4話 しょっぱい噛ませ犬。
4話目ぇ!
4話 しょっぱい噛ませ犬。
「もし……この2億年という地獄の……100万倍を積める人がいるとしたら……ふ、ふふ……俺は、その人に、どんな感想を抱くんだろうか……わからないや。わからないよ。わかるわけがなかった……敬愛、崇拝、心酔、狂信……違うね。そんな安い感情じゃない。もっと、こう……もっと……深く、俺は……」
言葉を探す。
表現方法を模索する。
その結果、蝉原は、
――どんな言葉であっても、この想いを表すことは不可能だという真理に辿り着く。
自分の本音という迷路を彷徨いながら、
蝉原は、
「……『積んだ時間の量』では絶対に敵わないね。どうあがいても、その領域での勝負に勝ち目はない。誰であっても」
現実を見つめて、
「しかし、じゃあ、どこで勝負しようか」
虚空を睨みながら、
未来を模索する。
その瞳には、絶望の色がないわけじゃない。
が、しかし、どこかで、自分の可能性を信じている色。
それが残っていたから、蝉原は、ギリギリのところで灰になっていないのだ。
――蝉原は、
「大丈夫……大丈夫だ……目はある……可能性の芽は、まだ摘まれていない」
必死に自分に言い聞かせている。
この『常軌を逸した時間地獄』という絶望の底で、
蝉原の魂は、まだ、戦っている。
「蝉原。もう諦めよう。お前はよくやった。もう十分だ」
「何をやったんだよ」
「ん?」
「俺は、いったい、何をやったんだ? これまでの人生で、『何かを成し遂げた』と言う記憶は一切ないんだが」
「……」
「俺は何もやっていないよ。何者にもなれずに、ただ、『しょっぱい噛ませ犬』の役目を無難にこなしてきただけだ。それは、何かを成したとは言わない」
「まあ、社会一般の視点においては、確かに、何かを成したとは言わないかもしれない。しかし、私は、『蝉原勇吾は、立派に己の勤めを果たした』と認識する。だから、もう、ゆっくりとおやすみ」
「……妙に優しい言葉ばかりを使うなぁ、と思っていたけれど、お前、俺の心に負荷をかけて、訓練効率を上げようとしているな」
「……バレたか」
「余計なことをしなくていい。不愉快だ。俺は俺の根性だけで、セン君を超える。お前のサポートはいらない」
「貴様の感情を考慮する余裕はない。『2億年もの時間を積める器』は、センエースをのぞくと、貴様だけだ。『他の誰か』や『改造コピー』に同じことができるとは思えない。貴様は私の希望。だから、注ぐ。それだけの話」
「……」
「蝉原勇吾。貴様の言う通り、貴様の中にある可能性の芽は、まだ摘まれていない」
「……」
「がんばれ、蝉原勇吾。貴様がナンバーツーだ」
「ふふ……まあ、いいか……いまさら、この程度のみっともなさで、ごちゃごちゃ言う気もないさ……」
一度鼻で笑ってから、
蝉原は、ゆっくりとした動作で、
こぼれ落ちてしまった『自分の灰』を両手でかき集めて、ソレを、口元に持っていくと、迷わず、ゴクッと、飲み干した。
「はぁ……」
深く息を吐いた時、
蝉原の灰化は止まっていた。
まだ、ポロポロと、残りカスの灰が落ちているが、根幹となる魂魄は、正常の機能を取り戻している。
「センくんを知らなかったら、絶対に無理だった。誰よりもセン君を知っている俺じゃなかったら、確実に、ここで終わっていた。感謝したいね、センくんに。まあ、この絶望を味わう羽目になったのは、センくんのせいだから、感謝するのもおかしな話なんだけれどね。……けど……そうだな……どうしても、感謝せずにはいられない」




