92話 初手から詰んでる賽の河原。
92話 初手から詰んでる賽の河原。
「ぴぃいいい!!」
センは、汚い悲鳴をあげながら、尻尾をまいて逃げ出した。
あの格好から推察するに、おそらく、アストラルマジシャンは魔法を使ってくる。
即死の魔法でも使われたらたまらない。
そう思ったセンは、腹からカギを引き摺り出すためのナイフを求めて、『二度と開けるまいと誓った宝箱』に向かって走る。
走っている間も、爪でどうにか、腹を掻っ捌けないかと奮闘するも、『かるい深爪状態』なので、ズルッズルして、全然捌けない。
そんなセンの進路を防ぐように、
アストラルマジシャンが瞬間移動して、
「幻刃ランク9」
見えない刃で、センの両足を刈り取った。
「どっぐぁぁああっ!! いっでぇええええ! だぁあああああ!!」
切断された両足、
支えを失って大転倒する上半身。
打ち身が激しい、足を失った体。
センは、
「う、うぎぃいい」
激痛に苦悶しながらも、
宝箱の方へと体を進めていく。
まだまだ数百メートルぐらいの距離があるので、どう足掻いても、センの手が宝箱に届くことはないと思われるのだが、しかし、そんな事実一つで折れるほどセンエースはヌルくない。
記憶は奪われたが、長い神生の中で磨き抜いてきた根性は失われていない。
「うぅ……うぐぅ……」
体を必死に引きずっているセンの背中に、
アストラルマジシャンは、
「幻槍ランク9」
見えない槍をブッ刺してきた。
「うぶっごぉっ!」
大量の血を吐くセン。
「終わりだ、侵入者」
槍を引き抜き、もう一度刺そうとする。
無慈悲にトドメを刺そうとするアストラルマジシャンに、センは、
「貫通してくれて……ありがとう……」
そう言いながら、腹からこぼれ落ちたカギを掴み、
「おれはまだ……がんばれる……っ」
そう宣言した。
★
目が覚めた時、
センは、
「ん……」
見知らぬ天井を見つめていた。
真っ白な空間。
体を起こしたセンは、
周囲を確認しつつ、
「……難易度、終わってんなぁ……無理だぞ、こんなもん……ここから身動き一つできねぇよ……『ゼロから始める異世界生活』かと思いきや、『初手から詰んでる賽の河原』じゃねぇか、クソがぁ……」
いったん、流れで、自分の体に傷がないことを確認すると、そこでしっかりと頭を抱えて、
「どうすんだよ、これ、エグいてぇ……てか、俺、なんでこんなエグい地獄に落ちてんの? 俺、そんな悪いことしたか? 『そこそこ頑張って勉強してただけの人生』だったはずなんだが……俺の人生のどこに、この罰を受ける要素があった? 蚊か? 夏に蚊を殺しまくったからか? もしくはゴキブリか? 見かけるたびに叩き潰したからか? もしそうだったら、全生命、みな、地獄落ちだぞ。みんな、悪意なくとも、なにかしら、他者を殺して生きてんだから」
あまりにも詰みすぎている現状に吐き気を覚えずにはいられないセン。
哲学的愚痴が止まらない。
「勘弁してくれよ、マジで。どうするよ。……もう、いっそ、ずっとここにいるか?」
と、現実逃避な案を出してみるものの、
「言うまでもなく、数日以内に、飢えて死んで終わりだが……」
現状、普通に腹が減っているし、
なんだったら、まあまあ喉が渇いている。
「飢える前に脱水で死ぬな……すでに、目が痒くなるレベルで脱水気味……その事実を踏まえて計算すると……俺の余命は、『だいぶ盛りに盛って5日』がいいところだろうな……」




