16話 最終通告。
16話 最終通告。
《雅暦1001年7月10日》
風俗街の、とある娼館の地下に、魔王組の事務所がある。
下っ端構成員に案内されて、ボクは、せまい階段を下りていく。
地下にあるドアを、下っ端構成員がノックする。
……下っ端が暗号的なものを口にすると、ガチャっとドアが開いた。
「行け」
と、命令されて、ボクは事務所の中に入る。
下っ端は、ボクが逃げないように、ドアの前に立って仁王立ち。
魔王組の事務所には、10人ほど、コワモテの構成員がたむろしていた。
ボクが中に入った瞬間、全員で、ボクに対して鋭いメンチを切ってくる。
威圧を生業にしている方々なので、
『迫力』が、そこらのヤンキーとは別格だった。
「よう、きたな、17番……ん? なんだ、そのブカブカのコート……似合ってねぇぞ」
『鴉の51番』が、そう言いながら、ボクに近づいてくる。
今のボクの姿は、全身黒ずくめのロングコートで、
頭には、深々とフードをかぶっている。
……この姿なら、遠目だと、ボクだとは分からない。
この事務所にくるまで、誰にも見られないよう注意してきたけど、仮に目撃者がいても、ボクだと断定することはできないだろう。
「まあ、いいや。……いやぁ、しかし、助かるわ。マジで。お前も、これからは、俺の名前を、多少は使っていいからな。なぁに、ほんの褒美だ。ただ、俺の名前でツケとかするなよ。あくまでも、名前を貸すだけだ」
そんなことを言いながら、
また、バンバンと、無駄に強い力で、ボクの背中を叩いてくる。
やめろ、くそが。
それ、痛いんだよ。
痛いだけじゃなく、なんか、自尊心とかにヒビが入るんだよ。
「それで……おい、金は? はやく出せよ。もったいぶるな。今日は『アネゴ』が来る日だから、色々ともてなしの準備したいんだよ。お前の相手ばかりしてられねぇんだ」
51番がそう言うと、後ろにいた他の構成員が、
「51番、マジでさっさと終わらせろよ。『3番のアネゴ』は、午前中に顔を出すって言っていたからな」
「分かってますよ、18番。すぐに――」
と、そこでボクは、二人の会話に割って入るように、
「あの……これは最終通告です。もう、ボクには関わらないでくれませんか? そしたら、何もしませんので」
「……あ?」
そこで、ギラっと、51番の目つきが変わった。
ほかの構成員たちもガタっと立ち上がって、ボクを強い目でにらみつける。
「あのなぁ、17番……」
小さい声で、ボクの名前を口にしながら、
ゴスッ!
と、ボクの腹にショートフックをぶちこんできた。
「うぐっ!」
ゲロ吐きそうになった。
むちゃくちゃ痛い。
51番は、どこにでもいるチンピラ奴隷だけど、
『雑魚でガキのボク』からしたら、鬼のように強い。
「大金を稼いだら、狙われることぐらい予想ついたろ? 悪い事いわないから、金を払え。払わないと、お前だけじゃなく……あの妙に綺麗なツラをしたガキも殺す。いやだろ? 顔に書いてあるぜ」
「きょ……恐喝までならともかく……殺人までやったら、流石に執行部も――」
「執行部に通報してもいいが、俺達『魔王組』は『必要悪』として存在が認められている正規の秘密結社だ」
正規の秘密結社……なんて狂ったパワーワードなんだ……
あまりにもふざけすぎている。
でも、ガチなんだよなぁ。
「執行部はそう簡単には動かないし、仮に、万が一、正式な構成員である俺がパクられたとしたら、その報復として、お前は必ず殺される。魔王組は実質的に執行部がバックについている強大な組織。……『組織そのものが執行部によって壊滅させられること』は絶対にありえない。つまり、残っている誰かが、必ずお前に報復するということだ。俺たちは、恐怖を売る商売。ナメられたら終わりなんだよ……歯向かうのであれば、必ず報いを受けてもらう」
「……」
「これが最終通告だ。……金をもってこい。死にたくないならな」
「モンジン……マパネットを召喚してくれ」
「……ん? なんつった? 何を召喚って?」
51番は、眉間にシワを寄せて、
ボクの胸倉を強くつかみながら、
「何も起こらねぇじゃねぇか。テキトーなことをいって、この場をおさめようなんて甘いんだよ、くそが!」
そう叫びながら、さらに、ボクの顔面に拳を叩き込んできた。
だから、痛いって……
マジで痛いんだよ……
「おい、17番! ……ん……」
そこで、51番の口から、血がたらっと流れた。
「な……なんだ?」
プルプルと小刻みに震えつつ、糸が切れた人形みたいに、ヒザから崩れ落ちる。
真っ青で、ダラダラと口から血を垂れ流しながら、
「はぁ……はぁ……え? なんだよ、これ……か、体が……熱い……頭が痛ぇ……」
その状態に陥っているのは51番だけじゃない。
ほかの構成員も、全員、真っ青な顔で震えながら血を垂れ流している。
『体の異常な不調』に怯えている構成員の皆さんを見下しながら、
ボクは、
「どんな原理かは知らないけど、『脳を部分的に破壊して植物人間状態にするウイルス』ってのがあるらしくてね。マパネットオリジナルのウイルスなんだってさ。あまりにも強烈な状態異常だから、『同格相手には通らない』らしいけど……人間相手なら、誰でも通る。たとえ、それが、ラストローズ辺境伯でもね。魔王からすれば、人間なんて、全員、一律で脆弱な下等生物だ」
「なに……言ってんだ……てめぇ……な、なにしたんだ……」
「だからぁ……魔王マパネットに命令して、『君たちだけを植物人間にするウイルス』をバラまいてもらったんだよ」
「……ま……魔王……だぁ?」
「変な欲をかかなければ、こんなことにはならなかったのにね……かわいそうに」
そう言いながら、ボクは、事務所の中を漁り始める。
金目のものとか、マジックアイテムとか、使えそうなものを持って帰るつもり。
事務所の中を物色しながら、
ボクは、
「ウチのおっさんは、なんだかんだで、ボクに、食い物と寝床はくれていた。その分、働いていたから、とくべつな恩とかは感じていないけど、最低限の義理みたいなものはなくもないから、チ〇コをもぐだけで許してやった。けど、お前たちは違う。ただただ、ボクから、金と9番を……『人生』を奪おうとした。そんなやつには義理も筋もへったくれもない」




