3話 蝉原とセンエース。
本日の1話目です。
3話 蝉原とセンエース。
「ここからは、ただ、まっすぐにいく。耐えきれなくなって、搦め手を使い始めたところが、お前の最後だ」
などと牽制をいれる必要はなかった。
蝉原は、本当に、徹底して、愚直な武の化身で在り続けた。
3兆年かけて磨きぬいてきた全部を、あますことなく、センにぶつける。
蝉原とセンエース。
それぞれ別の山の頂点に至った二柱の武神が、
とことんまで幼稚に殺し合う。
ただの暴力をぶつけ合う。
ずっと蝉原が優勢。
蛇の疑心暗鬼など関係なく、蝉原の方が上だった。
『体力の大半を失っているセン』は、今、この瞬間、ちょうど、蝉原に負けている。
さいしょから、センは詰んでいた。
まっすぐに、どんどん押し込んでいく蝉原。
ボロボロになるセンエースの姿を見て、世界中の全ての生命が、センエースに祈りを捧げる。
さっきまで愚かに蝉原を応援していたことを恥じながら、
必死に、全力で、センエースに願いを送る。
『頼むから、勝ってくれ』
『その悪魔に負けないでくれ』
『死にたくない』
『そんな腐った化け物、やっちまえ』
『センエースが負けるわけない』
『どうか、神様』
声が響き渡る。
重なって、どこか、不自由な不協和音になる。
その音がやかましくて……というわけでもないのだけれど、
――『気絶していた田中』が、頭痛と眩暈の中、目覚めて、
「んー、あー、ん?」
最初の数秒だけ『状況の理解』に時間を費やしたが、
すぐに、
「……あのアホ、蝉原を殺す前にワシを復活させたんか もうほんまにアホやな。それやるにしても、あとでせぇや。……めちゃくちゃ体力減って、普通に劣勢になっとるやないか」
と、しんどそうに、センのアホさ加減に呆れてから、
『センエースを応援している民衆』に意識を向けて、
「……お前らもよぉ……応援すんならもっと、魂込めて叫べや。薄っぺらいねん、お前らの声」
と、文句を口にしてから、
「これまで、なんも知らず、のうのうと生きてきた愚民ども。おどれらに、ちゃんと教えたる。センエースが……どういう変態か」
トウシは、アカシックレコードにアクセスすると、『センエースの軌跡』の中でも、特に、トウシが感動したベストセレクションをぬきとって、ソレを、
「センは、確かに、『頻繁にアホなことをほざく気狂いピエロ』やけどなぁ。あのアホが世界に示し続けた覚悟は本物や。応援するなら、その辺、全部、認識した上でやれや」
問答無用で、民衆に魅せつける。
センエースが叫んできた勇気の一部が、民衆の心に注がれていく。
『この上なく尊き歴史』の記憶。
世界に刻まれた、センエースの献身。
全ての『弱い命』のために、センエースが、これまで、なにをしてきたのか。
その一部に包み込まれる。
決して全部じゃない。
全部は見てられない。
今日明日で終わるエピソード量じゃない。
センエースの『正気じゃない献身』を目の当たりにした民衆。
女も男も、子供も老人も、悪人も善人も関係なく、みな、一様に涙を流した。
――もちろん、中には、懐疑的な者もいた。
こんな映像は『加工されたプロパガンダだろう』と穿った結論を抱く者もいた。
……ちなみに、田中は、サクっとやっているが、
『アカシックレコードにアクセスし、データを拝借して、それを、何百億という人間の脳内に転送する』という、その一手の難易度やコストは、実のところハンパない。
田中(超天才)や、蝉原(バグの申し子)という、えげつない資質を持つ超人が、相応のリソースを吐くことでのみ可能な超絶技巧。
ちなみに、田中も、蝉原も、この一手を打つために、それまでに溜めていた莫大なコストを支払っている。
『データ転送を行う際に、何人かの頭が爆発してもいい』……という、人命を軽く見るスタンスならば、払うコストはかなり軽くなる。
だが、全員の頭に傷を残すことなくデータ転送となると、相当に繊細な技術と、大量にリソースを裂く必要性が出てくる。
例えば、何かの病気の薬をつくるさい、
『副作用が多少出てもいい薬』をつくる際のコストと、
『副作用を限界まで少なくする薬』をつくる際のコストは、
天と地の差がある。
東大入試で合格点を目指すのと満点を目指す差と言ってもいい。
東大入試で、一般人が、『満点合格を目指すために必要』な時間と労力……
蝉原と田中は、それに匹敵するものを払って、人類に記憶を送り込んだ。
同じことをもう一度やれと言われると、実は出来ない。
やろうと思えば、また、同じように、リソースを稼いでいかなければいけない。




