89話 魔王の凄さを間近で見て、改めてクラクラする蝙蝠の7番。
89話 魔王の凄さを間近で見て、改めてクラクラする蝙蝠の7番。
《雅暦1001年7月16日 夜》
いつものように、ボクは、50万を払って、通行証を手に入れた。
周囲の視線がわずかに、こちらに向く。
好奇と困惑が混じっているのが肌でわかる。
みんな、ボクをバカだと思っている。
それでいい。
今回、ボクが挑むのは、『外周西南西エリア1』にある『チロキシンの地下迷宮』。
いつも通り、宿舎の警備員にバカにされつつ中へと入る。
……いつもと違うのは、今回は、7番が同行しているということ。
ボクが、地下迷宮に降りたってから、五分ほど経過したところで、彼女がやってくる。
「あんたの『魔王召喚の力』は分かっている。本来であれば、恐怖を感じる必要はない……のだろうけれど……長年にわたってしみついている『地下迷宮に対する恐怖心』をどうしても拭えない」
聞くところによると、7番は、地下迷宮で何度か死にかけているらしい。
地下迷宮研究会のカナリアとして、前衛を任されて、
貴族たちの『盾(回避タンク)』を担ったらしい。
『蝙蝠の7番』は、人間の中では『とてつもない実力を持つクノイチ』だが、
しかし、地下迷宮のモンスターが相手だと、吹けば飛ぶ雑魚でしかない。
『訓練を積んだ上位貴族』と徒党を組んで、慎重にフォーメーションを整えて挑んでも、それでも、余裕で死にかけてしまう。
地下迷宮とは、本来、そういう場所。
この巨大都市ユウガの中で、最も危険な、人を寄せ付けない聖域。
★
7番の足取りは静かで、布がこすれる音ひとつ立てない。
まるで影のように、ボクの左後方をついてくる。
表情は常に無感情に近い……が、気配の変化には、鋭く反応している。
探索の途中、地下2階の中盤で、7番は、息をのんでつぶやいた。
「間近で見ると、本当にすごいな。……魔王の力は桁違いだ。凄まじい圧力……」
声に混じる震えは、興奮とも恐怖ともつかない。
目を細める彼女の頬には、わずかに汗がにじんでいた。
パリピーニャがモンスターを粉砕するシーンを、
『ボクの隣』という特等席で目の当たりにした7番は、
軽い眩暈の中でまどろむ。
瞳がかすかに揺れ、地面に影を落としたその立ち姿が、ほんの一瞬ぐらりと揺れる。
忍者である彼女にとって、そんな反応を見せるのは極めて異例なことだった。
パリピーニャのあまりの圧に、くらくらしている様子。
ちなみに、ボクも、まだまだ、パリピーニャのすごさに、全然圧倒されている。
この臨場感とダイナミズムは、何度経験しても、慣れることなく、凄いと思ってしまう。




