センエース~百転生物語『クロッカ編』~ 25000字
「自作コミカライズ版の特典小説の頭」から、
プラス、
「サンプルで配布した1話分」、
プラス、
「そこからの続きの2話分」、
全部あわせて25000字分を、
まとめて、投稿します。
もし、まだクロッカ編を読んだことがない、という読者様は、
これを読んでいただけたらなぁ、と思っております。
サンプル配布した分まで読んでいただけている読者様は、
後半の2話分だけ読んでいただければと思っております!
自作コミカライズ版の特典では、
ここまでの25000字に30000字前後をプラスして販売する予定です。
続きが気になると思っていただけたのであれば、
ぜひ、ご購入を検討していただきたいです。
漫画はちょっとしたオマケで、こっちがメインの買い物……と思っていただけるのも、凄くうれしいです。
1話(13話)の特典だけは5万字前後で販売しますが、
基本的には、毎月、3万字前後で販売していく予定です。
私のもてる時間限界ギリギリまで詰めた作品を、
どうか、よろしくお願いいたします。
ちなみに、クロッカ編と呼び続けてきた、
自作コミカライズ版の特典小説ですが、
正式には「センエース~百転生物語『クロッカ編』~」
という形でいこうかと思います。
呼び方は、今まで通り、クロッカ編でいきます。
しばらくはクロッカ編として、連載が進んでいくと思いますが、
第十七ベータでのアレコレが終わり、
次の世界に転生した場合は、
「センエース~百転生物語『~~編』~」
という形で特典連載が進んでいく予定です。
一応、私は、死ぬまで無限に毎月販売をしていく予定なので、
何か問題でも起きない限り、
4周目、5周目、6周目と、
特典での連載は続いていく……はずです。
センの人生を、どうか、追っていただけないでしょうか。
よろしくお願いいたします。
センエース~百転生物語~
『彼』の名前は閃壱番。
地元で一番バカな公立高校で主席を張っているという、
『なんとも形容しがたい謎な経歴』を積んでいる奇妙なド変態。
ある日の放課後、
彼が、スマホをにらみながら、
(……異世界系WEB小説……だいぶ、読みつくしたなぁ……)
などと、心の中でつぶやいていると、
隣の席の『反町』が、
「なあ、閃。今日、みんなとカラオケいくんだけど、お前もいく?」
その発言に対し、
閃は、まっすぐな視線で、
「いくわけねぇだろ。俺をナメんな」
と言い切った。
「……俺、お前のこと、まったくナメてねぇけど……むしろ、すごいやつだと思っているけど」
「いや、お前は俺の孤高力をナメている。俺は常に究極の孤高。『愛』と『勇気』という『パリピな友達』に囲まれて日和っているアンチクショウよりも一段階上にいる真のヒーロー」
「……はぁ」
「というわけで、俺は帰る。まっすぐに帰る。俺の名前はセンエース。帰宅部の永久欠番。運命を調律する孤高の大エース」
「ま、なんでもいいけど……あ、そうだ。明日のレクリエーションで必要なタスキ。買っておいてくれた?」
「は? タスキ? なに、それ? 概念レベルで知らんのだけど」
「え、誰からも聞いてない? マジか、誰かは言うとは思ってたけど……」
そこで、反町は、息継ぎをして、
「先週の金曜、放課後のホームルームできまったんだよ。お前は6限終了のチャイムと同時にそっこうで帰ったからもちろん知らんと思うけど」
「当たり前だろ。帰宅部のスーパーエースが『単位に関係ない放課後のホームルーム』に参加するといつから錯覚していた?」
「まあ、お前が参加しないことに関してはみんなもう諦めてるから、いいんだけど。――逆に『なんで今日は放課後に閃がいるんだ』って、みんなが不安を感じているレベルだし」
「5限終わりの休み時間で読み切るつもりが、ラスト少しだけ残っちまって、どうしようか悩んだすえ、結局、誘惑に負けて、放課後に、読みふけってしまった……帰宅部のエースとしてはあるまじき失態……なんて言っても、わからねぇだろうな」
「もちろんわからねぇよ。てか、わからせようと思って話してねぇだろ」
「まーねー」
「それよりも、買い出し分担で、お前がタスキ担当になったことに関しては、みんなあきらめていないからな。無視をしたらイジメに発展すると思え。ちなみに、イジメの内容は、文化祭実行委員長の強制任命だ」
「……すげぇ宣言かましてくるじゃねぇか、その『最果て』と断じるにいささかの躊躇も必要としない『最強の脅し文句』には、さしもの俺も、動悸と悪寒がとまらねぇよ……俺の心をへし折りにかかるとは、やるじゃねぇか、反町。俺はお前を認めたね」
「ありがとう。――というわけで、絶対に買い出しよろしく」
「うぜぇ……」
「そんな大変でもないだろ、一個買い物するだけだし。あ、でも、必要なのは『ただのタスキ』じゃなくて、『本日の主役』って書かれている例のアレな。じゃ、駅前のドンキでよろしく。この辺だと、あそこにしか売ってないからな」
「……だるぅ……」
ため息をつきながら学校を後にしたセン。
面倒くささと鬱陶しさに殺されそうになりながらも、
一応、『クラス内での最低限の空気』は読んでいくつもりの閃は、
言われたとおり、
駅前のドンキに向かっていた。
少し手前にある大きな交差点で、
「access‐行く方法 accompany‐同行 achieve‐成果を挙げる」
単語カードを使って、
一単語一秒の高速復習をしながら、
赤信号を待っていると、
そこで、
『『『『『……たくしたぞ……』』』』』
空から妙な声が聞こえて、
閃は、天を仰いだ。
「ん?」
天を仰いでも、もちろん、そこには青い空が広がっているだけ。
(なんだ、空耳? にしてはハッキリ聞こえたような……)
などと思っていると、
――キキキキキキキィィ!!!!!!
彼めがけて、
トラックが突っ込んできた。
そしてはじまる。
『数多の想い』を『その魂』に背負い、
『すべてのバッドエンド』を殺すために舞うヒーローの物語。
★
目覚めた時、
彼――センエースは、違う世界で赤子になっていた。
オギャアと生まれた瞬間、彼は意識をもっていた。
自分が、かつて日本で高校生をしていたセンエースという名の男であると完全に理解したまま、母の手に抱かれて泣いていた。
生後反射で泣くしかない――そんな中で、
彼は思った。
(記憶もったままの転生! きたこれ! ひゃっほい! 願わくば、ここが地球ではなく、魔法とかが使える異世界でありますように!)
――何を隠そう、彼は頭がおかしかった。
異世界系のWEB小説を死ぬほど読みこんでおり、
『異世界転生した主人公たち』に『死ぬほど嫉妬』していた彼にとって、
この状況は願ったりかなったりだった。
困惑したり、焦ったり、元の世界に帰りたいと思うことなどは皆無。
彼は、心底、転生したことを喜んでいた。
そして、この世界は、彼が願った通り、
剣と魔法のファンタジー異世界だった。
モンスターが存在し、文明はそこそこ、
――理想的な異世界。
センは、元気にスクスク育ち、
あらかた『一人で出来るもん』な年になると、
身支度を整えて、
「さあ、レベル上げにレッツゴー!」
「こらこらこら、セン! どこに行こうとしている!」
「決まっている。西の森でモンスターを狩って、レベルを上げるのだ! わかったら、さあ、ソールさん、そこをどきたまえ」
「3歳の幼児が何いってんだ、あと父親を『さん付け』で呼ぶのはやめなさい」
「成せばなる。俺にはできる。おそらくは」
「……まったく、元気があるのはいいんだが、さすがに、冒険者のまねごとをするのは、もう少し大きくなってからにしなさい」
「……くだらない線引きだ。ソールさん、あなたは俺の可能性をわかっていない。俺はきっと、ビッグになる男だ。何がどうとは言えんけど、そんな予感がビンビンする」
「何がどうとは言えないなら、おとなしく家で遊んでいなさい」
「……ちっ……過保護め……」
「3歳で家を飛び出そうとする息子を止めるのは、ただの親の義務だ! お前は確かに、早熟で、頭がいい。しかし、さすがに、3歳で世界に挑もうとするのは早すぎる! この町の外には、強大な龍とかもいるんだ!」
「別に、いきなり龍に挑もうなんて思ってませんよ。俺は、とりあえずレベル上げがしたいだけで――」
「いいから、もう少し大きくなるまでは、おとなしくしていなさい!」
その後、センは何度か脱走を企てたが、
ソールさんは、なかなか目ざとく、
センは、いつも、家の敷地内から一歩も出ることなく捕まってしまった。
(あのオッサン、やべぇな。いつもはノホホンとしているくせに、俺が脱走をくわだてた時だけ、全然スキがねぇ……こりゃ、抜け出すのは不可能だな……くそ、俺はレベルを上げたいだけなのに……)
ちなみに、センが生まれた村では、『自分の名前は自分で決める』というのが慣例になっている。
最低限の自我が芽生えるまでは『~~さん家のジュニア』と呼ばれ、
ある程度、しゃべったりできるようになると『最初の名前』を自分につける。
その後、10歳の時に、一度『名前を変える機会』を得て、
二十歳の時に、最終の名前を決める機会をえる。
そして『二十歳の時に決めた名前』が最後まで自分の名前となる。
「さあ、レベル上げにレッツゴー!」
六歳になって、町の武器屋で『キノキの棒』という記念すべき最初の武器を購入したセンは、勢いよく、家を飛び出そうとして、
「まてまてまてまて」
またもや、父親にとめられた。
――センは『学習しないオッサンだ』などと思いながら、
心底ウザそうな顔で、
「ソールさん、いい加減にしてくださいよ。俺はもう止まれないんですよ。この情動を昇華するためには、モンスターを倒してレベルを上げて世界最強になるしかないんですよ」
「もう、お前を止めるつもりはない。冒険者になりたいならなればいい。しかし、なんの準備もせずに『ただ飛び出していく』だけのお前を黙ってみていることは流石にできない」
「ソールさん、俺はそろそろ21歳の大人ですよ。自分のケツは自分で拭きます。それに、みてくださいよ。この輝くような武器を! 大枚はたいて買った至高の一品!」
「……『ちょっと硬い木の棒』だけ持って家を飛び出そうとする息子を止めるのは親の義務だ。ここは絶対にゆずれない。あとお前は6歳だ。15もサバを読むんじゃない」
「こまけぇこたぁいいんだよ」
「とにかく、少し待ちなさい」
そこで、ソールさんは、アイテムボックス(亜空間倉庫)から、一枚の紙を取り出して、
「これをもっていきなさい」
「なんすか、これ」
「我が家に代々伝わる魔法の地図だ。私は役所で働いていたから、必要なかったが、冒険者を目指すお前にとっては『大きな助け』になってくれるだろう」
(冒険者になりたいんじゃなく、俺はレベルを上げて強くなりたいだけなんだよなぁ……まあ、別に、理解してほしいとは思っていないから、訂正とかはしないけど)
心の中で、そうつぶやきつつ、表面では、
「へー、あざーす」
「気をつけろよ、セン。無理はするな」
「OKでーす」
そんなノリで家を飛び出したセン。
さっそく魔法の地図を確認してみると、
(なにが魔法の地図だ。単なる『西の森の地図』じゃねぇか……)
その地図には、一か所だけバツ印が書かれてあったが、
それ以外にはなんの変哲もないただの地図。
(……ま、とりあえず、いってみるか)
バツ印で示された場所で待っていたのは、
『大量にスライムが湧く稼ぎポイント』だった。
「こいつぁいい! さんきゅー、ソールさん! あんたの家に生まれてよかった! 『親の過保護で強くなる』ってのはどうかと思うところもなくはないが、利用できるものは何でも利用するのが俺の信条!!」
センは『神様からチートをもらったり』はしなかったが『レベルを上げる才能』だけはあったらしく、スライムを狩り続けるだけで、レベルはどんどん上がっていった。
それからというもの、
一日1000匹、
毎日、毎日狩り続けて、
――『10年』経った頃には、
『レベル50』になっていた。
家を飛び出すまでは焦っていたセンだったが、
家を飛び出してからのセンは、慎重に事を運んでいった。
(まずはレベル上げだ。町の外には、強大な力を持った龍とかもいるらしいからな。やべぇモンスターとも渡り合える力を得るためにも、ここで出来るだけスライムを狩っておく)
毎日、毎日、
飽きる事なく、
センはスライムを倒し続けた。
周辺には『水場』と『大量の実がなる木』と『雨風をしのげるちょうどいいサイズの洞窟』があったので、町に帰ることもなく、ただひたすらに、毎日、毎日、スライムを狩っては洞窟で寝て、スライムを狩っては洞窟で寝て、を延々に繰り返した。
もちろん、毎日『同じ倒し方』をしていたわけではない。
自分なりの技を作ってみたりもした。
「閃拳!!」
自分の名前をつけた必殺技『閃拳』は、
ぶっちゃけ、ただの正拳突きだが、
何万回と繰り返したことにより、その熟練度は、かなり磨き抜かれており、
なにより、
「いやぁ……恥ずかしいねぇ! まわりに誰もいないってのに、すでに十分、恥ずかしいねぇ。『自分の名前』を『技』につけるって……この痛さは、相当ヤバいねぇ。俺、外に出たら、人前でこの技使うことになるんだよな……うわぁ……想像するだけで引くわぁ……」
自分の名前をつけて、
かつ『その名前を叫ばないと使えない』という覚悟が込められた閃拳は、
何もせずにただ殴る拳の三倍以上の威力があった。
覚悟のアリア・ギアス。
それは、この世界のシステムの一つ。
簡単に言えば、
――『~~をする』かわりに『~~という恩恵をえる』――
というシステム。
閃拳の場合は、
『自分の名前がついている恥ずかしい必殺技名を叫ぶ』かわりに『威力が高くなる』。
(アリア・ギアスってシステムは便利だけど、下手に『難しい条件』を積みすぎると、ガチの命のやり合いになった時、身動きが取れなくなってやばいな……俺の閃拳の場合、叫ぶことが条件だから、口をふさがれたら使えなくなるし……最善のアリア・ギアスを追求していかないと……いやぁ……でも、そういうアレコレを考えるのは楽しいねぇ)
毎日、毎日、
スライムを狩り続けたセンだったが、
毎日、毎日、
脳死で作業を繰り返してきたわけではない(そういう側面がなかったとは言わないが)。
必死に考えながら、
自分という個を磨き続けた。
一日中、誰とも会わず、
ひたすらに毎日、毎日、スライムを狩るだけの生活。
普通の人間なら頭がおかしくなるだろうが、
孤独を愛する彼にとっては、大した問題ではなかった。
もちろん、寂しいという感情がないわけではないので、
時折、
(俺の人生、ヤベぇなぁ……大丈夫か? 大丈夫じゃねぇわなぁ、もちろん)
と不安に思うこともあったが、
しかし、そんな不安も、一晩寝れば消えてしまった。
「閃拳!」
そして、今日も、彼はスライムに正拳突きを叩き込む。
恥ずかしい必殺技名を叫びながら。
★
30歳を超えても、
まだセンは、飽きずにスライムを狩り続けた。
簡単に言えば、センという男は『やりこみ型のゲーマー』だった。
『最初の村周辺でレベル99にしてみた』
というユーチューブ的なネタをガチの人生でやってしまうド変態。
それが、センエースという男。
「閃拳!!」
今日も、彼の拳がうなりをあげる。
一心不乱に磨き続けた彼の閃拳は、
――気づけば、『この世界に存在するすべての生命』を『一撃で殺せる領域』にまで達していた。
センは『俺、なにかやっちゃいました?』系の主人公ではないので、
『俺……たぶん、もう、相当ヤバいよな……』と理解していたが、
しかし、まだスライム狩りでレベルが上がりそうだったので、
『ま、いっか。もう少しやろう』の精神で、ひたすらに鍛練を積み続けた。
「閃拳!」
日に日に精度が上がっていく。
途中からセンは、
「……」
閃拳を放つ前に、胸の前で両手を合わせる『祈りのポーズ』をとるようになった。
説明するまでもない、ハ〇ターハンターの『感謝の正拳突き』のマネである。
「……閃拳……」
一度、祈りのポーズをとって、母とか食べ物とかに感謝をしたりしなかったりしてから、
心を込めて、拳を繰り出す。
それを幾度となく繰り返した。
――このルーティンを戦闘用のアリア・ギアスとして積むことは『しなかった』。
ギリギリの戦闘で、手を合わせる余裕があるとは思えなかったから。
しかし、『訓練の精度』は上がった。
『祈りをささげてから閃拳を使う』かわりに『技の熟練度がハイペースで上がる』という鍛錬強化のアリア・ギアス。
「……閃拳……」
……パンッッ!!
『50歳』を超えた時、
センの拳は、音を置き去りに……
……は、しなかった。
けれど、
「なんか……掴んだ気がする……」
一つの物事を長く続けていると、
ある日、ふとした瞬間に、
『コツ』をつかむことがある。
語学学習で言うところの『サイレントピリオドの終了』。
センの拳は『一段階上』に上がった。
そして、それは『頂点に達した』のではなく、
『未来が広がった』といった感じ。
たどり着いた場所は、
スタート地点に過ぎなかったのだ。
だから、
「もう少し……続けようか……」
外に出て世界攻略を始めるとなれば、
訓練に費やせる時間は減ってしまう。
『毎日毎日、朝から晩まで愚直に積み続ける事』でしかたどり着けない世界。
――その先が見たくなった。
だから、
「……閃拳……」
祈る。
感謝をする。
そして拳を突き出す。
「閃拳」
繰り返した。
繰り返して、
繰り返して、
――繰り返した。
いつしか、見える景色が変わった。
『そこ』は、とても広い場所だった。
センエースは止まらない。
「閃拳」
★
スライムをチマチマと倒し続けて、ちょっとずつ、ちょっとずつ、レベルを上げていく。
そして、ついに到達したレベル『100』!!
レベル100に到達した時の年齢は59歳。
とっくに父親も母親も亡くなっていて、
センは『独り』になっていたが、
センの人生は、まだまだここからだった。
「よっしゃ。『レベル上げ』も『技熟練度上げ』も充分できたし……今度は、世界攻略といこうか」
センは、ついに、最初の村を飛び出した。
――ハッキリ言って、何もかもが楽勝だった。
センは強くなり過ぎた。
あっさりと世界最強の龍を殺し、
名実ともに世界最強となり、
センを慕う弟子が山ほどできたが、
しかし、センは飽き足らず、
それからも激しい修行を続けた。
「俺はもっと強くなる。限界までいく!」
強くなり続け、
強くなり続け、
強くなり続け、
そして、強くなり続けた。
そんなセンも、寿命には勝てず、
89歳のある日、
「ちくしょう……タイムリミットか……カンストしてから逝きたかったなぁ……」
大勢の弟子に看取られながら、ぽっくりと死んでしまったセン。
終わりを覚悟していた、
――が、
しかし、センの旅は終わらなかった。
目覚めると、
彼は、
(……マジか……もう一回やれんのか……)
また『違う異世界』で目をさましたのだった。
しかも、
(おいおい……前の人生で得たレベルがそのままだぞ……レベルだけじゃない! 技の練度も、魔力もオーラの総量も、なにもかも全部そのまま……『強くてニューゲーム』じゃねぇか! きたこれ!! ひゃっほい!!!)
二回目に転生した世界はかなり『レベルの低い世界(平均10、最大50)』で、
レベル332を超えているセンは生まれた時からブッチギリの最強だった。
自重という概念を捨て去ったセンは、
その力をフルで使って、自由に暴れまわった。
無数に存在した犯罪者集団を根こそぎ一掃し、
腐敗した王族を粛正した。
問答無用で暴れまわるセンに、
腐敗の元凶ともいうべきクソ王子――『ダーカソールリア』が言った。
「手前勝手な倫理観を押し付けてくる偽善野郎が! いくら正義を気取ろうが、しょせん、貴様と私は同じ穴のムジナ! エゴのかたまりでしかない!」
「それがどうした?」
「……ど、どうしたって……」
「なんか『言ってやったぜ』みたいな顔しているが『そんなこと』は百も承知なんだよ。俺は勧善懲悪のアニメに出てくる『記号的平和主義者』じゃねぇ。『生きる』ってことがどういうことなのかは知っている。しょせんはエゴのぶつけあい。それ以下でもそれ以上でもない」
「……」
「ちなみに、前提が間違っているから修正してやる。俺は正義を気取ったことなど一度もない。俺は『嫌いなやつ』を『気分』でボコボコにしているだけだ。正義なんて空っぽな言葉を使う気は毛頭ない。『状況』で変わる『虚ろな概念』なんざ、俺の中に必要ない。俺が望んでいるのは『俺を執行することだけ』だ。俺の持つ力は『そのためだけに望んだ力』じゃないが『それを成せる力』であることに間違いはない。てめぇらはその事実だけを認識していればそれでいい」
こうして、センは、完全なる世界の王となった。
しかし、
完全なる王になっても寿命には逆らえず、
「……人生って、終わるの早いなぁ……」
真理をつぶやいてから、
「心残りはまだあるけど……二回もやり直しているから、文句は言えねぇよなぁ……」
そう言い残し、またポックリといってしまった。
――さすがに、これが最後だろうなぁ。まあ、ある程度やりたいことはできたから、まあいいか。あ、いや、でも、もっと強くなりたかったなぁ。限界までいきたかった――
などと思っていると、
(……マジか……)
センはまた違う世界で生まれ変わった。
しかも、
(今度は人間ではなくモンスターに生まれ変わったか……まあ、力は前世と同じだから、種族なんか、なんでもいい。せっかく、もう一度転生できたんだ。今度こそ限界まで強くなってやる)
こうして、センの3回目の転生人生が始まった。
★
王様という仕事はしんどかった。
常に周りに人がたくさんいて、
王としてのふるまいを求められて、
政治だの、軍事だの、行政だの、
諸々の整備で時間をとられて……
だから、今度の転生では支配者ポジションにはつかず、
ただひたすらに強くなろう、
と、センは思ったのだが、
(この世界の人間、カスが多いな……)
この世界では、
モンスターは弱者で、
人間は強者だった。
『悪逆非道な悪魔』よりもよっぽど悪魔な『人間』がはびこる腐った世界。
『モンスターという弱い立場の種』は『腐った人間』に虐げられていた。
奴隷にされるならまだマシなほうで、
面白半分で拷問・解体されるモンスターがたくさんいた。
モンスターにとっては地獄。
それが、この世界だった。
(……イラつくな……クソどもが……)
最初は、見て見ぬふりをして、
山の奥に引きこもり『さらなる強さ』だけを追い求めようとしたが、
しかし、
――たすけて――
ついには耐えきれなくなり、
「もう我慢できねぇ。てめぇら帝国のカスどもに、『命の意味』を教えてやる」
『悲痛な叫び』が『魂』に届いたことがキッカケで、
センは立ち上がった。
山を下りたセンの目の前に広がっていたのは地獄。
醜い欲望を丸出しにした軍人たちが、
魔人の少女を甚振っている姿。
※ 『魔人』はモンスターが進化した種族。
肌の色が少し違っていて、
魔力が人間よりも多いという点以外は、
ほとんど人間とかわらない。
ちなみに、現状はセンも魔人である。
その村は、
魔人の村だった。
『人の魔の手』から逃げおおせた魔人たちが、
ひっそりと穏やかに暮らしていた小さな村。
その村を見つけた人間は、
『面白いおもちゃ』を見つけたと言わんばかりの醜い顔で攻め込んだ。
ただ、ひっそりと、誰に迷惑をかけることもなく過ごしていた魔人たちを、
人間は、虐殺し、強姦し、
好き放題、暴れ放題。
『そんなこと』が『この世界』では蔓延していた。
魔人は甚振られ、踏みにじられ、
ただひたすらに搾取され続ける。
「……もうやめて……だれか……たすけて……」
襲われ、ボロボロになった少女。
助けをもとめても意味はない。
家族も、仲間も、みんな、凌辱されている。
「次は俺だ! 殺すなよ!」
「殺さねぇよ! ひさびさの上物だ!」
「殺すときは俺に言え! 皮を剥いで殺す!」
「ふざけるな、この前、ゆずってやっただろ! 今日は俺だ。みろ、この剣を。この日のために買ったんだ」
「なんだ、その剣」
「拷問用の名品だ。これで切られると、全身がどんどん腐っていくんだ。ゆっくりと絶望を味あわせて殺すことができる」
「――そいつはいいな。くれよ」
「はぁ? ふざけんな。いくらしたと――ん? なんだ、貴様!」
彼の背後に立って声をかけてきたのは『仲間の軍人』ではなく『一人の魔人』だった。
その若い魔人は、飄々とした態度で、
「俺はセンエース。そこの山で修行をしていた魔人だ。こんにちは」
などとぬかしてきた。
その『ふざけた態度』に、その場にいた軍人全員がイラっとする。
「魔人のくせに、なにを、ナメたツラで堂々としてんだ、生意気な! てめぇら魔人は、バカみたいに震えてやがれ! イラつくんだよ!」
「手を出すな! その男は、俺の獲物だ!」
「いいや、俺が――」
と、誰が獲物を狩るかと競っている連中に、
センは、
「――閃拳」
磨き上げてきた拳を叩き込んだ。
「ぐぎゃあああああああ!!」
あえて殺さず、
腕だけを木っ端みじんに吹き飛ばした。
そして、その体に、
「ほい、ぐさー」
奪い取った拷問剣を突き刺した。
「あああああああああああああ!」
悲鳴がこだまする。
軍人の体は、どんどん腐っていく。
「いい武器だねぇ。腐っていく感じが非常にいい。心が洗われるようだ。プレゼントしてくれてありがとう」
「て、てめぇ!」
「たかが魔人風情が、カール大帝国の軍人を敵に回して、ただで済むと思うなよ!!」
この世界において、
魔人は『魔力は高い』が、生まれてくる個体数が少ない。
それに比べて『人間』は、数が多く、
かつスペックも、他の世界の『人間種』と比べて、比較的高かった。
だから、人間は、人間以外に対して『何』をやっても許された。
強い者は何をやってもいい。
倫理的に不完全な世界において、
『強さを持つ者』は『醜く歪む』と相場が決まっている。
「死ねや、クソ魔人がぁあああ!」
切りかかられたセンは、
グっと丹田に力を込めて、
流れるように、
右手へ魔力を溜めて、
――『一気に放出』する。
「異次元砲!」
センの右手から放出されたのは、
強大な魔力の照射。
簡単に言えば『かめ〇め波』。
――『圧倒的強者の照射』をくらった軍人は、
当然、
「ぎゃああぁああああああ!!」
極大のダメージを受けた。
凶悪なエネルギーが、秒を切る速度で下半身を溶かした。
圧倒的な力。
強すぎる。
――ケタが違う。
当然。
センと彼らでは存在の次元が違う。
「な、なんだと……」
「い、異次元砲……だと……」
センが魔法を使ったところを周囲で見ていた軍人たちがおののきながら、
「りゅ、龍神族の御方々しか使えない天上の魔法……」
「こ、この魔人……まさか、龍神族の系譜……」
「違う! 龍神族に魔人などいるわけがない! 一緒にするな!」
その発言を受けて、
センは、
「そうだぞ『龍神族なんか』と一緒にするな。あんなやつら、どいつもこいつも、存在値100程度のカスじゃねぇか」
俗世を離れていても、
『この世界における最低限の情報』くらいは頭に入れてある。
この世界を支配している『最強の名家』、
『大帝国の皇帝』よりも上の地位にある『天帝』の血族――『龍神族』。
※ ちなみに、存在値とは、『レベル』+『その他の技能』であり、
ようするには、その者の『総合力』である。
ちなみに、センの存在値は500。
「……龍神族を……か、カスだと……」
「なんと愚かしい発言……龍神族を敵にまわすのは、大帝国の全てを敵にまわすよりも恐ろしいことだぞ……」
「貴様、天罰がくだるぞ」
ゴチャゴチャとやかましいカス共に対し、
センは、堂々と、
胸を張って言う。
「天罰を下すのは俺の役目だ。俺は神様じゃないが、やっていい事と悪い事の区別くらいはつく。というわけで」
ググっと体に力を込めて、
オーラを練り上げ、
戦闘態勢を整えると、
「お前らに、罰を執行する」
「ふ、ふざけるな!」
「ちょっと強いと思って調子にのるなよ!」
「こっちにはカソルン将軍がいるんだ」
「カソルン将軍は帝国でも十指に入る豪傑! 『すでに、強大な魔法を使ってしまって消耗している貴様』などイチコロだ!」
「――そういうことだ」
タイミングよく表れたのは、
屈強な戦士だった。
高そうな鎧を着て、
気品のある剣を手にしている。
「ははは! 終わりだ!」
「カソルン将軍は、帝国の大将軍!」
「魔人ごときは一撃だ!!」
軍人たちの熱気が増していく。
カソルンほどの大将軍が剣をふるう機会はめったにない。
軍人たちは、みな、伝説を目の当たりにできると興奮気味。
「クソ生意気な魔人め!」
「細切れにされやがれ!」
「そのバラバラになった死体にクソしてやる!」
カソルンという虎の後ろで、
キツネたちがワーワーとさわぐ。
そんな醜い声援を背負いながら、
カソルンは口を開く。
「ずいぶんと部下が世話になったな……ここからは私が相手をしよう。貴様もそこそこ強いようだが、しかし――」
などと言っている間、
センは、
『サードアイ』と呼ばれる、相手の能力を見抜く魔法でカソルンを見通す。
※ サードアイを防ぐ『フェイクオーラ』という魔法もある。
上位者同士の闘いだと、互いにフェイクオーラが強すぎて『アイ系』は機能しない。
(存在値70か……まあ、確かに、この世界の住人の中では『かなり強い』な……おかげで、いい見せしめになる)
センは心の中でつぶやくと、
「異次元砲などという、龍神族の方々以外では、『途方もないアリア・ギアスを積むこと』でしか使えない『分不相応な大技』を使って大幅に弱体化したゴミ……そんなザコを倒しても、なんの自慢にもならないが――」
なんだか、まだごちゃごちゃ喋っているカソルンの言葉などガン無視で、
拳にオーラをためていく。
その向こうでは、軍人たちが、
「カソルン将軍を敵にまわして生き残った者などいない」
「ああ、当然だ。なんせ、『龍神族』の方々を除けば、カソルン将軍は最強だからな」
「さあ、カソルン将軍……そのクソ生意気な魔人に、世界の摂理を教えてやってください」
「ただでさえゴミだというのに、消耗しつくしている惨めなゴミ以下の魔人よ。さあ、絶望を数えろ。貴様ごときでは、何をしようと、どうしようと、絶対に超えることができない巨大な壁というものを――」
「閃拳」
センは、
気合のこもった右の拳を突き出した。
一見、ただの正拳突き。
しかし、その拳は、
長年かけて丹念に磨き上げてきた努力の結晶。
――ゆえに、
「がぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
圧倒的な破壊力。
カソルン将軍は、防御力がハンパではないタイプの軍人だが、
しかし、『ハンパない防御力』程度では、センの拳に耐えることなどできない。
結末は一瞬だった。
カソルンは、たったの一発で、
あっさりと、気絶してしまった。
魔人ごときの『軽い一発』でノックアウトしてしまった大将軍。
――その『あってはいけない光景』を目の当たりにした面々は、
さすがに、
「「「ひ、ひぃいい……」」」
ションベンをたらして震えだすカスどもを見下して、
センは、
「さて、いい加減、俺の実力がわかったかな? じゃあ、そろそろ、貴様らにふさわしい罰を――」
と、次の段階に進もうとした、
その時、
「カソルンを倒すなんて、やるじゃない。褒めてつかわす」
『見事な縦ロールの少女』が現れて、
上から口調でそう言った。
彼女が登場した瞬間、
その場にいた軍人たちは、
「ず、頭が高い! 頭がたかぁああい!」
いっせいに、片膝をついて頭をたれる。
一瞬で荘厳な空気になる現場。
そんな空気を背負い、
縦ロールは、
「私ほどではないけれど、あなた、なかなか強いわね。私、カスは嫌いだけど、強い者は好きよ。たとえ、醜い魔人でも、実力があれば採りたてる。それが私の信条」
つらつらと、そう言った。
続けて、
縦ロールは、遥かなる高みから宣言する。
「己が幸運にむせび泣きなさい。あなたを、直属の部下にしてあげるわ」
その発言の直後、
ひざまずいている軍人たちが、
一斉にどよめいた。
彼女の背後に立つ、
60歳後半と老いてはいるが『かなりイケメンの執事』――『ラーズ』が、
「お嬢様、それはいけません」
と、首を横に振りながら言った。
「魔人だから、モンスターだから、醜い存在だから……以外に理由はある?」
「あなた様が、この世で最も気高き存在の一人だから」
「だから、魔人などを傍においてはいけないって?」
「その通りでございます」
「たかが『魔人一人を傍におく権利すらない不自由者』のどこが気高き存在なのかしら?」
「……それは……」
「ラーズ。一つ言っておくわ。この、龍神族が一人『タンタル・ロプティアス・クロッカ』の決定に異議を唱えたければ……」
そこで、クロッカは、無数の剣を召喚し、
自分の周囲に浮遊状態で配置して、その切っ先をラーズに向け、
「私を殺してからになさい」
威風堂々と、そう言った。
「……お嬢様にはかないませんね……しかし、私は、ハッキリ『いけません』と進言いたしましたので、そのことはお忘れなく」
そこで、クロッカは、ニコっと笑って、
召喚した剣を消しながら、
「もちろん、この魔人を部下にしたのは私のワガママ……私があなたの反対を押し切って強行した愚かな独断であると、お父様にもお兄様にも、ハッキリ伝えておくわ」
「ならば、もう何も申しません」
「保身しか頭にないあなたのスタイル、嫌いではないわ」
そう言ってから、
クロッカは、センに視線を送り、
「さあ、こっちにきなさい。今日から、あなたは私のしもべ。この『タンタル・ロプティアス・クロッカ』の犬よ」
「……」
ナメたことをぬかすクロッカ。
センがその気になれば、
クロッカ程度、
100人いても、傷一つつけることなく瞬殺される。
しかし、センが、彼女を粛正することはなかった。
センは、スっと、周囲を見渡して、
『ボロボロの姿になっている魔人の少女』を見つめ、
「ああいうの……やめさせろ。お前の立場なら出来るだろう」
そういうと、
クロッカは、
「口のききかたには気をつけなさい」
その発言を受けて、
センは数秒悩んだが、
「……ああいうのを、やめさせてください。クロッカ様なら、それも可能でしょう」
素直に、敬語でそう言ったセン。
その姿を受けて、
クロッカは、ラーズに視線を向けて、
「全軍に命令。今後、魔人に対する暴行を禁ず。これは私の厳命だと伝えなさい」
「パルカ様の御意思に背く命令です」
「なぜ、私が、お兄様の意思ごときを尊重しないといけないの?」
「……」
「もし、この件でゴチャゴチャ言ってきたら、こう言いなさい。『このタンタル・ロプティアス・クロッカとの決闘をお望み?』と」
「そもそもにして、魔人の頼みを聞くなど……」
「アレは、魔人である前に私のペット。私はペットに寛大なのよ」
「……そのようで」
そこで、クロッカは、センに視線を送り、
「さて、そろそろ行きましょう。ここは臭いわ」
そう声をかけてきた。
その申し出に対し、
センは、
「もう一つ、頼みがあります」
と、礼儀をつくして言葉を述べた。
「すでに褒美はあげたのに、まだねだるの? ……まあいいわ。カソルンを倒したあなたのワガママは聞くだけの価値がある。で、なに?」
「今後、魔人種はすべて、私の配下にしていただきたい」
「……ふふ……」
クロッカは、イタズラな笑みを浮かべると、
センの頬に手をあてて、
「……面白いじゃない」
そういうと、ラーズに視線を向けて、
「今後、魔人は全て、私のペットにつけなさい」
「それは……ガリオ様が激怒なさるかと」
「この私が、お父様ごときを恐れるとでも?」
「……さすがに、やりすぎです。革命でも起こす気ですか?」
「それも悪くないと思っているわ」
「……」
そこで、クロッカは、センを見つめ、
「あなた、名前は?」
「セン」
「いい名前。呼びやすくて。嫌いじゃないわ」
「それはどうも」
クロッカは、
ラーズに視線を向けて、
「この犬――センを、魔術学院の教職につけなさい」
「それは、どういう目的があってのご命令でしょうか?」
「異次元砲を扱うことができるその稀有な才能は、魔術学院で大いに役立つわ」
「……本心はどこにおありで?」
「やってみようと思うのよ……」
そこで、クロッカは、ニっと黒く笑い、
「革命を」
「……」
「私一人だと難しかった……けど、私とこの犬のペアなら出来そう……そう思わない? ねぇ、ラーズ」
「……」
「あなたはどう? セン」
「あなた一人でも出来ますよ。俺はそれを知っている」
「……へぇ」
そう。
センは知っている。
彼女が、ワガママな悪役令嬢の仮面をかぶりながら、
その裏で『この世界の修正』のために奔走していたことをしっている。
だから、
センはこれまで動かなかった。
支配者の立場になるのはもうコリゴリだったし、
『支配者たる器の持ち主』は、すでに存在したから。
「しかし、俺の助力があれば、革命が楽になるのも事実。これ以上、鬱陶しい悲鳴に煩わされるのはまっぴら御免。……というわけで、ご協力させていただきますよ、クロッカお嬢様」
「最高ね、あなた。ふふ……大いに期待しているわ」
「さしあたって、まずは……」
そこで、センは帝国魔術学院がそびえたつ方角をにらみながら、
「覇権大国カール大帝国の中枢、為政者排出機関筆頭の『魔術学院』を掌握する」
貴族と天才が集まり、次世代の中心となる人材を育てる機関、
――『ダソルビア魔術学院』。
そこが、この世界における、センの戦場。
「グレート・ティーチャー・センに……俺はなる!」
★
――『クロッカ』は生まれた時から壊れていた。
いわゆる精神的潔癖症で、
だから、彼女にとって、この世界は耐えきれない汚物だった。
醜さの塊。
本当なら、一秒たりとも、こんな世界で生きていたくはなかった。
だから、何度も消えてなくなりたいと思った。
死にたいと思った回数は数えきれない。
しかし、彼女は逃げずに戦った。
戦って、
戦って、
戦って、
そして、だから、
――ついに出会えた。
おそらくは自分と同じ、精神的潔癖症のはぐれ者。
高潔さと強さを併せ持つ狂人。
センエース。
『龍神族の中でも歴代最高クラスの天才であるクロッカ』に認められた傑物。
――クロッカは思う。
『あの異次元砲の威力を鑑みるに、おそらく、潜在能力は、お兄様に匹敵する』
まだ荒いが、
しかし、強大な可能性を秘めた天才であることに間違いはない。
……帝都へと帰る途中の馬車の中で、
クロッカは、ポツリと、
「私は、お父様とお兄様を殺す。そして、私はこの世界における唯一の支配者となる」
そのトンデモ発言を耳にして、
右ナナメ前に座っている執事ラーズは、
ため息を枕にし、
「大胆な発言ですな……できれば聞かなかったことにしたいのですが。いえ、さすがに、ここで逃げるわけにはいきませんね」
こほんとセキをはさみ、
「お嬢様、考え直した方がよろしいかと」
そう提言した。
そんな心底しんどそうな顔をしているラーズに、
クロッカは続けて、
「私はすでに、お父様よりも強大な力をもっている。決して不可能ではないわ」
「実行可能か否かの話はしておりませんよ、お嬢様。倫理の話をしているのです」
「そうよ。私は倫理の話をしているの」
「……」
「私は、間違いなく、現存する『龍神族』の『誰』よりも強い」
「はい、お嬢様は確かにお強い。しかし、ご家族全員を『一度に相手取れるほど』ではございません」
「そうね……私以外の全員で徒党を組まれたら、さすがに勝てないわ。お爺様とヒイ御爺様も、老いて一線を退いたとはいえ、魔力の量は膨大……」
現存する龍神族は、クロッカを入れて5人。
父と兄と祖父と曾祖父とクロッカの5人。
「……『十七眷属』たちも……全員が敵にまわると非常に厄介ね」
『十七眷属』
――すなわち『龍神族の系譜に連なる17名』は、
例外なく『超天才ばかり』で、
かつ『龍神族という親分』から『多大な恩恵を得ている』ため、
全員が全員、おそろしく強い。
ちなみに、カソルン将軍も、『十七眷属』の一人。
センにあっさりと飛ばされたが、しかし、カソルンは、
決して『ヤツは十七眷属の中で最弱』というポジションではなく、
むしろ、序列的には三位と、かなり上の方。
センがケタ違いに強すぎるだけであり、
カソルンは、この世界で最高位の実力者。
――と、そこで、
「セン」
クロッカに名前を呼ばれ、
『隣に座って窓の外を見つめていたセン』は、彼女の方に視線を向けた。
「あなたの拳に込められているアリア・ギアスを教えて」
「……」
「2つもワガママを聞いてあげたのだから、そのぐらいは教えてくれてもいいのではなくて?」
「……」
「カソルンを倒したあの拳……『異常なほどの圧力』を感じたわ。歪んでいて、尖っていて、どこか切ない……そんな圧力」
「……」
『黙っているセン』の顔を見つめながら、
クロッカは、フっと柔らかく微笑んで、
「その沈黙が答えね。あなた……おそらく、その拳に『寿命』を懸けているわね?」
「……」
「命の圧縮……『その覚悟』は『強大な力』を与えてくれる。天賦の才を持つ者が、命を削ることでしか得られない極端な『諸刃の剣』……それがあなたの拳の秘密。そうでしょ?」
ドヤ顔でそんなことを言ってくる彼女に対し、
センは、
(……全然違いますけど……『汎用性の低い諸刃の剣』が嫌いだからこそ、必死こいて磨き上げてきた『汎用性抜群の低コスト技』なんですけど……)
と思う事しかできなかったとさ。
★
帝都に戻ったクロッカを、
兄――『レイギン・ロプティアス・パルカ』が待っていた。
「やあ、クロッカ。おかえり」
柔和な顔で、
物腰柔らかで、
華奢な感じで、
――しかし、目は全く笑っていない、いつものパルカ。
歳は19で、クロッカより7つ上。
ただし、存在値は、クロッカよりも低い120。
ちなみにクロッカの存在値は150。
「また、お得意のワガママを暴走させているみたいだね。――ダメだよ」
子供を軽く咎める口調――しかし、目はキレていた。
その奥が黒く光っている目は、クロッカに、
『調子にのるな』と告げていた。
しかし、クロッカは、いっさいひるむことなく、
「お兄様」
「なんだ、クロッカ」
「頭が高い」
「……」
「あと、私の名を口にする時は、『様』をつけなさい」
その攻めた発言を受けて、
パルカは、
「……ふふ、ははは」
心底おかしそうに笑って、
「まったく、クロッカは、ダメな子だなぁ。もう12になるというのに、いまだ摂理とか秩序とか、その手の概念が、まるで理解できない『おバカなお子様』のままなのだから」
やれやれと言った感じで首を振ってから、
「お父様も怒っているよ。最近、少し『おいた』が過ぎるってね」
「なぜ、この私が『お父様の感情ごとき』を慮らなければいけないの?」
「……ふふ……」
スっと一段階……『パルカの笑顔』の『黒さ』が増した。
数秒のにらみ合い。
パルカは『射貫くような視線』で釘を刺してくるが、
クロッカは『あえての微笑』で糠対応。
五秒の無言が経過した時、
パルカは、
「まあ、いいや」
パっと、表情から黒さを消して、
飄々とした『つかみどころのない態度』で、
「で? そっちの小汚いのが『噂の魔人』かい?」
「ええ。名前は――」
「どうでもいいよ。ゴミに名前など必要ない」
「名前を覚えるのが苦手なだけでしょう? お兄様は貴族の自覚が足りなくて困るわ。社交界で、いつも、『君は誰だっけ?』『君、名前、なんだっけ?』とアホウのように繰り返して。先日のパーティでは、子供のころから何度もあっている侯爵家の令嬢にまで名前を尋ねて――」
「僕らは貴族ではないよ。無能な貴族を支配してあげている天上の神だ。わざわざ下々の者の名前を憶えてやってご機嫌を取る必要などない」
ちなみに、実は忘れているわけではない。
龍神族のスペックはケタが違う。
名前を覚えるくらいワケないこと。
ただ、「君程度の名前など憶えていないよ」という形でマウントを取りにいっているのと、自分で言っていたように「自分は貴族とは違う。その数段上にいる存在だ」というプライドによるもの。
「いやぁ、しかし……ひどいね」
そこで、パルカは、
センを徹底的に見下して、
「異次元砲を使いこなし、カソルンを倒した異端と聞いていたのだが……『これ』にそんなことができるとは思えないな」
パルカは、貴族に対してはマウントをとっていくスタイルだが、
『十七眷属』に対しては一定以上の敬意を払っている。
『十七眷属』は龍神族の『剣』であり『盾』。
自分の装備品から『意味なくヘイトを集める』のはただのバカ。
パルカは『威張り散らしたがっているだけのバカ』ではない。
『自分は天上人である』という明確な自覚があるだけ。
「おそらく、二つか三つ……『強大なアリア・ギアス』で自分を縛っているって感じかな。くく……」
心底バカにしたような目で、
「寿命の圧縮……五感の複数消失……感情の欠落……そんなところかい?」
ゴミを見る目でそう問いかけてきたパルカ。
センは、
(そういう『重り』を全部排除して『いつ、誰が、どんな手段』を用いてきても『どうにかできるよう』に、時間をかけて丁寧に『積んできた』んだが……お前ごときには、わからねぇだろうなぁ、俺の、その高み)
心の中でそうつぶやくだけにとどめ、
黙ったまま、パルカの目をジっと見つめる。
二秒が経過した時、
パルカは、センの目を見つめたまま、
「クロッカ。コレはコミュニケーションが取れないたぐいのゴミかい?」
「クロッカ様よ。そして、それは私のペットであり、決してゴミではないわ」
「クロッカ様、君のペットはしゃべれないのかい?」
昔からそう。
クロッカの『お嬢様的ワガママ』に付き合ってあげるのがパルカ。
「いえ、しゃべれるわ。特に無口というわけでも……ないことはないけれど、質問すればキチンと答え……るというわけでもないけれど、一応『受け答えが出来ない』ということはないわ」
「そうか。教えてくれてありがとう」
そう言うと、
直後、
パルカは、拳にオーラを込めて、
――ガツンッッ!!
と、センの頬に拳を叩き込んだ。
龍神族の強大なオーラが込められた拳を受けて、
センは回転しながら吹っ飛んだ。
ズザァアっと、地面にダイブ。
パルカの一撃は、最初の世界でぶつかったトラックの衝撃を遥かに超えている。
自分の拳に吹っ飛んだ虫けらを見下ろしながら、
パルカは、
「僕が質問したら『大きな声で返事をして即答』しなければならない……それがこの世界のルールなんだよ。――よかったね、一つ賢くなれて」
そう言ってから、
『センを殴った拳』を『高そうなハンカチ』で拭う。
ぶっとばされたセンは、
ほんの少しだけ『どうするべきか』と考えてから、
「よっと」
アクロバティックに立ち上がり、
衣類のホコリをパパっと払って、
「殴ったね」
前を置いてから、
「親父にもぶたれたことないのに!」
と叫んだ。
当然、その奇妙な戯言に対し、
パルカは、
「……はぁ?」
素で、眉間にしわを寄せてしまった。
明らかに困惑している彼に対し、
センは、
「気にするな。ただのテンプレだよ」
などと、さらにワケのわからないことをつぶやいてから、
アイテムボックス(亜空間倉庫)に手を伸ばして、
一つの指輪を取り出すと、
左手の中指に装着し、
パルカに対し、ファ〇クユーのフォームで、その指輪を見せつけて、
「――こい、ウイング・ケルベロスゼロ(EW)」
宣言の直後、指輪がカっと光った。
指輪を中心として、ジオメトリが広がっていき、
そして、その向こうから、
「グルル……」
翼をはやしている三つの頭を持つ犬が現れた。
強大な力を持つ『ウイング・ケルベロスの魔改造バージョン』。
その威容を目の当たりにしたパルカは、
(すさまじい力を持ったウイング・ケルベロス……なるほど、クロッカに気に入られただけのことはある……確かに、ただ者ではない。しかし……)
ニっと笑い、
「僕の前で、獰猛な獣を召喚するとは……貴様、自分が何をしているのか、わかっているのか? 龍神族に手を出したら――」
「心配ご無用。今から、俺が召喚したウイケロが、俺の命令を遵守して、お前を殺すけど、でも、すべては不幸な事故だから。それ以外の何物でもないから。だから、たぶん、許される気がする。だって事故だもん。悪意はないもん。事故だもん」
「……そうか、なるほど……ようやく合点がいった。貴様は頭が悪いんだな」
「気づくのが、数手ほど遅かったな。アホを相手にしたら損をするだけ。それが、この世界のルールだ。よかったな、一つ賢くなれて」
そこで、パルカは、チラっと、クロッカに視線を向けた。
すると、クロッカはすまし顔であくびをしていた。
「……いいのかい、クロッカ。さすがに、これは冗談ではすまないよ」
「あら、どうして?」
「どうしてって……」
「妹の犬が兄にじゃれつく……それだけのことでしょう? まさか、お兄様は、その程度で怒るような器の小さい男でして? それはないですわよねぇ?」
「……」
パルカは、クロッカに聞こえない程度に、小さく歯ぎしりをして、
「しょうがないな……兄として、妹が拾ってきた犬のしつけを担当しよう」
言いながら、パルカは、アイテムボックスから剣を取り出して、
「僕は動物を扱うのが少し下手でね……おそらく、少々以上に手荒なしつけになってしまうが、その程度で怒りはしないよね、クロッカ。君はそこまで器が小さいレディじゃない」
そう言い捨てると、
クロッカの返事を聞かずに、
パルカは、地面を蹴って、
「はっ!!」
ウイング・ケルベロスゼロ(EW)に切りかかった。
今回、ウイケロは、センから『全力で手を抜いて、そこそこのところでやられろ』というオーダーを受けている。
その命令がなかった場合、おそらく、初手で殺してしまう。
なんせ、センによって魔改造された、この『ウイング・ケルベロスゼロ(EW)』の存在値は250。
パルカの倍以上強いのである。
「ぐっ! 想像以上に硬いじゃないか! 見事と言っておこう!」
ウイケロのバイタリティにおののくパルカ。
もし、ウイケロが、本気で腕を振り抜けば、それだけで、パルカの上半身と下半身は永劫のお別れになるのだが、もちろん、そんなことはしない。
かるく、なでる程度の攻撃にとどめるウイケロさん。
なでるぐらいの一撃だというのに、
「ぐぁあああ!!」
パルカは、余裕で吹っ飛んだ。
そして、大けがを負う。
ウイケロの爪で、でっかい傷が顔面についた。
「ぐっ……き、貴様ぁあああ!」
顔に傷がついたことで、パルカは、『それまではなんとか整えていた体裁』をかなぐり捨てて、
「龍剣気ランク9!」
本気の魔法を使う。
パルカに可能な魔法の中でも、最高格の魔法。
剣を爆裂に強化する。
さらに、
「武装闘気!!」
本気の『全能力アップ系』の『切り札』まで切っていく。
熱くなると、周りが見えなくなって、暴走する……そういう、まだまだ坊やなパルカ。
「獣風情が、この僕の顔に傷をつけるなどぉおおおお!!」
バチギレでウイケロに襲い掛かるパルカ。
ぶっちゃけた話、
その程度では、ウイケロには勝てない。
そこらの一般人なら、今のパルカに震えることしかできないが、
センの魔改造を受けているウイケロにとっては、しょせんザコ。
しかし、ウイケロは、
「ぐぉおおおおお!!」
パルカの剣を受けて、大ダメージを負った。
防御に回していたオーラを削り、パルカの攻撃が通るように調整したのだ。
そのまま、連撃をあびせてくるパルカの猛攻。
ウイケロは、いい感じにダメージを受けたところで、
「ぐ……ぐぉお……っ」
『死にました感』を出して、その場から消失した。
――強敵ウイング・ケルベロスゼロ(EW)を倒したパルカは、
得意満面の笑みになって、
「ふははははははは! なかなか動けるウイング・ケルベロスだったが、所詮、僕の敵ではなかったなぁ! いい運動になったが、まあ、それだけだぁ! ふはははははははは!」
高笑いが止まらないパルカに、
センが、
「おお、すごい、すごい。俺のウイケロを、ここまでアッサリ倒すとは……世界の支配者を名乗るだけのことはある。おみそれしやした」
そう言いながら、拍手を送る。
「ふふん。己が『井の中の蛙に過ぎない』ということを思い知ったかね?」
「そうっすねぇ、上には上がいるもんすねぇ」
「クロッカの犬……センだったか? 君は確かに、ただ者ではない」
パルカが、『相手の名前を正しく認識していること』を示すのは、ちゃんと認めた証。
ゆえに、ここから先、センに対するセリフは、すべて本音。
「君は、優れた力を持っている。それだけの力を持っているのであれば、驕るのも仕方ないかもしれない。……だが、今、君が自分で言ったように、上には上がいるのだ。そのことを忘れないように」
「ははーっ」
と、大げさに頭を下げるセン。
その態度に気を良くしたパルカは、
自身の顔の傷に、治癒ランク8の魔法を使いながら、
「ふふ。力の差を思い知って、従順になったか……本当に獣と変わらないな。知的生命は『身分で相手をはかれる』が、獣は、殴られないと分からない。……しかし、まあ、愚かな夢を抱いてしまう人間よりも、従順になった獣の方が御しやすい。……どうだ、セン。僕の下につく気はないか? クロッカは性能だけを見れば優秀だが、思想が少々独特すぎる。『この子と一緒に生きる道』には大きな困難が付きまとうだろう。僕を選んだ方が賢いよ」
「んー、まあ、そうっすねぇ……」
センは、軽く悩んでいるフリをしてから、
「じゃあ、了解っす。あなたの下につきますよ。今後とも、どうか、よしなに」
「良い子だ」
「いえいえ、そんな」
そんな二人のやりとりを受けて、
後ろで見ていたクロッカが眉間にしわを寄せて、
「……どういうつもり、セン。私を裏切るつもり?」
「どっちにもつく。で、どっちからも報酬をもらう。俺なら、ダブルワークでも余裕でこなせる。それでもいいでしょう? 別に、あんたらが殺し合いをして、その剣として俺が使われるってわけでもないんだから。どっちの命令もきいてあげますよ。マルチタスク余裕な俺からすれば、クライアントは多い方がいい。これで、全員がウィンウィン。でしょ?」
そう言いながら、含みのある視線をクロッカに送るセン。
その視線の意味が理解できないほどクロッカはバカじゃない。
「……」
センの視線を受けて、クロッカは、
(パルカの懐に入り込むつもりか……危険な手だけれど、やらせるだけの価値はあるか……)
数秒、思案してから、
「確かに、全員がウィンウィンになるわね。……でも、大丈夫? お兄様の人使いは荒いわよ。私だって、もちろん、あなたを粗く使い潰すつもりでいる。私たち二人から無茶な命令を受けて、それをこなして……というのは、流石に体がもたないのではなくて?」
「心配無用。俺の根性と体力は底なしだ。問題なく全てを処理できる。魅せてあげようか、完璧なブラック企業の犬とやらを」
★
正式な契約を結ぶため、
センは、パルカの指示に従い、パルカの自室にやってきていた。
無駄に豪華な広い部屋。
しかし、その豪華さに対して、センは、特に何も感じない。
なぜなら、前の時に王様は経験しているから。
そして、前の世界の王城の方が、遥かに豪華だったから。
だから、今更、この程度の豪華さ程度に驚きはしない。
『世界のランク』としては、『前回の人生で過ごした第8エックス』よりも『第17ベータであるこちらの世界』の方がかなり格上だが、前の世界第8エックスで、センは、『全ての命の頂点に立つ、ぶっちぎり最強の完全なる天帝』となったため、待遇も破格だった。
シャンデリアも絨毯も、『最高位の中の最高位』は既に経験済み。
パルカの部屋にあるものも、なかなかの質量だが、しかし、前の世界の自室の小物の方が遥かに上。
……しかし、センは、そんな自分の本音など、おくびにも出さず、
「いやぁ、すごい部屋ですねぇ! さすが、龍神族の次期当主! パねぇえええ! すてきぃいい! 抱いてぇえええ!」
と、小物感を出しながら叫ぶ。
この男……最高位の実力を持ち、天帝の経験もありながら、しかし、
『小物』をやらせたら、世界一クラスの実力を魅せつけるという、
なんとも特異がすぎる資質をもっている。
センの小物ぶりに対して、さらに気をよくするパルカ。
『相手の小物ぶりに対して安心感と優越感を抱く』……それはそれで小物なのだが、しかし、パルカは、まだ、大物ではないので、この程度の現状が関の山。
その辺の細かい人間性の『資質』みたいなものも、
実は、センの『厳しい目』で『査定』されていたりするのだが、
しかし、パルカは、それに気づかず、
「そこに立て、セン。これから先の話をしたい」
そう言いながら、自身は、ソファーのふかふかに腰をおろす。
お互いの立ち位置をハッキリさせるという意志表示。
『立場という幻想』にすがりつくのも小物ならではだが……しかし、そのことにも、パルカは気づかない。
「セン。君ほどの資質を持つ者は少ない。それだけの力を持っている人間は、確実に、いずれ、十七眷属にまで出世し、それなりの地位と報酬を約束しなければいけない。しかし君は魔人だ。ようするには『家畜』と同じ。十七眷属と同じ報酬を払う必要はない。魔人は、法によって権利を守られてはいないから」
龍神族は、『先祖が定めた法律』――『憲法』に従って統治をおこなっている。
その憲法『龍法』は、龍神族にとって絶対であり、好き勝手に変更することは出来ない。
だから、『優秀な者』は、十七眷属として迎え入れなければいけないし、十七眷属に対しては、地位と名誉と報酬を与えなければいけない。
……ただし、魔人は例外。
魔人に龍法は適用されない。
「だが、僕は、君に、それなりの報酬を約束しようと思う。君にはそれだけの価値がある。これは、私の誠意だ。ありがたく受け取り給え」
「ははーっ、ありがたき、幸せ」
そう言いながら、センは深く頭を下げた。
その様に対して、パルカは、満足そうにうなずくと、
「その従順さに対する、僕なりの誠意として、最初に、君の望みを聞いておこうと思う。これは、『君の願いを必ず叶える』という僕の『意志の表明』だと思ってくれていい。誇りにかけて誓おう。君の願いを必ず叶えると。……さあ、好きに望め。君は、『僕の命令に従う対価』として、何を望む?」
「これは、クロッカ様にも望んだことですが……魔人を私の下につけていただきたい。できれば大勢。なんだったら全部」
「……ふむ……」
ソファーに深くもたれかかり、
少しだけ思案すると、
パルカは、センの目をジっと見つめて、
「大量の魔人を集めて、いったい、どうするつもりだ? 魔人の王にでもなろうというのか?」
「王は性に合いませんねぇ。『魔王』って響きは厨二的に、ずいぶんと魅力的ではある。それは事実ですが……しかし、国を統治したり、誰かを支配したり、崇められたり、持ち上げられたり……そんなもん、鬱陶しくて仕方ない」
「……では、なぜ、魔人を望む?」




