12話 『バカ王子』地獄サイド(2)。
12話 『バカ王子』地獄サイド(2)。
「暗殺部隊が、丸ごと、ノコに寝返っただと?!」
自室で、側近の騎士マルファイから報告を受けたバルディは、
怒声をあげた。
「ふ、ふざけるな! その恥知らずな暗殺部隊を暗殺する部隊を、すぐさま送り出せ!」
「ノコ様の暗殺には最高の部隊であるクダラを送りこみましたので……おそらく、別の部隊を送っても、返り討ちにあうだけかと……」
「ならば、『魔導師団』を動かせ! ノコは謀反をおこしたのだ!! 王子である私に、『老いる呪い』をかけた、立派な逆賊である! 正義はこちらにあるのだ!」
「……か、かしこまりました……」
マルファイが出ていったあと、
自室で一人になったバルディは、
「くそ、くそ、くそぉ! あのクソ生意気なバカ女めぇ……ひそかに、ナイトを鍛え上げて、私に一矢報いるチャンスを狙っていやがったな……狡猾であさましいヘビ女……絶対に許さんぞ……げほっ、ごほっ……うぅ……いたぃ……なんで、こんなに腰がずっと痛いんだ……」
だんだん、老人の体にも慣れてきているが、
しかし、『背中の鈍痛』や『腰の痛み』は常にある。
いくら慣れても、痛みが減ることはない。
『我慢の仕方』を学習するだけで、痛みそのものに変動などおこらないのである。
老いてしまうと、この『にぶい痛み』と、ずっと付き合っていかなければいけない。
「ノコのやつ……本当に、こんな体で、朝から晩まで、国中を駆けずり回って、治療をしていたのか? 信じられん……あの女、どんな体力していやがるんだ、気持ち悪い……」
吐き捨てるように、そうつぶやいた、
その時だった。
「ん? ――ぬぉっ!」
殺気を感じて、バルディは、反射的に体をひねった。
ちょうど、そこに、
暗殺者の剣が振り下ろされる。
「……おっと、今の一撃を避けますか。さすが、バルディ殿下。老いても、センスに陰りはないようですね」
「ボードウィン?! き、貴様……どういうつもりだ……っ!」
ボードウィンは一級の暗殺者。
クダラとは別の暗殺部隊の隊長。
エキドナと頻繁に比較されており、
実力的には拮抗している。
「どういうつもりって……もちろん、あなたを殺すつもりですよ。『死にかけの老人』を殺すだけで、人生を10回買えるぐらいの金をもらえる。こんなにおいしい仕事はない」
「ノコか! ノコが貴様を差し向けたのか!」
「……そう思っていた方が幸せかもしれませんね」
そう言ってから、暗殺者はバルディに襲いかかる。
「ナメるなぁああああ!」
そう叫んで、
バルディは、剣を手に取り、暗殺者の剣にあわせた。
ギィインッ!
と、鋼がカチあう音が響く。
(ぐっ……体が思ったように動かん……剣が重い……目も……よく見えん……)
剣の天才と言われたバルディが本調子であれば、
ボードウィン程度の暗殺者はすぐに撃退できた。
しかし、
「ぐぁああああ!」
右足を切りつけられて悲鳴をあげるバルディ。
生存本能が刺激されて、一時的に体の痛みを忘れる。
火事場の馬鹿力で、
「……くそがぁあああ!!」
それは、生涯で最高の一撃だった。
体が一つの剣となり、
暗殺者の体を、
ズバァアアアアッッ!
と、真っ二つに切り裂いた。
「はぁ、はぁ、はぁ……うぅうう……誰かぁああ! 誰かいないのかぁあああ!」
腹の底から叫ぶと、
「ど、どうしました、殿下!!」
慌てて部屋に駆け込んできたマルファイ。
バルディのケガを見て、
「あ、ああ、なんという……」
続けて、
バルディの妻であるサロメも、
「あなた?! どうしました?!」
と、本当に焦っているかのような顔で部屋に飛び込んでくる。
バルディのケガを一瞥してから、
暗殺者をチラ見して、
(……ちっ……『クダラのエキドナ』に匹敵する『最高クラスの暗殺者』だというから雇ったのに……ボロボロのジジイ一人殺せないのか……)
などと、心の中でつぶやいていると、
「ノコを! ノコを殺せ! あの女、絶対に許さない!! 魔導師団に命じろ! とことんいたぶってから殺せ、と!!」
バルディが、血走った目で、
ノコへの殺意を叫び続ける。




