97話 とんでもない恐怖。
97話 とんでもない恐怖。
センは、『今後もバフメットと対峙する可能性』を鑑み、『バフメットが何をしようとしているのか』だけは確認してからタイムリープしようと考えた。
センの視線の先で、バフメットは、
「ふんふんふーん」
と、キモい鼻歌を歌いつつ、自分の血で、床に、ジオメトリを描く。
そして、先ほど切り落としたセンの右足を、血のジオメトリの上において、
「デデ・マスクランダ、召喚」
仮面種の中級モンスターを召喚する。
「デデ、その雑魚に極上の恐怖を教えてあげろ」
仮面を被った魔女。
デデ・マスクランダは、召喚主『ラメントバフメット』の命令に従い、
自分の顔に張り付いているマスクをベリっと剥がし、
「うふふ」
不気味に笑いながら、
センの目の前まで、ヌラリと近づいてきて、センの顔面にマスクを装着した。
その瞬間、センの心がヒュウと、何かに握りしめられているような感覚に陥る。
それはどんどん膨らんでくる。
頭の中で、己の死に対する感情がグツグツと膨らんでいく。
……普通なら、『膨れ上がった恐怖』で身動き一つできなくなる。
発狂して壊れて廃人になったり、恐怖からの精神的逃避で失神したり……
しかし、センは、
(ああ……なんだろうな……この感覚……しんどいんだが……なんか、妙にぬるいと感じる……)
力も記憶も奪われているが、
魂魄の随に刻み込まれた『心の強度』だけは、どう足掻いても奪えない。
200兆年をかけて、山ほど地獄と向き合ってきた……そうやって磨きに磨き上げてきた魂の器に対して、中級モンスターの『恐怖デバフ』ごときが通用するわけがなかった。
(ここから苦しくなるのか? それとも、この、『心がちょっとしんどい感じ』が限界? もし、これが限界だとしたら、無限に耐えられるんだが……)
一般人視点では失神してもおかしくないほどの恐怖なのだが、
センからすれば『傘持ってないときに遭遇した雨』ぐらいのもの。
鬱陶しくて仕方ないのは間違いないが、まあ、でも、その程度。
数秒、味わってみたが、別に、恐怖度数が上がっている気配はない。
(……ここから苦しくなるどころか、ちょっと効果が落ちてきた気がするな……)
慣れてきただけで、効果が落ちているわけではない。
この辺は『ストレス耐性』の積み重ねがものを言う場面。
例えば、
『ブラック企業で十年働いた経験がある猛者』と
『生まれてこの方、バイトすらしたことないゴリゴリバキバキのニート』、
仮に、この二人が、同じホワイト企業に配属されたとして、
どっちが先に、『仕事に慣れるか』と言えば、そんなものは、もう、ほんと言うまでもない。
現状は、それだけの話。
「ぎひひ! どうだ! 生きることが辛かろう! 自殺してもかまわないぞ! ぎひひひ!」
そんな、バフメットの言葉を聞いたセンは、
つい、鼻で笑いそうになってしまった。
現状のしんどさは、あえて例えるなら、
『500連勤・月残業300超ぐらいは当たり前の超絶ブラック企業のエンドレス社畜を経験してきた者』にとっての『残業5分』程度の辛さ。




