46話 サンドバックになる侯爵令嬢。
46話 サンドバックになる侯爵令嬢。
「これ、なに、夢? だったらはやく覚めてよ! ああもう痛い、痛い、痛い!! もうずっと、鼻が痛いんだよぉおおお! なに、このクソみたいな夢ぇええ! いい加減にしてよぉおおお!」
絶望と苦痛の中でもがく彼女に、
センが、どこまでも冷淡に、
「バカみたいに喚くのは、おわったか?」
と、『血の通っていない冷めた声』でそう言うと、
「じゃあ、そろそろサンドバッグになろうか。呪縛ランク15」
『動けなくなる魔法』をトワネにかけてから、
ココに視線をむけて、
「……『復讐には意味がない』なんて妄言は、恨みを買いまくっている権力者が自分を守るために言いふらしている戯言だ。殴られたら、殴り返せ。そうじゃないと殴られ続けるぞ。『黙っていても、いつか誰かが守ってくれる』――という世界観なのであれば、耐え続けるのもアリなんだろうが、俺たちは、そうじゃない世界に生きているのだから、殴ってきた奴のことは、ちゃんと自分の拳で殴り返せ」
センの言葉を受けて、ココは一瞬だけ逡巡したものの、
すぐに覚悟を決めた顔になると、
「よくもパパとママを……」
ギリイと奥歯をかみしめて、握りしめた拳を、トワネの顔面にたたきつけた。
「きゃぁああっ! 痛いぃ!」
「私は、もっと痛かった……っ」
恨みを込めて、ココは、何度も何度も、トワネを殴り続けた。
「うごっ、ボゲっ、ちょ、まって……もう許してっ」
「私がそう言って泣いたとき、あんたは一度でも手を止めたかぁあ!」
止めなかった。
むしろ、ココが苦しんでいればいるほど嬉々として痛めつけていた。
「クズが! クズが! クズがぁああ! あんたのせいであたしの人生メチャクチャじゃないか! 優しかったパパとママは死んだ!! もう二度と会えない! パパの誕生日を一緒に祝おうってママと約束してた! 一緒にお花を買ってプレゼントしようって、ママと一緒に笑い合った! 幸せだった! 全部あんたが壊したんだ! クソみたいな欲望のために! ふざけるなぁああああ!」
あと一発で死ぬというところまできたところで、
センに、
「殺すのはなしだ。このバカ女にはまだ使い道がある」
そう言って邪魔された。
『怒り』と『暴力』でハイになっていたココは、
センの制止を無視して、トワネを殺そうとする。
感情の暴走を止められない。
ココは、トワネが懐に隠していたナイフを抜き取って、
トワネの心臓に突き立てようとした。
そんな『ナイフの切っ先』を、センは自分の手で受け止める。
ココの手に、ザクっという肉を刻む感触が伝わった。
その結果、我に帰ったココは、反射的にバッとナイフから手を離す。
「ご、ごめんなさっ……」
謝る彼女の言葉をシカトして、
センは、自分の想いを、彼女に伝える。
「……『クズを殺すこと』を『悪』だという気はない。だが、相手がどれだけのクズであろうと、人を殺したら、その返り血は魂に残る。殺した命の分だけ、命が縛られるようになる。だから、誰も殺さずに済むなら、その方がいい。こいつを殺すときは俺が殺す。お前は、何にも縛られず、自由なままでいろ」




