3話 バケツの底が抜けた。
3話 バケツの底が抜けた。
「先ほど、『蝉原勇吾』を殺した時、同時に呪縛領域の魔法を展開させてもらった。本来なら、貴様も、逃走や戦闘の意志を抱くことすらできなくなるはずなんだが……とてつもない精神力で、私の呪縛を弾いたな。決断力と判断力だけではなく、胆力と、精神力と、気合いも認めてやる。『メンタル』という点においては、脆弱な人間の中で最高峰と言えるだろう。……ま、だからといって、この状況を覆せるわけではないが」
「……てめぇ……なんで、蝉原の名前、知ってんだ? あいつ、自己紹介してたっけ?」
「私のプロパティアイはレベルが違う。それだけの話。……貴様の名前も、もちろんわかっているぞ。センエース。ちなみに、今から、龍牙峰杏奈を殺す」
そう言いながら、
ウムルDは、さらに、スイっと右手を動かす。
「やめっ――」
すると、龍牙峰の上半身も、蝉原同様、
ズッパァアアアアアン!!
と、盛大に破裂した。
それを見てセンは、
「っっ?!!!」
目が血走る。
眼球の全部が赤に染まる。
グングンと血圧が上がって、
命が膨れ上がって、
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
逆流していく。
何が逆に流れているのか、当人含めて、誰も理解できない。
しかし、剣翼は、把握する。
センエースの魂魄の全部がひっくり返って、
まるで、スイッチでも切り替わったかのように、
センエースという概念を構成している命の全部が、膨大に沸騰していく。
――バケツの底が抜けた。
底が抜けたバケツに、
根性という蛇口をひねって、命という水を注ぎ込む。
底のあるバケツなら、どこかで一杯になるが……
底が抜けているので、永遠に満タンにならない。
そんな『自分の状態』を強制的に作り上げたセンは、
剣翼に、
「これなら……もっと飛べるだろ……」
底冷えするような低い声で、
「……限界を超えて舞え……毘沙門天」
絶対的な強権命令を受けて、
毘沙門天が、さらに暴力的な唸りを上げる。
その結果、
「ぬっ!!」
声をあげるウムルD。
センの剣翼が、ウムルDの左腕を切り飛ばしたのだ。
自由になったセンは、まだ自分の首を掴んでいるウムルDの左手を掴んで、そこらに放り投げつつ、
爆速のバックステップで、
龍牙峰の死体まで駆け寄ると、
彼女の死体から、羽織をはぎ取って、
バサっと勢いよく身につける。
「……簡単に死にやがって……くそったれが……」
龍牙峰と蝉原の死体を尻目に、ボソっとそうつぶやき、
一度、ギリっと奥歯をかみしめると、
強い目で、ウムルDを睨みつけつつ、
背後にいる、生き残っている面々『久剣・輝木・百目鬼・高橋』に、
「おい、お前ら、マジで動けねぇのか?」
と、そう確認すると、
久剣・百目鬼・高橋の三名は、催眠術でもかかっているみたいに、
軽く朦朧としていて、何も答えなかったが、
輝木は、
「……う……ぐっ……逃げ……て……」




