3話 センエースの妄想上の田中。
3話 センエースの妄想上の田中。
「だぁああああああああああっ!」
ためしに、全力で、ムーンビーストの顔面をブン殴ってみた田中。
しかし、
「殴打には耐性があってね。もちろん、強大な力を持つ神にブン殴られれば蒸発してしまうだろうが、貴様ごときの拳では、ダメージなど受けようはずもなし」
田中の拳にビクともしなかったムーンビースト。
ビクともしなかったが、ブルルンとは揺れていた。
プルプルした両生類系の肉体は、田中の拳が当たったと同時、リズミカルに揺れて衝撃を吸収、受け流し、緩和した。
グールは、斬撃に多少耐性があり、殴打に弱い。
ムーンビーストは、殴打に対して耐性があり、斬撃に弱い。
それぞれが、特有の、個性的な資質を持つ。
少し賢くなった田中は、
「……『センの妄想上のワシ』やったら、事前に刃物を用意しておくなり、世界に対して何かしらのバグ技をかますなりして、おどれごとき、当然のように、瞬殺するんやろうけど……現実のワシでは、まあ、そういうわけにもいかんやろうな……」
『センエースの夢の中の田中』と『現実の自分』との乖離に対して、
ギリリっと奥歯をかみしめる田中。
『この世の表も裏側も、すべてを切り開くことが可能な天才』というポジションだったら、どんなにいいだろう。
それだけの力をもっていたら、きっと、世界がバラ色に見えるだろう。
なんの悩みもなく、毎日を幸福に過ごせるだろう。
――なんて、そんなことまで考えてしまう始末。
この場を切り開くフラッシュアイディアはさっぱり閃かないが、そんな『絵空事』だけは無限に沸いてくる。
これが、一般人の垂涎。
天才ではない者の思想。
根拠皆無の希望的渇望。
――『才能ある者や成功した者は、きっと、自分よりも素晴らしい人生を歩んでいるのだろう』という、未知に対する過剰な期待・推測。
「広いグラウンドに武器はなし、逃げたら背中から刺される……なかなか、みごとに詰んどるやないかい」
「だが、それでも、無様に逃げろ。死ぬ気で生にしがみつけ。その無駄なあがきを狩ることにこそ意味がある」
「……嗜虐趣味、エグいな」
しんどそうにそうつぶやいてから、
田中は、
「言われんでも、『生』にはしがみつかせてもらう……ここは、ワシの死に場所としてふさわしくない。どこがふさわしいんか知らんけど……少なくとも、ここではない……はずや」
そう言ってから、
ムーンビーストに『背中を向けない姿勢』のまま、
じりじりと、距離を取ろうとする。
周囲に目を配り、ムーンビーストの動きに注意しつつ、
どうにか、何かないかと必死に武器を探す。
(なんもないなぁ……校舎の中に逃げ込むことが出来たら、まだ、いくらでも可能性はあるんやけど……)
理科室までいければ、薬品なんかもある。
この学校には、図工室もあるので、そこにいけば、武器になりそうなものは多い。
ただ、
(そこまで行けへんやろうなぁ……さて、どないしたもんか……)
必死になって頭を回そうとする田中。
どうにかして、現状を打破しようと、
人生における最速レベル、極限の限界を求めて頭脳をフル回転させるが、
(あかん……なんも思いつかん……普通に詰んどる……)
特に賢いわけでもない凡人田中では、何も思いつくことはできない。
(……『アレ』が使えたら、たぶん、一撃なんやけど……まだ24時間経ってへんねんなぁ……くそがぁ……どうしたもんかなぁ……)




