7話 50兆年を積んだ蝉原。
本日の1話目です。
7話 50兆年を積んだ蝉原。
「……それは、つまり……あれか? 俺が、あまりに強くなりすぎた……と、そういう感じのあれかな? もしかして」
「ああ、そうだよ、セン君。君は、あまりにも強くなりすぎた。もう、俺では、君の敵役は務まらない」
「ふむ、どうやらその様だな。しかし、これじゃあ、ちっとも面白くない。死ぬほど将棋の勉強をしたのに、対局相手がチンパンジーだった、みたいな、激しい虚しさを覚える。戦いとは、ある程度、実力が近くないと面白くない。というわけで、蝉原。ソウルゲートを使え。お前なら、50兆年ぐらい鍛錬を積めば、最低限のサンドバッグにはなるだろう」
「ふ、ふふ そうだね 50兆年ぐらいやれば どうにかなるかもね」
「だろ? だから――」
「なんてね。無理だよ、セン君。たかが50兆年ポッチじゃ、今の君の敵にはなれない」
「そんなこと――」
「今の君はね 全財産をぶち込んだ投資で爆勝ちした、みたいな状態なんだよ」
「……」
「これまで、君は、『ほとんど無償の献身』という形で、全財産を惜しみなく投資してきた。その全部が、今、激しく高騰し、莫大な配当として、君の手元に転がり込んできた」
「……」
「君の強さは、もう、俺ごときがどうこうできる領域にない」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。というわけで、蝉原。ごちゃごちゃ言い訳してねぇで、さっさと、ソウルゲートで鍛錬してこい。お前なら、世界をバグらせて、ソウルゲートを召喚するぐらい余裕だろ? 知らんけど」
「ふふふ」
蝉原は、おかしそうに笑ってから、
「こんなことは言うまでもないことだけどね。セン君。50兆年の修行なんて、君以外には無理なんだよ。ふ、ふふふ……50どころか、10だって――」
と自嘲する蝉原に、
センは、
「お前ならいける」
冗談の要素を完全に排除した、まっすぐなメッセージをぶつける。
ギャグじゃないと理解できてしまった蝉原は、
「……な、何を根拠に」
と、普通の困惑を見せる蝉原に、
センは、さらに真直ぐな目で、
「蝉原勇吾は俺が憧れた男だ。それほどの男に、不可能なんかない」
「……」
「と言うわけで、さあ、やってこい。完全体とやらになるがいい。情けないままのきさまを倒しても自慢にならんからな。今の『腐った豆腐みたいな脆さ』のままでは殺す気にすらならん。せめて『茹でたピーナッツ』ぐらいの歯応えになって帰ってこい」
想いを受け止めた蝉原は、
「……」
だからこそ、グっと、鈍く奥歯を噛み締めて、
「……っ」
悲しげな笑顔で、センの目をじっと見つめる。
純粋な『申し訳なさ』が、そこには瞬いていた。
「…………」
センは理解する。
蝉原は、完全に折れている。
蝉原は、もう舞えない。
蝉原は、しばらく黙ってから、
「……ごめんね、セン君」
真剣に、そう呟くと、
そこで、だからこそ、蝉原は、全身に全力の気合を入れる。
今の自分にできる精一杯の『全身全霊の武』を構えて、
「この上なく尊き命の王、舞い散る閃光センエースよ。――ただの、情けない、君に焦がれた『武神の一柱』として、手合わせ願いたい」
まっすぐな目で懇願されたセンは、もうなにも言えなかった。
センは一度、軽く俯いて、目を閉じる。
深呼吸をしてから、ゆっくりと顎をあげて、
「いいだろう」
と、了承の返事を出してから、
ゆらりと武を構えて、
「……いくぞ、蝉原。殺してやる」




