79話 英雄ではない。
79話 英雄ではない。
「ノコ・ドローグがその気になれば、それなりの兵を集めることも不可能ではない可能性がある」
「――『烏合の衆』では話にならないだろう。一般人が何万で束になってかかっても、大帝国の中位貴族一人殺せない」
「民衆に剣一本を持たせて突撃させた場合、確かに、貴族級以上の強大な魔法一つで殲滅されてしまうだろうが、小駒も、うまく扱えば兵器になれる。『統率のとれた弱者の軍勢』は、じゅうぶん、『強者をひるませる暴力』になれる。その『指揮』をとれるだけの器が、ゾメガ・オルゴレアムにはある……可能性がゼロではない」
「あんたは、ずいぶんと、ゾメガを買っているんだな」
「見れば分かる。かの魔王の風格は本物」
パッサムは、さらに、いくつかの予測と、実質的な情報をヒエンに伝えていく。
あらかた、グリド王国――オルゴレアム帝国の内情を聞き終えると、
ヒエンは、
「おおよそのことは理解した。素晴らしい情報量だった。あなたの大帝国への献身には敬意を表する。まさか、城の設計図まで用意してくれているとは思わなかった。これならば、今夜にでもことをすませられる」
「……最後に、もう一度だけ言っておこう。慎重にことをすすめた方がいい。『十つ星』の英雄は大帝国においても数が少ない。失うのは、大帝国において、大きな損失――」
「俺を英雄と呼ぶのはやめてくれ。俺は、魔人の駆除係でしかない」
★
その日の夜、
十つ星冒険者チーム影牢は、
ゾメガの城に忍び込んだ。
もっとも手薄の図書室のバックドアから潜入し、
大ホールを抜けて、ゾメガの寝室を探した。
その途中、玉座の間を抜けようとしたところで、
「……いきなり暗殺者を送り込んでくるとは、どうやら、大帝国とやらは節操がないらしい」
玉座に腰かけ、本を読んでいる魔人を発見した。
(察知された? 完璧に気配を消していたのに……っ)
ヒエンたちは、暗闇に溶け込む魔法や、足音を消す魔法、存在感を薄くする魔法など、自分達が保有している潜入・隠密スキルをフルで発動した状態で慎重に忍び込んだ。
バレることなどありえないと思っていたが、
ゾメガは、当たり前のように、ヒエンたちを看破した。
(俺たちの潜入を最初から知っていたとしか思えない……まさか、パッサムが裏切った?)
『自分達の潜入がガチでバレることなどありえない』と信じ込んでやまないヒエンは、自分の中での『ありえる可能性』を考える。
と、そこで、ゾメガが、
本のページに目を落としたまま、
「あまりにも礼儀にかけた蛮行である――そう思わないかね?」
静かな声音で、そう問いかけてきた。
ヒエンは、一度、ゴクっとツバを飲んでから、
冷静になるようにつとめて、
「われわれは大帝国とは関係がない。ただ、この城に、金目のものをとりにきただけだ」
と、白々しくも、一応、弁明はしておく。
大帝国は常に正義でなければいけない。
表向きは、いつだって、『世界の憲兵』で在り続ける。
それが、大帝国の在り方。
世界最強国家としての、
ある意味で決してブレない王者の見栄。




