥の差だからな』と教えてくれた。
そのときの爺さんの目は、昼間の曇った目とはまるで別人のように鋭かった。
全力のボケ老人の演技をやめた直後にも関わらず、声には一点の揺らぎもなかった。
そのたくましさを前に、小学生ながら、『すげぇな』と思ったのを、今でも覚えている。
ボケペテン爺さんの血が流れているボクなら、『マジでやべぇバカだな』と思わせることも出来なくはないはずだ。
とりあえず、『アホの子』のモデルとしては『しんち〇ん』と『ボーち〇ん』をミックスした感じでいけば事足りると思う。




