『アポロギス~神々しい終末~』
『アポロギス~神々しい終末~』
――その日が来ることは、この世界が産まれ堕ちた時から分かっていた。
究極超邪神アポロギスの襲来。
究極超女神シューリ・スピリット・アースが、その命の全てを奉げない限り、
アポロギスは、すべての世界が『完璧に終わり尽くす』まで暴れ続ける。
「……俺、毎回、ボコボコにされてんなぁ……」
満身創痍の武神、センエースは、
己のふがいなさに対し、深いタメ息をつく。
ぼそぼそと、小さな声で、
「……『死ぬほど惚れた女』を『死んでも守らなきゃいけねぇ』っていう、人生で一番大事な時に……よくも、まあ、こんだけダセェ無様を晒せるもんだ……引くわぁ……ほんと、無理……このダサ男だけは、ほんと、生理的に無理」
などと、ファントムトークで自分をボコボコにしつつ、
センは、
「さて……どうしようか……マジで……あんな、異常な強さのバケモノ……まともにやっても勝てる気がしねぇんだが……」
視線の先では、退屈そうにしている化け物が、
ダルそうに、ソンキーをボコボコにしている。
シューリの弟『ソンキー・ウルギ・アース』は、かなりの闘神で、
世界最高峰の戦闘力を誇る武の極致なのだが、
しかし、アポロギスが相手だと、
赤子のようにひねられている。
究極超邪神アポロギスは、
真っ赤な体毛が特徴的なゴリマッチョで、足がないタイプの化け物。
ゴーストタイプや精霊種タイプに多いフォルムで、
実際、精霊種のように、物理攻撃に対して非常に高い耐性を持っている。
『とにかく優れたバイタリティ』が売りで、
センとソンキーがいくら攻撃してもビクともしない。
その上で、超高火力も売りにしているという、
耐久力オバケかつ、高火力オバケという、
とんでもスペックのスーパーモンスター。
「ここまで強いとは思ってなかったなぁ……誰も、マジで、なんもできんのだが……」
周囲を見渡すと、
深層の神々がぶっ倒れている。
神界深層の中でも最高位クラスの実力者である、
『ロード』、『超苺』、『しぐま』の三神も、
アポロギスが相手だと何もできず、
ボコボコにされて吹っ飛ばされて、
普通に気絶しているという、ご覧の有様。
「……こりゃ、確かに、シューリに死んでもらった方が色々と楽だな……それしかないと思ってしまう気持ち……うん、わかるわぁ。それしかないよ。シューリが死なないと世界が終わる。世界が終わるってことは、結果的にシューリも死ぬ。シューリだけ死ぬか。シューリふくめて全員死ぬか……その二択を前にしているのが今の俺達。うん。それじゃあ、もう、一個しかねぇわ。選択肢」
そう言いながら、センは、痛む体にグリンガムのムチを双竜打ちして、
「……さて、それじゃあ、シューリに言いにいこうか。『わりぃ、お前死んだ』って」
などと言いながら、
センは、ひょこひょこと、体をひきずりながら、
シューリのもとへと近づいていく。
彼女は現在、謎の鎖に拘束されている。
アポロギスが顕現した瞬間から、
シューリの左腕を拘束している鎖。
彼女が背負っている『運命のアリア・ギアス』――その具現ともいうべき手錠。
――シューリは、
『逃げる気はないのに、無意味なことを……』
と、アポロギスの登場以降、ずっと、ウザそうに……心底、鬱陶しそうにしているばかり。
センは、ここまで、必死になってシューリを助けようと奮闘してきたわけだが、しかし、とうの彼女は『助けてほしい』などと、一度も口にしたことはない。
……彼女は最初から死ぬつもりだった。
『最初から』というのは、『生まれ堕ちた瞬間から』という意味である。
ゆえに、センエースの無駄な抵抗を、彼女は冷めた目で見ている。
『すでに決まっている覚悟』を穢されたような気持にすらなっていた。
自分の運命を、彼女は受け入れている。
彼女だけではなく、他の神々も、シューリの運命を理解していた。
それが世界のサダメであり、『それしかない』と理解している者が大半。
受け入れていないのは一人だけ。
あまた存在する神々の中でも、
飛びぬけて頭が悪い変態。
新生武神センエース。
神界の深層における、一番の新参者、
誰からも期待されていなかったハズレルーキー、
深層にきたばかりの頃はあまりにザコ過ぎて話にならなかったカス、
――そんな無能でありながら、
狂気にまみれた異次元の努力を続けて、
ついには、『究極超神化5』に届いてしまったド変態。
「シューリ……」
センが、シューリの目の前まで近づくと、
彼女は、いつもの笑みよりも数段階深い『他者を徹底的に小バカにしつくした笑み』を浮かべて、
「オイちゃんの言った通りじゃないでちゅか。無理に決まっていまちゅ。アポロギスには誰も勝てまちぇん」
「……」
「というわけで、あの愚弟にも引っ込むように言ってくだちゃい。てか、なんで、あのバカ、闘ってんでちゅか? あいつも、オイちゃんと同じで、アポロギスには勝てないってことを、ちゃんと、生まれた時から理解しているはずなんでちゅけど」
――ソンキーは、理解している。
自分ではアポロギスに勝てないこと。
姉の死が、仕方のないものであること。
全部、ちゃんとわかっている。
だが、センに、
『俺が勝ったら、アポロギス戦で俺の肉壁になれ』
と命令されたソンキーは、
『お前ごときが俺に勝てるわけないだろう』
と、センの挑発を受け入れた。
ソンキーはナメていた。
本気で『覚悟の牙』をむいた時のセンエースのヤバさを。
普段の、日常生活における『アホを晒しているだけのセンエース』は、本当に、ただのキチ〇イであり、かつ、今日までは、ずっと、『極限状態に陥ったことがなかったため(シューリとソンキーがいて解決しない問題などなかったから)』、ソンキーは、センエースの奥底に内包されている『狂気』を理解するすべがなかった。
この時点でのセンは、まだソンキーより下なのだが、
しかし、シューリの命がかかっている場面で、
センエースが『敗北を認めること』は死んでもありえない。
ソンキーは絶句した。
『あ、こいつ、やべぇ』
と、センエースの真価に気づく。
センエースが、己の狂気をふりまきながら、
とことんまでくらいついた結果、
ソンキーは、
『……もういい。お前の相手をし続けるくらいなら、まだアポロギスの相手をする方がましだ』
センエースの『異常な執念』に根負けしたソンキーは、
仕方なく、『絶対に敗北することが確定しているアポロギス討伐戦』に参戦した。
ほかの神々もそう。
センエースの執念によって駆り出されただけ。
誰も、シューリを救いたいとは思っていない。
なんだったら、例の三神は、
『シューリの事は嫌いだから、別に死んでくれてもいいんだけど』
などとほざいていたぐらい。
これは、軽い憎まれ口とかではなく、割とガチの本音。
シューリは、ちゃんと嫌われている。
ファッションではない、本気の嫌悪感を抱かれているという救いのなさ。
シューリの性格はガチでクソ以下なので、それも仕方ない話。
ただ、そんなシューリ嫌いの三神も、
センにしつこく絡まれた結果、
『お前とシューリのこと、マジで嫌いだわ。どっちも頭おかしいから。正直、どっちも死んでほしい』
と、どうにか、この闘いには参戦してくれることになった。
『交渉のコツは、こっちが、どれだけ冷静でイカれているかを、相手に伝えること』
という名言があるが、センは、それを体現した。
とにかく冷静に、とことんイカれている様を見せつけて、
相手の中から『断る』という選択肢を殺した。
その際、普通に『理不尽な暴力』も執行しているため、
センエースは、ガッツリとヘイトを買うことになったが、
もともと嫌われていたので、大したダメージにはならなかった。
とにもかくにも、センは、必死になって、シューリを救うための下準備を整えた。
だが、その『事前努力の全て』がムダに終わった。
三神は秒で転がされたし、
ソンキーも、相手になっていない。
無様な惨劇。
アポロギスという強大な敵を前にして、ポコポコとやられるだけのザコども。
その一部始終を魅せつけられたシューリは、
心底から鬱陶しそうに、タメ息交じりに、
「こんなことされても、惨めになるだけなんで、はやく、全員、この場から消えてくだちゃい。オイちゃんは、もっと、こう、独りで、静かに、豊かに、清楚に死にたいんでちゅよ。こんな、わちゃわちゃした中で死にたくないんでちゅよ。わかりまちゅね? というわけで、はやく――」
「シューリ」
「ん、なんでちゅか?」
そこで、センエースは、折れるほどに、奥歯をかみしめた。
ここにくる直前まで、彼は『わりぃ、お前死んだ』を、どれだけコミカルに言えるだろうか、と、そんなことばかり考えていた。
しかし、実は悲壮感でいっぱいのシューリの顔を見たら、彼の中のコミカルが死滅した。
『ナメんじゃねぇぞ、くそったれ』というオールドタイプの反骨精神が膨れ上がって加速する。
「どうしても死にたいなら、俺がアポロギスを殺したあとで自殺しろ」
「アポロギスは、この世界における最強の個。『絶対に誰も勝てない』という強固な運命に守られた概念。無敵であり、不死身であり、そして最強。不死身で最強のバケモノに勝つなんて不可能でちゅ。つまり現状は、ゲームでいうところの負けイベント。それも、可能性がないタイプの負けイベントでちゅ」
「世界最強は俺だ。ソンキーすら、俺の根性の前にはひれ伏した。お前ですら、俺には届かない。俺は最強。全世界最強のバケモノは俺だ。……あんな『ポっと出の怪物』なんかに、せっかく奪い取った最強の座はゆずらねぇ」
「……」
「それを証明する。その結果として、お前の命が助かることになるかもしれんが、そんなことは、オマケでしかない。俺は俺の自意識のためだけに戦っている。だから、お前の命令を聞く気はない。お前の言い分なんか知ったことか。――俺は、この闘いで、俺の最強を示す。そんな俺に、お前は惚れるしかない。俺という最強を前にしたお前は、『素敵、抱いて』と叫ばずにはいられない。そして俺は晴れて童貞を卒業。そういう未来になることは確定的に明らか。俺はそんな理想の未来のためだけに邁進している。俺の最強欲と性欲の前に、お前の感情論など無意味」
「ちょっと何いっているかわかんないんでちゅけど」
「当たり前だ。俺だって、今、だいぶ朦朧としているから、自分が何言っているか一ミリも理解してねぇよ。シラフでも何言ってんだか基本わかんねぇ俺が朦朧としてんだぞ。そりゃ、とうぜん、終わりだろ。相手は死ぬ。――そもそも、こんなことを言いにきたんじゃなかった。本当は何を言いにきたんだっけかな。お前の顔を見ていたら忘れた。情けないツラしやがって。俺は、いつもの、『神として終わっているニタニタ顔』が見たいんだ。今の……そんな、『無理に笑っている顔』なんか見たくねぇ。きもちわりぃ。吐き気がする」
「世界一の美女に向かって、よくも、まあ、そんなことが言えまちゅねぇ」
「軽口にもキレがねぇ。重みがたりねぇ。えぐみがかすれている。そうじゃねぇ。お前はそうじゃねぇんだ……」
そこで、センが奥歯をかみしめて、前を向いて、
「お前が苦しそうにしている世界なんかいらねぇ。そんなもん滅んでしまえばいい。なんだったら、アポロギスよりも先に俺が滅ぼしてやるよ」
そう言うと、
センは、
「……究極超神化3」
もっともバランスのいい変身状態になる。
究極超神化4や5も使えるのだが、
それらの上位変身は燃費が悪すぎて長期戦にはまったく向かない。
『ここぞ』という局面以外では温存しておくのが究極超神の定石。
「シューリ・スピリット・アース。全世界一の女神よ。黙って見てろ。……俺があいつを殺すところを……なんの問題もねぇ。全部うまくいく……ここには俺がいるから」
「押したら倒れそうな状態で、なにカッコつけてんでちゅか。みっともないでちゅよ」
「今にはじまったことじゃねぇ。俺のみっともなさは、生まれた瞬間からのデフォルトだ。それでいい。それがいい」
と、最後の最後まで、徹底的にファントムトークをかましつくしてから、
センエースは、アポロギスに向かって突撃をかました。
その背中を見て、
シューリは、舌打ちをして、
「……バカが……」
と、吐き捨てた。
★
センは、ソンキーと共に、
アポロギスと戦った。
ソンキーのサポート役として、
全力でソンキーを援護しながら、
必死になって、アポロギスを削ろうとするのだが、
「生命力がエグいぃいいいいい! どんだけダメージを与えても秒で回復しやがる! ぷじゃけるぁああああ!」
アポロギスの存在値と戦闘力は、ソンキーよりも上。
その上で、とんでもない生命力を誇っている。
膨大な魔力、無限にも思えるオーラ。
「もうイヤだぁあ! あんなのの相手したくない! おうち帰るぅ!」
ピーピーとやかましいセンに、
ソンキーが、呆れ散らかしたツラで、
「邪魔だから、帰りたいなら、さっさと帰れ。鬱陶しい」
と、クソ鬱陶しそうに吐き捨てた。
基本的に真逆の性格をしていると言っても過言ではない姉弟だが、この時の表情だけは、姉と大差なかった。
「邪魔ぁ?! これだけ必死にサポートしてやっている俺が邪魔ぁ?! てめぇ、ナメてんのか、ごらぁああ! ちょっとツラがいいからって調子にのるなよ! アポロギスにフィニッシュを決めたあとは、てめぇの番だからなぁ! その不愉快な顔面に、一生に一度の龍閃崩拳をかましてやるから、覚悟しておけ!」
「一生に一度の必殺技は、頼むから、アポロギスにぶちこんでくれ」
どこまでも冷静にセンのファントムトークを処理していくソンキー。
その間も、
アポロギスは退屈そうにしているばかり。
アポロギスからすれば、
セン&ソンキーなど、
『ドラク〇5のゲマ』にとっての幼少期主人公とゲレゲレでしかない。
アポロギスは笑っている。
笑っちゃいないが。
まったく本気をみせず、終始、テキトーな対応ばかりしているアポロギスに対し、
センは、
「くそがぁ、あの野郎……神界深層最高位の闘神2柱を相手に、雑なムーブばっかりかましやがって……ナメくさるのも大概にしやがれってんだ」
「一ミリも相手になっていないから、そりゃ、ナメてくるだろう。アポロギスからすれば、俺達二人は、本気で相手をする価値がないゴミだ」
「くそがぁああああ……」
そこで、センは、
「究極超神化4ぉお!」
怒りに任せて『最大火力を出せる形態』へと変身する。
ここまで密かに『変身するための集中力』を溜めていた。
『5』に変身するためには『完全集中』が必要だが、『4』なら、並列集中でも、ある程度時間をかければ変身できる。
スタイリッシュな3と違い、見たがだいぶゴツく、キモくなる。
「爆竜閃拳!!」
とにかく火力に全振りした必殺技を、
アポロギスの胸部に向かって叩き込む。
破格のパワーだった。
とにかく強大な一撃。
だが、アポロギスは涼しい顔をしていた。
まあ、さすがに、ちょっとはダメージを受けているようだった。
胸部には穴があいている。
しかし、すぐに再生していく。
数秒で、何事もなかったかのように、綺麗な新品に戻る。
とにかく、えげつない生命力。
アポロギスは、退屈そうに、
まるで『それで終わりか?』とでも言いたそうな顔で、
ただ、ジっと、センを見つめてくるばかり。
「ぐぅ……なに、わろてんねん!! しばくぞ、カス、ごらぁあ! もう、しばいた後だけどぉおお!」
と、怒りに任せて、意味のない感情論を叫ぶセン。
そんなセンに、ソンキーが、アホを見る目で、
「アポロギスはまったく笑っていないぞ」
と、どうでもいい注釈をいれてきた。
そのクソ発言に対し、センは、バチギレの顔で、
「いや、笑っている! 腹の中で笑っている! あいつはそういうやつだ! 俺は詳しいんだ!」
どうにか、コミカルな対話をつづけることで、
この絶望的な状況を精神的に乗り切ろうとするセン。
しかし、『届かない』という現実だけが、
どんどん重くなっていくばかり。
勝ち目のない闘い。
ただただ消耗していくだけの時間を過ごした中で、
センは、ボソっと、
「……やべぇ……無理だ……このままじゃ、永遠にやっても勝てねぇ」
「永遠を使えるのであれば、まだ対処のしようもあるだろうが、流石に、その前に殺されるだろう」
「……ちっ……こうなったら、仕方ない……気に食わない手段だが……」
そこで、センは、
「……ふぅう……」
と、深呼吸を一度はさんでから、
ソンキーをにらみつけて、
「なに、俺と合体したいだと?! ふざけるな、ソンキー! 貴様と合体するぐらいなら、独りで闘って死んだ方がマシだ!」
と、急に、そんなことを叫ぶセンに、
ソンキーは、眉間にしわをよせて、
「誰もそんなことは言っていないが?」
「それ以外に方法がないだと?! 姉を救うにはそれしかないから協力してくれだと?! ちっ! まったく情けないやつだ! 自分の力だけでどうにかしようと思わないのか! それでも男ですか! 軟弱者!」
「……」
ゴミを見る目をしているソンキーに、
センは、続けて、
「まあいい! そこまで言うなら、今回だけは譲ってやる! だが、今回だけだ! もう二度と、貴様と合体などせんからな! わかったな!」
「……はぁ」
と、ソンキーは、一度、ふかいタメ息をつく。
センエースが『常時ラリっている空前絶後の変態』で『まともな対話にならないド級のサイコテロリスト』であることは、もうわかっているので、サっと呆れて、普通に軽蔑するだけにとどめて、
「で、どっちがベースをする?」
と、建設的な会話を進めていくソンキー。
ソンキー的にも、このままでは勝機はないと理解できているので、
『合体』という尖った手法を試してみるのも悪くないと思った。
合体すれば戦闘力が下がるが、
存在値はそれなりに上昇する。
合体は、デメリットが大きい手法だが、
うまくハマれば、そこそこの成果をだすことも……できなくはない。
上がった存在値をブン回して、異次元砲かフルパレードゼタキャノンあたりをぶちかませば、ワンチャン……なくもないかもしれなくもなさそう。
今のままでは絶対に勝てないという前提がある以上、
ダメ元でも、一度は挑戦してみた方がいいのではないか、
という、
いわば、溺れている二人が掴もうとしているワラ。
それが、合体である。
「ベースはお前だ。ソンキー。根性とイケメン度で言えば俺の方が8段階ほど上だが、戦闘力と存在値はまだお前の方が、ごくわずかに上だからな。まあ、将来的にはその全てで俺が上回ることになるのは確定的に明らかだが、今のところは、まだギリ、お前の方が上といえなくもない……ま、すぐにお前は俺の足元にも及ばなくなるが。いずれ、お前は俺を師匠として敬い、靴をなめるようになるだろう」
「……そうなったらいいな」
ダルそうにそう受け流すソンキーの胸部に、
センは右手をあてると、
自由な左手で、無意味に、バババッとポーズを決め込みながら、
「魂が喚く! 激しく永遠に! 羞恥を裂いて天邪を誅す! アマルッッ!! ガッ!! メーションッッッ!!!」
特に意味のない詠唱、
そして、まったく意味のないアクセント&イントネーション。
一連の言動に意味はまったくない。
かつてない強敵を前に、ただテンションがバグっているだけ。
だから、アリア・ギアスを積んだというわけでもない。
つまりは、平常運転。
まあ、そんなのと合体しなければいけない、という、ソンキー視点での厄介さは、一応、アリア・ギアスとして昇華されているが。
アマルガメーションの魔法を使ったセンの肉体は粒子化して、
ソンキーの中へと注がれていく。
かさなりあった二柱の闘神。
魂魄が膨れ上がっていく。
合体が完了した時、
そこには、
「……ん……」
独りの闘神が立ち尽くしていた。
「……バランスが悪いな……うまくかみあっていない……」
自分の重心をうまく調整できていない様子の闘神。
センエースとソンキーの合体神、
『センキー』は、
両手両足に纏う歪みをサっと確認してから、
「……これで、マックス存在値だけは、あの化け物と同等になったが……正直、勝てる気はしないな……動きがにぶすぎる……」
ボソっとそうつぶやいてから、
センキーは、ゆったりとしたテンポで、アポロギスに向かっていく。
究極融合超神センキーを前にしても、
アポロギスは相変わらず退屈そうにしていた。
『究極超邪神アポロギス』VS『究極融合超神センキー』。
かつてない死闘が始まる。
と思いきや、そうでもなかった。
結論だけで言うと、
二人で闘っていた時と合体して闘っている時で、
特に大きな違いはなかった。
なんだったら、合体して闘っている今の方が、
『手も足も出ていない感』は大きいとすら言えた。
アポロギスの猛攻から、ただ逃げ回ることしか出来ないセンキー。
仕方なくセンキーは、
「さすがに5にならないとキツいか……」
一応、申し訳程度にデコイをまいて、
究極超神器を使い、高度なバリアを生成した上で、
完全集中状態に入る。
ぶっちゃけ、その程度の壁など、アポロギスからすれば秒でくだける。
『ほとんど無防備にさらしたスキ』をアポロギスに狙われたら終わりだが、
しかし、アポロギスは、完全集中状態に入ったセンキーを、
退屈そうにながめているばかり。
センキーが何をしようとしているのか理解した上で、
それを見届けて叩き潰そうとしている。
ナメプのきわみ。
遥かなる高みからの、ナメ腐った不誠実さを魅せつける。
センキーが強くなるのを黙って眺める。
そんな時間が2分30秒ほど経過したところで、
「究極超神化5!!」
合体状態で、最強の変身技である究極超神化5を使うセンキー。
それぞれ、単体のままであれば、どちらも、1分程度の集中で変身できるのだが、合体していることで、完全集中の出来が悪くなってしまい、結果、プラスで1分以上の時間を必要としてしまった。
合体のデメリットは、いたるところに見られる。
「この実力差なら、待ってくれるんじゃないかとは思っていたが……しかし、本当に3分近くも黙って待ってくれるとは思っていなかった……ここまでナメられているとなると……流石に傷つくぜ」
静かな怒りに任せて、
「いくぞ、くそったれ」
最大級のマックスパワーをぶつけてみたセンキー。
まあ、流石に、その状態だと、
そこそこは抵抗できた。
戦闘力が下がっているので動きがぎこちないが、
あふれるパワーで、どうにか、アポロギスに、
そこそこのダメージを与えることができた。
「――【弧虚炉 天螺 終焉加速】――」
ソンキーとセン、どちらも得意している技の場合、
共鳴率がそこそことなり、他の技よりもマシな出力となった。
完全に圧縮して消滅させることは出来ないが、
動きを止めることぐらいはできた。
EZZパニッシャーなどの封印系の技は、強敵相手に通じないことが定期だが、
圧縮系統の技は、出力さえあげれば、そこそこ通るので、
同格同士の闘いでも、なかなか使える行動阻害魔法。
センエースが、この技を覚えた理由は、『厨二くささがツボっただけ』であり、それ以上でもそれ以下でもない。
つまり、実用性の方はそんなに重視していなかったのだが、しかし、案外、なかなか使える技なので、まあまあ頻繁に使っている。
結果、熟練度も上がって、ソンキーと合体した今も、普通に使える技としてアポロギスを足止めしてくれている。
狙い撃ち可能となったアポロギス。
――そこで、センキーは、
両手に、膨大化させたオーラと魔力を融合させたエネルギーの塊を集中させて、
「顕現! フルパレードゼタキャノン!!」
宣言と同時、金属が高速回転しているような音が響いた。
その直後――
ガチャガチャガチャッッ!!
両手に一丁ずつ、巨大な銃が現れた。
メタリックな銃身が脈打っている。
『激しく生きている』と一目で分かる威容でありながら、
その深部には、『気高い無機質感』が確かに在った。
センキーの体躯の5倍はある大口径の超強大な魔双銃。
センキーは、その凶悪な二つの銃口をアポロギスに向ける。
「3……2……1……」
一度撃ってしまうと、長時間の冷却を必要とするオーバーヒート状態になってしまう代わりに、究極の殲滅力を体現できるという最高峰のバカ火力魔法。
――砲身が輝きだす。
悲鳴のような駆動音。
エネルギーが一点に収束していく。
そして、極限まで高められた『暴力』が解放される。
「0……食い破れ」
主の命令に従い、フルパレードゼタキャノンは唸り、勢いよく咆哮。
豪速のエネルギー弾がアポロギスを襲う。
極太の照射。
大気が鳴動する。
空間が歪んで、バチバチと黒い電磁放射が舞う。
――これなら、流石に……
と思っていた時期がセンキーにもありました。
しかし、実際のところは、
「……ちっ……」
アポロギスはピンピンしていた。
そこそこのダメージは受けていたが、
しかし、すぐに再生してしまった。
アポロギスは、とにかく、生命力がハンパじゃなかった。
と、そこで、エネルギー不足により、アマルガメーションの効果も切れた。
元の二人に戻ったセンエースとソンキー。
両者は、それぞれ、体力が底をつき、満身創痍の状態。
センがボソっと、
「……存在値15兆級の全力フルゼタが直撃してんだぞ……それが秒で回復とか……どんな生命力してんだよ、あのクソ野郎……もしかして、『無限再生』的なスペシャルをもってんのかね?俺みたいなカスでも無限転生ってチートをもってんだから、ない話でもないよぁ……まったく、クソボケカスが……マジで、ガチのところ、強い上に不死身じゃ話にもならねぇ…」
絶望を口にした。
その発言に対し、ソンキーは黙ったまま目を閉じた。
奥歯をかみしめることしかできない。
そんな二人に、退屈そうな視線を向けるアポロギス。
アポロギスの姿勢は終始一貫している。
そこで、センが、
「ソンキー……なんか、ないか? これまではずっと隠していた『とっておきの何かしら』みたいなやつ。必殺技でも、神器でも、スペシャルでもなんでもいい……何か……」
「ない。もうすべて晒した。終わりだ。やはり、アポロギスには勝てなかった。最初から分かっていた」
「……」
「アレは、全世界最強のバケモノ……絶対に勝てない。そう決まっている。それがこの世界の運命」
「……最初に創ったロードマップ通りに、世界の全部が進行するなら、こんな俺ごときが、ここにいるはずねぇ」
「……」
「絶対に勝てない絶望を殺しつくしてきたから、俺は、今日、ここに立っている」
「……」
「絶対に折れてやらねぇ……死んでも殺してやる」
覚悟だけを叫び続ける獣。
具体性なんて存在しない。
それでも叫び続けてやると決めた意地だけが、センエースの背中を支えている。
「合体はダメだった。とっておきのジョーカーは存在しない。満身創痍。もう魔力もオーラも尽きている。……それでも、世界最強のバケモノを殺す。――ミッション了解」
どれほどの絶望を前にしても、まっすぐに、前だけを見続ける修羅。
そのド級にイカれたクソ意地を一生貫いてきたから、
最強神や最強女神と並ぶ力を手に入れることができた。
これまでと何も変わらない。
センエースの神生は、この期に及んでなお、絶賛平常運転中。
――そんな彼の『狂った覚悟』に応えるように、
『明日への扉』が開いた。
ここに関しては、ただの運否天賦。
いや、そうとも言い切れない。
わからない。
どっちでもいい。
少なくとも、今のセンにとっては、『扉が開いた理由』の詳細など些事以下でしかない。
『0秒で、好きなだけ修行できる空間に連れていってやる。その空間では、どれだけの時間を使っても、外の経過時間は0だ。さあ、何年修行したい? 好きな時間を言ってくれ。無限でもいいぜ。ただし、精神が崩壊したら灰になるから、選ぶ時間は慎重にな。ちなみに、一度決めて中に入ったら変更はできないぜ』
突如、センの前に出現した扉が、無機質に、そう声をかけてきた。
はた目には、壊れた『どこで〇ドア』。
神の前に、生涯一度だけ開く、可能性の扉。
その扉を前にしたセンは、
(ソウルゲート……これが……噂の……)
ウワサだけは聞いたことがあった。
書物で概要を読んだこともあるし、『実際の利用者の経験談』を聞いた事もある。
簡単に言えば『精神○時の部屋』。
今のセンにとって、もっとも必要で、そして、とにかく渇望している『鍛錬を積む時間』を得ることができる夢の扉。
かゆいところに手が届きまくっている逸品。
(ラッキィいいっ! 死ぬほどありがてぇ!)
バッキバキの目で、センは、
(どのぐらい修行すれば、俺はアポロギスに勝てる? 神でも、ソウルゲートを利用できる精神の限界は1万年らしいが……正直、1万年程度じゃ話にならねぇ……10万でも無理……100万でもハッキリいって無理……)
利用時間をどう設定すべきか考える。
(万単位のハンパな修行じゃどうにもならない……最低でも『億』はいる……1億? 2億? ……ぶっちゃけ、それでも勝てるかどうかわからねぇ……アポロギスは強すぎる……確実に勝とうと思えば……)
吟味する。
灰にならずに出てこられる時間。
必死になって思案する。
思案して、考えて、模索して、
その結果、
「200億年だ……」
その宣言を隣で聞いていたソンキーが、
『ガンギまったヤク中のサイコ』を見る目で、
「おいおい……」
と、ツッコミにすらなっていない、ただの純粋な狼狽を見せた。
ソンキーは、まだ、ソウルゲートを使ったことがない。
しかし、話だけは散々聞いてきた。
神ならば一度は『自分ならソウルゲートで何年耐えられるか』と考えてみるもの。
ソンキーは常々『自分なら100万年はいけるだろう』と考えていた。
もし目の前に開いたら、100万年以上を選択しよう、と妄想していた。
それだけの時間を選択できるのは、根性の鬼である自分ぐらいだろう、
と、そんなことまで考えていた。
ソンキーは、己の精神力に、かなりの自信をもっている。
事実、ソンキーのメンタルは、すさまじく強靭。
――しかし、目の前のアホは、そんな『すさまじく強靭という程度の精神力』では永遠に届かない『アホな数字』を選択した。
ソンキーは『ぁ、こいつ、灰になったな』と、普通に思った。
バカにしているとか、ナメているとか、そういう話ではなく
海を見て『海だ』と思うのと同じぐらいのテンションで、そう思ったのである。
このド変態は、強大な敵をまえにして、頭が狂って、そして、灰になった……
まったくバカ野郎が……
――と、ただただ冷めた感情だけが、ソンキーの脳内を駆け巡った。
その間に、バカは、ソウルゲートを、ためらいもせずに通過した。
(ガチで200億年設定でいきやがった……バカが……あのド変態、完全に終わったな)
と、センの灰化を確信していたソンキー。
しかし、彼の目に、信じられない現実がうつる。
「……は?」
センエースは、普通に、壊れたどこ〇もドアを通過した。
灰になっていない。
どころか、充実した気力が見受けられた。
――明らかに、すべてが底上げされていた。
その様を見たソンキーは、心の中で、
(まさか……200億年……本当に積んだのか? バカな……に、200億だぞ……無理にきまっているだろう。ありえない……絶対に……)
と、目の前の現実を受け入れることができず、みっともなく狼狽していると、
そこで、センエースが、
「……はぁあ……」
と、
天を仰いで、一度、深いため息をつき、
「ちっ……失敗したな……1000億でもいけたな……」
などと、頭おかしいことをつぶやいている。
完全にキチ〇イです。
本当にありがとうございました。
「ひよったなぁ。情けねぇわ。自分の根性を信じきれなかった。反省、反省」
首をゴキゴキと鳴らしながら、
「どうせなら、1000億年つかって、果ての果てまでいきたかったが……まあ、いい。どうせ、結果は変わらない。200億でも1000億でも……俺が、アポロギスを圧倒するという事実は変わらない……」
静かに、しなやかに、雅に、
センエースは、アポロギスとの距離を殺して、
ふところに入り込むと、
そのまま、
「逆気閃拳」
ズンっと魂の奥に響く一撃をぶち込んだ。
「ぐぼへぁっ!」
体内のオーラをグチャグチャにかき混ぜられたアポロギス。
はげしく眩暈がしている様子だが、
その体調不良を、センは慮ってやらない。
「神速閃拳」
動きがにぶくなったアポロギスの、
全身の急所をめがけて、
神速の連打をたたきこんでいく。
一撃一撃がクリティカルヒット。
とにかく閃拳の練度がえげつない。
その様を遠目から見ていたソンキーは、
心の中で、
(信じられないほど戦闘力が上がっている……数万年やそこらの修行では、絶対に届かない領域……積んだのか……お前……本当に……200億年を……)
宣言通りにアポロギスを圧倒しているセンを前にして、
ソンキーの魂が震えていた。
同時に、己の根性のなさを恥じたりもする。
(200億……それだけの地獄と向き合う覚悟が、今の俺にあるか……)
ギリっと奥歯をかみしめる。
ヘシ折れそうなほどに、強く、強く。
(……くそったれが……)
特殊な敗北感にうちのめされているソンキーの視線の先で、
センエースは、アポロギスを、しっかりと削っていた。
どんな攻撃を受けても即座に再生してしまうアポロギス。
しかし、センの神速は、
アポロギスの再生力を上回っていた。
「ふはははははっ! どうだ、アポロギス! 散々、ナメプしてくれやがったが、失敗だったな! さっさと俺を殺しておくべきだった! この世で唯一、ナメてはいけない闘神を、貴様はナメてしまった! その上、怒らせてしまった! 終わりだ、アポロギス! 貴様は確かに強かったが、しかし、本気になった俺の敵ではなぁああい! 見ろ、感じろ、思い知れ! これが俺だ! 究極超神センエースの高みだ! 俺が! 俺こそがガン〇ムだぁああ!」
最強に至った万能感に酔いしれるド変態。
アポロギスを、一方的にボコボコにしていく。
これは完全に勝ったな……風呂入ってくる。
と、思ったが、しかし、
「ん?」
そろそろアポロギスの体力を削り切ることができる……
仮に、ガチで無限再生が積まれていたとしても、追いつかない速度で殺せばいい。
今の俺には簡単なお仕事。
――センが、そう思った直後のこと。
アポロギスの体が黒く発光しはじめた。
その発光が強くなると、途中で、アポロギスの口を覆っている口枷がバキっと砕けた。
喋れるようになったアポロギスは、
ハッキリとした声量で、
「――残り生命力が10%まで低下。究極完全体モードへ移行する――」
そのセリフを受けたセンは、
真っ青な顔になって、
「え、ちょっと待って……まさか、ロープレみたいな展開じゃないよね? ラスボスは変身するものだけど……ははっ、流石に違うよね? もちろん、そうじゃないよね?! 嘘だと言ってよ、バーニィ!!!!!!」
テンプレを叫ぶセン。
悲劇を口で拒絶したからといって事態が好転することなどない。
そんな当たり前のことを、あらためて再認識するセンエース。
視線の先で、
アポロギスの形態が変化した。
明らかに、戦闘に特化したスタイルへの変貌。
先ほどまでは精霊種型だったが、今は鬼型のような容姿になっている。
恐怖の象徴ではなく、武の化身に到る。
大量破壊兵器としてではなく、個の殺戮を重視したタイマン特化戦闘モード。
スタイルが戦闘向きに変化しただけではなく、存在値も爆上がりしている。
先ほどまでは15兆級だったが、今では19兆級にまで跳ね上がった。
戦闘力も存在値も大幅に膨れ上がった。
つまり、相手は死ぬ。
――アポロギスは、
「ふぅ……」
と、一度息を吐いてから、
センエースの目を見つめて、
「強いな、センエース。……200億年……凄まじい数字だ。君の努力と底力には感嘆する。だが、無意味だ。勝てないよ、私には」
極めて冷静に、
究極完全体アポロギスはそう言うと、
瞬間移動でセンの背後を奪い取る。
そのままの流れと速度を維持したまま、
アポロギスは、センエースに猛攻をしかけた。
スピード、パワー、オーラ、魔力、
すべての点において、センエースを大幅に上回っている。
その上で、戦闘力が爆上がりしているのだから、今のセンに対応できるわけがなかった。
「なんで、変身しただけで戦闘力まで上がるんだよ! 存在値が上がるのはわかるけど、変身しただけで、戦闘力まで上がるのはおかしいだろ! 反則だ! 許されないチート行為だ! ノーカン、ノーカン、ノーカン!!」
と、文句を口にするが、
命のやりとり、鉄火場で、そんなイチャモンは通じるわけがない。
ちなみに、変身することで戦闘力が上がる仕様の存在は普通に存在する。
通常形態で戦闘力を抑えるアリア・ギアスを組んでいればいいだけの話。
なんだったら、センの現世の配下の一人である『ゾメガ』も、
戦闘力を上げる変身モードは存在するし、
そして、そのことをセンは知っている。
――つまり、先のセンの発言は、本当に、中身のないイチャモンでしかない。
「前の形態は、すべてが封じられている状態……それだけの話だよ、センエース」
あくまでも冷静に、
アポロギスはセンエースを削っていく。
センエースが積んできた200億年は本物なので、
一瞬でボコられることはなかった。
センエースは、究極完全体アポロギスに、ちゃんと抵抗できた。
それは素晴らしいこと。
一生命体としての完成形と言ってなんら問題はない偉業。
けれど、届かない。
一瞬で敗北することはなかったが、
徐々に、センは削られていく。
「やばい! 負ける! 嘘だろ?! 200億年も積んだんだぞ! それで負けるとか、あっていいわけねぇだろ! ふざけんな!!」
押されていく。
削られていく。
「どぶふぇええええっっ!!」
情けなく吹っ飛ばされた地点が、
たまたまシューリの近くだった。
ずっと拘束されたままのシューリは、
ボロボロのセンに、
「もういい……もういいから……」
と、本当に辛そうに、
「200億……すごい数字ね。私では無理。あんたはすごい男だ。ありがとう……あんたなら、世界の全部を背負って飛べる。アポロギスさえいなければ、あんたは無敵。最強の神。それでいい。私の唯一の弟子であるあんたが、実質、世界最強になった。真に、すべての運命を調律できる王になれた……それだけで、もういい。私の生きた意味はあった。だから――」
「……実質最強ってのは、アポロギスを殺して、初めて得られる称号だ……ハンパなパチモンなんざいらねぇ。俺は――」
「セン! もういいと言っている! やめなさい! これ以上やられても、私が惨めになるだけ! それが、なぜ、わからない?! 私は――」
「うっせぇ、ぼけぇえええええ!! お前の願いならなんでも叶えてやる構えだがぁああ! その頼みだけは死んでも聞いてやらねぇ!! 黙って俺が勝つのを見てろ!! 無駄な心配しなくとも、絶望の殺し方なら知っている!」
「……っ」
「俺は、お前みたいに『妥協する気』は微塵もねぇ! 『俺にとってのトゥルーエンド』以外は全部ゴミぃ! 俺は運命を調律する王になる気は一切ねぇ! 気に入らない運命は、はじから皆殺しぃいいい! 汚物は消毒だぁあああ!」
「なんで……そこまで……そこまでする価値が、私にあると本気で――」
「なんでそこまでするか? 難しい質問だな。なぜなら、理由がないからな」
「……」
「お前に憧れた。だから、俺はここまでこられた。あえてこじつけるなら、それが理由かな。こじつけたっつっても、別に嘘じゃねぇが」
「……」
「一個だけ言えることがあるとしたら……お前とソンキーには、永遠に、俺の目標であってもらいたいんだよ。そんだけ」
そこで、センは、
あえて強めていた『おふざけのノリ』を少しだけ抑え、
どこまでも真摯な眼差しで、シューリを見つめて、
「心配すんなよ、シューリ。必ず見せてやるから。本物のハッピーエンドをプレゼントしてやる」
「セン……私は……」
「シューリ。今日だけは、黙って俺に全部ゆだねろ。明日以降は、ずっと、永遠に、いつものお前でいい。自由で気ままで、俺のいう事なんか全部シカトでわがまま放題の頭バグった女王様でいい。だけど、今日だけは俺に花を持たせろ。俺の生涯一度のワガママを聞いてくれるのなら……今日だけは……お前だけのヒーローをやってやる!!』
「待っ――」
――シューリは、まだ何か言いたそうにしていたが、
しかし、センは、そんな彼女の想いをシカトする。
改めてかためた覚悟を燃料にして、
迷わずに、躊躇せずに、
センは、またアポロギスに殴り掛かった。
止まらない。
誰に何を言われようと。
センは必死に戦い続けた。
磨き上げてきた武を全力で叩き込んでいく。
まったく通じなかったわけじゃない。
センエースが積んできた時間は、ちゃんとアポロギスに届いている。
しかし、届いているだけではダメだ。
究極完全体状態でも、無限を想起させるイカれた再生力は健在。
多少のダメージなんか、そっこうで回復してしまう。
普通なら折れるところだが、
――というか、そもそも挑もうとすら思わない場面だが、
しかし、センは微塵も折れることなく、
バカみたいに、ひたすら、アポロギスと武をかわしあう。
ボロボロになっていく。
ダメージが蓄積されて、
命の終焉が目と鼻の先。
そんなセンに、アポロギスは、
「センエース……君は本当にすごかったよ。本当に……君は別格のヒーローだ。ただ、運命は変えられなかったという、それだけの話。君がいくらすごくても、そんなもの、定められた運命の前では無意味」
寂しげに、苦し気に、
アポロギスは、天を仰いで、
「そう、無駄なんだよ。センエース。君が何をしても。私は死ねない。ずっと苦しみ続ける。そういうものなんだ。それが運命。それが真の絶望。君は死ぬ。運命は変わらない。君ならば、もしかしたら、そう思ったけれど……やっぱり、無理だった。この絶望だけは終わらない。私は――」
「うっせぇ、ぼけぇ!! って何回言わせんだよ、どいつもこいつもぉおお!」
センは、アポロギスの言葉をさえぎって、
「つぅか、さっきまで一言もしゃべらなかったくせに、究極完全体とやらになったとたん、ずいぶんと、センチメンタルなおしゃべり屋さんになったじゃねぇか。まるで俺に殺してほしいみたいな発言しやがって。気に入らねぇ。死にたいなら勝手に死にやがれ。とめねぇからよぉ」
「できない。私は、私をコントロールできない。破壊衝動に汚染され、ただ暴れ続ける事しか出来ない」
「ナメ腐ったことをぬかしやがって……どいつもこいつも堕落してんなぁ! もっとあがけよ! 熱くなれよぉおお! 熱い血燃やしていけよぉおおお! そうすりゃ、何か、かわるかもしんねぇだろ! かわんねぇかもしんねぇけどぉおお!」
そこで、センは、丹田に力をこめる。
ここまでは、『200億をつんだ事実に浮かれてフワフワしていた部分』があったが、
しかし、その万能感や多幸感も、先ほどのアポロギスのセリフで完全に鎮まった。
センエースの中で、感情が沸騰する。
静かに、けれど、確かに。
「……ただでさえ重たい荷物を山ほど背負ってるってのに……まだ、お荷物が増えんのかよ……ほんと、どうなってんだよ、俺の人生……常時ナイトメアが過ぎるぞ、くそったれ……」
ぶつぶつと、己の運命を呪いながら、
ふつふつと、
「……シューリを救う……世界を救う……ついでに、てめぇも救う……そこまで至って、ようやくヒーローを騙った責任を取れる……」
全部を理解したセンは、
「いいだろう……これが最後の出撃だ……」
最後の最後まで、ファントムトークに花を咲かせつつ、
キっと、目線に力を込めて、
まっすぐに世界を睨みつけ、
「完璧にヒーローを執行する。何もかも、全部救う。――ミッション了解」
世界一の覚悟を自分の中に刻み込む。
背負った荷物の分だけ重くなる。
その重さは、足枷にもなるが、
しかし、
「……下地はつくった……200億年分だ……そんだけやってきたんだから……神の限界を超えた覚醒に届いたって、文句ねぇだろ……ご都合主義と言いたいやつは言えばいい。俺が積んできたものはガチンコだ。あんだけ頑張ってきたんだ……俺が救いたいとおもうものを全部、根こそぎ、まとめて救いつくすぐらい……出来て当然だろ? 200億年も頑張って、それでも、ハッピーエンドに届かない世界なんざ、滅んでしまえばいい。というか、俺が、率先して滅ぼしてやる。そんなふざけた世界はいらねぇ」
世界に本音をぶつける。
と同時に、自分の奥にハッパをかける。
200億年。
ずっと、ずっと、求め続けて、
しかし、どうしても届かなかった領域。
アホみたいにでかい壁。
なかなか壊せなかったが、
しかし、どうにかこうにか、ヒビを入れることには成功した。
「……アポロギス、安心しな。絶望の殺し方なら知っている。俺は詳しいんだ」
ソウルゲートでの200億年だけじゃない。
センエースが積み上げてきたものは、
もっと、もっと、膨大。
あまたの絶望と向き合い続けてきた。
「耳かっぽじれ。俺が誰だか教えてやる」
――だから、飛べる。
「俺は、センエース。全ての神を超える男だ。運命に縛られた究極超邪神だかなんだかしらねぇが……その程度の絶望で、俺を止められるなんて夢みてんじゃねぇ」
膨れ上がっていく。
愛の奇跡とか、友情パワーとか、
そんな『お行儀のいいロジカル』じゃねぇ。
ただ、泥臭く積み重ねてきた結晶。
才能のない無能が、アホ丸出しで積み重ねてきた、苦心の賜物。
それが、ようやく実を結ぶ。
それだけの話!!
蕾は震えて、
最果ての華、開く。
「――究極超神化6――」
厚い輝きに包まれる。
尊さが刻み込まれたオーラ。
ただ大きいだけではない深みが、そこには確かに在った。
ずっと、ずっと、追い求めてきたもの。
たどり着いた修羅の華。
命の華が萌ゆる。
「……辿り着いたぜ……究極超神化6……神の最果て……」
最果てに至ったセンエースは、
まっすぐな目で、
アポロギスを見つめて、
「……ヒーロー見参」
一度口にしてしまえば、絶対に引き返せない覚悟を口にした。
その言葉を受けて、
アポロギスは、
「神の最終地点か。なるほど、大きい。しかし…それでも……私の方が強いな」
ボソっと、寂しそうに、そうつぶやいたアポロギスに、
センは、
「安心しろ、アポロギス。数値はお前の方が上だが……他は全部、俺が勝っている。終わらせてやるよ。てめぇの絶望」
そう言ってから、センは飛翔する。
先ほどまでの自分を置き去りにして、
新しい自分を、世界に魅せつける。
軽やかに舞う。
すべてが一つになる。
「深淵閃風」
200億年かけて磨き上げてきた水面蹴り。
コンボ始動技の中でも特に優秀な見えない下段。
繰り返してきた。
本当に、頭がおかしくなるほど。
――だから、届く。
「っっ?!」
足をさらわれてバランスを崩すアポロギス。
存在値では、確実に、究極完全体アポロギスの方が、究極超神化6センエースよりも上。
――だが、戦闘力では、間違いなく、センエースの方が上を行っている!!
積み重ねてきた200億年は伊達じゃない!
「神速閃拳」
バランスを殺してから追撃。
正中線を狙って、より軸を砕いていく。
小技で整えてから、
「――絶華・逆気閃拳」
アポロギスの中心を狙って一撃。
オーラを捻転させる。
動きを封じる一手。
さらに、
「この日のために、ソウルゲートの中で、コツコツと創ってきた牢獄用のアルファ……全部で23000」
センが創造した『虚無界』の広大さは異常。
規模だけならば、『現実世界』を大幅に超えている。
あくまでも、規模だけに限定した話ではあるが、
しかし、間違いなく、この『アポロギスを止めるためだけに創られた世界』の方が、
実在する全宇宙よりも、はるかに大きいのだ。
「その全てを超速圧縮させて、お前を止める」
そう宣言してから、
センは、一度、胸の前で両手を合わせる。
祈っているのではない。
ただ、心を整えているだけ。
もはや、センは祈らない。
ただ、淡々と、事務処理をこなすだけ。
まるで深淵の最終局面でも覗き込むようにして、
右手でつくった円の中に、アポロギスを閉じ込めると、
「――【弧虚炉 天螺 終焉加速】――」
この技でなければいけないか、というと、実のところは、そうでもない。
相手の足を止めることだけが目的なのであれば、他にもいくつか方法はあって、その中には、天螺よりも、もっと効率のいい技もあるにはある。
けど、センは、天螺に固執した。
――かつて、焦がれた憧憬の方が、ただの効率なんかよりもずっと上に在ったから。
スキルは心を反映させる。
センエースの憧憬は、
効率をシカトして、
最大級の成果を、邪神にたたきつける。
「うぉっ……うぉおおおおおっっ!」
アポロギスは、自分の肉体にかかる圧力に震えた。
この程度で完全に押しつぶされたりはしないが、
しかし、動けない。
それに、魂魄の脆弱性が増している。
簡単に言えば、すべての攻撃に対する耐性値が激下がりしている。
「拘束力ではなく、抵抗力の低下に全フリした天螺だ。耐性を下げるだけなら、もっといい技は他にあるが……知ったことか。この技が一番厨二臭くて、俺に合っている。そんだけの話」
動きを止められ、脆弱性が増した。
本来であれば、アポロギスは、命の危機が迫った時、理性や感情に関係なく、自動で敵を殺すように動く『ブチギレモード』という、もう一段階上のシステムが発動するのだが、そのムーブも今は封じられている。
そんな自分の状況を理解したアポロギスの『理性』は、
この千載一遇の好機に興奮して、
「これなら……勝てる! いけるぞ、センエース! 君は! 私を殺せる!!!」
と、つい、なんの装飾もない『ただの本音』を叫んだ。
その本音に、
センエースは、真摯に応える。
「殺すだけじゃ足りねぇだろ」
「?」
「くれてやるよ。俺の可能性。俺だって神の一柱だ。転生系のスキルが得意なわけじゃねぇが、命を削れば、出来なくはないはずだ。それに、一度言ってみたかったんだよ、このセリフ」
「……」
「おめぇはすげぇよ。たったひとりで、よくがんばった。今度はいいヤツに生まれ変われよ。一対一で勝負してぇ」
「……ど、どうして……」
「あん?」
「なぜ、私に慈悲を――」
「慈悲なんかじゃねぇよ。ただ、お前の強さに惚れただけだ」
「……っ!」
「すごかったぜ、マジでな。ここまでの憧れを抱いたことはねぇ。シューリとソンキーを知った時も、大概、焦がれたが、てめぇの大きさはそれ以上だった。震えたぜ」
「……」
「深層の上位神全員で挑んでも秒殺。200億年積んでもまだ勝てねぇ。究極超神化6になっても、それでも数字上では負けている。――そんなすげぇやつを、ただ死なせて失うのは、普通に、あまりにも、もったいねぇだろ。何もおかしくねぇ。普通の感性さ。俺は、結局のところ、どこまでいっても凡人なんでね」
「凡人……究極超邪神を倒せる凡人など、いていいはずがない」
「別にいてもいいだろ。ただの凡人でも……ヒーローになれる。世界を救える。そういうバグったことも平気でおこる。だから世界は面白い。……と言えなくもない気がしないでもない」
「……」
「べつに『いい奴』じゃなくてもいいが、とりあえず、余計な枷のない『自由な生命』に生まれ変われよ。転生なんざ、どこの凡人にも起こりえる平凡な概念さ。すでに何十回も経験している俺が言うんだから間違いねぇ――くだらねぇ縛りは全部外してやるよ。運命なんか知ったことか。俺のワガママを邪魔するなら、いつだって、もれなく皆殺しにしてやる」
「……」
「じゃあな、アポロギス。また、どっかで会おうぜ」
最後にそう言うと、
センは、すべての魔力とオーラを拳に込めながら、
「――虹を集めた虚空。玲瓏な蒼穹。幻想の戒光。貫くような銀河を見上げ、煌めく明日を奪い取る。さあ、詠おう。詠おうじゃないか。たゆたう銀河を彩りし、オボロゲな杯を献じながら。――俺は、センエース。神威の桜華を背負い舞う閃光!」
ギィイイイイイイインッッッ!!
と、気血が沸き上がり高まっていく音が深層中に響き渡った。
素人目にもわかる、極限までブチ上がっている。
全身を満たす、イカれた量のオーラと魔力。
その全てが、右の拳に集まっていく。
高まって、高まって、高まっていく。
センエースは、アポロギスに対し、
ただの殺意ではなく、
最強のヒーローとしての責務も込めて、
――放つ。
「――裏閃流究極超神技、龍閃崩拳――」
膨れ上がったオーラが一点に集中。
ズンと深く、シンと遠く、
アポロギスの『中心』の深部を振るわせた。
弾けて……そして、混ざる。
ホロホロと、粒子になっていく全て。
コスモゾーンを傍に感じるアポロギス。
――ああ……死ねる……何も壊さずに……私は死ぬことができる――
意識が消滅する寸前、
アポロギスの意識は、センエースだけを捉えていた。
究極のヒーロー。
この上なく尊い、全てを包み込む光。
――ありがとう、センエース。
……もし、
もし、生まれ変われたら、
こんどは君の隣に――
その願い、
……いや、『呪い』は、
熟成された上で、
――また輪廻に還る。
だから、いつか、また、その『祈り』は、
センエースの前に顕現するだろう。
その未来だけは絶対に覆らない。
だって、その重すぎる呪いは、
『ふたたびセンエースに出会うため』だけに積んだ覚悟なのだから。
★
――完全なる消失。
アポロギスは完全に消滅した。
と、同時に、
シューリを縛っていた鎖も砕けて消えた。
センエースがアポロギスを消滅させる様を、
ずっと、ワンカットたりとももらすことなく、
ずっと目を凝らして見続けたシューリは、
そこで、自由になった自分の左手を見つめて、
「……」
言いたいことはヤマほどあった。
口にしたい想いも、あふれ出そうになる衝動も、たくさん……たくさん……
けど、その全てを、シューリは、むりやり、力ずくで、自分の中にしまい込んだ。
それらすべてが、口にしたとたん、ちっぽけになってしまいそうで、
なんだか、ひどく薄れてしまいそうで……
それが、どうしてもイヤだったから、
シューリは、自分の左手を胸の中にかき抱いて、
必死になって、涙をこぼすことを我慢した。
絶対にこぼしてやるものか、と、
持ち前の、異常なプライドに、これでもかとムチを打つ。
そんな彼女の前に、
『神の王』は降り立つ。
最果ての究極超神、
名実ともに序列一位となった武神、
――神の王センエースは、
シューリに対して、
「あれ? お前が死なないとアポロギスは消えないんじゃなかったっけ? お前が死なないと、世界が終わるんじゃなかったっけ? あれれー? おっかしーぞー。ぜーんぜん、世界もお前も終わってないんですけどぉ? もしかして、スーパー万能超天才女神様ともあろうものが、間違えちゃいまちたかぁ? あらららぁ。ダメじゃなぁい。世界一の女神様が間違えちゃぁ。あちゃちゃちゃぁ」
「……」
煽ってくる神の王に対し、
普通にイラっとする女神様。
下手したら、ガチで『素敵、抱いて』と言いそうになっていたが、
いや、たぶん、どうあがいても言っていなかったが、
しかし、それを言ってしまう可能性が、
このアホな煽りで、完全に霧散した。
シューリは、
どうにか、いつもの、
『他者をナメくさったニタニタ顔』を浮かべて、
「何も間違えちゃいまちぇんよ。これからオイちゃんが世界を終わらせるんで。アポロギスでは、センたんを殺せまちぇんけど、オイちゃんなら、センたんを殺せまちゅから、問題なく、世界を終わらせることができまちゅ。センたんが守ろうとしたもの、全部、まとめて、根こそぎ、皆殺しにしてやりまちゅ」
沸騰しそうな心を押し殺して、
いつも通りのシューリ・スピリット・アースであろうとする彼女に、
センは、一度、呆れたように、けど、どこか嬉しそうに、
「……まあ、確かに、俺じゃ、お前は殺せねぇな」
そう言ってから、
――センエースは、
ギュっと、
シューリを抱きしめた。
「……っ」
急に抱きしめられて、情緒を保てなくなったシューリは、
目をひんむいて、硬直する。
そんな彼女に、センは、
「誰にも奪わせねぇ。俺からお前を奪おうとするやつは、どんなやつであれ、全員殺す」
「……」
「今日からは俺が深層の王だ。というわけで、シューリ。お前が持っていたものは今日から全部俺のもの。お前のものは俺のもの。俺のものも俺のもの。お前が背負っていたものは全部俺が奪い取る。お前の絶望も苦悩も敵も今日から全部おれのもんだ」
「……」
「忘れるなよ、シューリ。忘れそうになったら前を見ろ。そこには必ず俺がいる」
そこで、シューリは、我慢の限界を迎えた。
必死になって抑えていたのに、決壊してしまう。
こぼれてしまったけれど、そんなぐちゃぐちゃの顔だけは、絶対に見せたくないと、
シューリは、センの胸に顔をうずめた。
肩をふるわせて泣く彼女に、センは、
「おい、なにわろてんねん」
と、オシャレな小ボケをいれていく。
どこまでも残念なヒーロー。
そんな神の王に、
世界一の女神は、
心の中で、永遠の愛を誓った。
いつまでも溢れ出る涙を心で感じた。
本当の意味で、
――自由になれた気がした。
★
後日、シューリは、一大決心をして、
センに、『さあ、願いを言うがいい。どんな願いでも、一つだけ叶えてやろう』と、最初で最後のシェンロンムーブをかましてみせた。
それは、ようするに、求婚待ち一択の、いわば、シューリなりの最大限の譲歩だったのだが、
しかし、アホのセンさんは、
『あ、じゃあ、俺に何かあったとき、ゼノリカのことおなしゃす』
と、シューリの覚悟を踏みにじった。
「くそぼけかすがぁあああ!」
と、暴れ散らかしたシューリは、
アポロギスよりも怖かった、
と、のちに、『匿名希望Sさん(職業、神の王)』は語ったという。
「ゼノリカを背負うのがだるいからって、そこまでキレる?! 少しぐらい、俺の頼みを聞いてくれたってバチはあたらないだろう! 今回の俺、ほんと、マジで、結構頑張ったよ?! あのアポロギスを相手に、勇敢に立ち向かって、勝利を収めたんだよ?! その俺に、この仕打ちはあんまりじゃない?!」
「だからキレてんだろぉが、ボケぇええええええええええ! お前、ほんとにバカなんだぁあああ!!」
「ちょっ、ほんとっ、どういうことぉおおお?! わからん、わからん! もうイヤ、こいつぅううううう! 下手に救わずに、死なせておけばよかったぁああああああああ!」
人生最大級にキレ果てたシューリ。
そんな彼女の正当極まりない怒りの炎に、無自覚な油を注ぎ続けるド変態。
当たり前の話だが、
それからしばらく、センは、口もきいてもらえませんでしたとさ。
めでたし、めでたし。




