馬車の中身はギルドマスター
「クロウ。いいか?」
ソードウルフの死骸を回収し終えるのを見計らってか、グランツから声がかかった。
馬車から離れずに手を挙げて合図をしているのを見るに、話し合いの場が整ったという事なんだろう。
「ああ、いいぞ。どうなった?」
「話はするそうだ。そこから先……報酬なんかの話はそっちでしてくれ」
「わかった。……乗れば良いのか?」
「ああ。せっかくだし、交渉が終わるまでは休憩も兼ねて馬車は止めとくよ」
「悪いな」
グランツに儀礼的な返事をしてから、今から乗り込む合図として馬車のドアをノックし、返事を待たずに中へ進入する。
どうせ話は通ってるんだ。この程度の無礼は愛嬌だろう。
「こんにちは。君がクロウくんだね」
「こんにちは。話はちゃんと通ってるようで何よりだ」
馬車の中で待っていたのは、とにかく色の白い20歳くらいの女性だった。
腰より長いだろう髪は白く、肌も白く、着ているものも白衣に白のシャツ。瞳とズボンと靴は残念ながら白くはなかったが、ここまで白いのも珍しいだろう。
胸は大きくなく小さくなく、しかし同年代の女性よりは少し小さめか。座高が高いし脚も長く見えるから、多分彼女は女性にしては割と背の高いタイプだ。正直好み。
そうして興味を惹かれるままに目の前の美女を見ていると、やがて彼女はクククと喉の奥で笑った。
「私の格好が気になるかい?」
「まあな。病的ってわけじゃないが、ここまで白い人間は初めて見る。アルビノってわけでもなさそうだ」
「アルビノ?」
「先天的……つまり、生まれながらにして髪や肌が白い人間の事だ。だが、そうじゃないだろ?」
「ふむ。私は生まれながらに髪や肌が白いが、恐らくそのアルビノというのではないな。私のこれは先祖代々の遺伝だ」
「……そうか。要らん話をしたな」
「構わないさ」
それにしても、この女性は一体誰だ?
Eランクパーティを護衛に付けて1人で馬車の旅……にしては軽装過ぎる。
食糧の類も見当たらないから、日帰りでソルダルとどこかの街を往復してきたと考えるのが自然か。グランツ達も『帰る』って単語に反応はしなかったからな。ソルダルの住人で間違いない。
でも、それならなおさら誰だ?
オレがソルダルに着てから1日も経ってないが、こんなのが街中を歩いてたら確実に眼がいくと思うんだがなぁ……。
「……フフフ。私が何者か、考えあぐねているといった顔だね」
「ご明察。とはいえ、ソルダルには昨日来たばかりでな。それまでは山奥に住んでたから、余計に何者かわからない」
「フフ……まあ、無理もないさ。私もあまり人前に出る仕事をしてないしね。専ら書類とにらめっこさ」
「眼が疲れそうだな……。もし眼が疲れたなと思ったら、温かいタオルを眼の上に置くといい。しばらくすればさっぱりするだろう」
「ほう、それは良い事を聞いた。近く試すとしよう。……それで、私が何者かという話だが」
「ああ。誰なんだ?」
「私はヴァイス。今から君達と帰るソルダルの街の、冒険者ギルドのギルドマスターをしている者だ」
胡散臭ぇ……。
ギルドマスターがEランクパーティを護衛にして馬車で遠出? あり得ないだろう。
それが本当なら、今度は『グランツ達こそは何者なんだ?』という話になる。
とてもじゃないが信じられねえ。
「おや、疑っているね?」
「まあ、そりゃな。仮にあんたの話が本当なのだとして……じゃあ、グランツ達は何者なんだ、って話になる。ギルドマスターと面識がある冒険者なんて、低ランクにはまずいないだろ」
「君はFランクだろう」
「今面識が出来たってだけだろ。言葉狩りはやめてもらいたいね」
「これは失礼。……まあ、なんだ。彼らは言ってみれば騙されているのさ」
「……大方、自分は商人だとでも言ったんだろう」
「フフフ、君は聡明だな。私の言わんとするところを察してくれる人間は好きだよ。君の場合は、その容姿も実に私好みだがね」
そりゃありがたい事で。
いや、そんな事より今は先の話をしないと。
「――ああ、わかっているよ。その顔を見ればわかるさ。護衛の報酬の話をしたいんだろう?」
「如何にも。それで、いくら貰える?」
「《灼熱の顎》に支払う予定の報酬の半額。金貨2枚と銀貨5枚を支払おう」
「……ランクに見合わないソードウルフ6頭のうち5頭をこちらで仕留めた。加味して貰えると有難いけどな」
「フフフ。中々面白いね。では、こうしよう。君達に支払うのは金貨3枚。それとは別に、君と君の所属しているパーティは私が懇意にしているという事を公式のものにしよう」
「それは――」
流石に、いくらなんでも破格じゃないか?
そう思って口にしかけるが、ヴァイスが片手を挙げて静止の合図を出した。
なんだ、まだあるのか……?
「それから、君達をEランクに昇格しよう。私もここから見ていたから、君や金髪の彼がソードウルフ相手に怯えもせずに戦っていたのは知っている。ソードウルフはDランク上位に位置する魔物だし、Dランクに昇格でも良いんだけど……流石にちょっとね。性急過ぎても反感を買うから」
「……そうだな。報酬はそんなところか?」
「不満かな?」
「冗談。不満なんか無いさ。金貨3枚でも十分なのに、その上、駆け出し冒険者のオレ達がいきなりEランクに昇格。さらにギルドマスターが気にかけてると公式に発表。こんなの、文句はつけられないだろ」
「フフフ、そうかい。じゃあ、報酬の話はこれで終わりだね」
「ああ。破格の報酬、感謝するよ」
「うん。……ああ、最後に1つ訊いても?」
「答えられる事なら答えよう」
なんだ、何を訊いてくる……?
もしかして、オレが転生者だと気付いていて、それについて訊きたい……とか?
あるいは、《鴉》や《黒天洞》やブーツに対しての質問か?
よーし、いいぞ、なんでも来い!
答えられる事なら一切隠さず答えてやろうじゃないか! それが礼儀ってもんだろう!
「では、お言葉に甘えて」
「ああ」
「君は……あー、えっと、その……」
ギルドマスターの顔が何故かみるみる赤く染まっていく。
ああ……白い肌に赤が差して綺麗――って違ぁう!
え、なに? 今何が起こってんの? なんで顔を赤らめてんの? わかるように説明して?
オレのこれまでの人生……前世もひっくるめて、初めての体験ですよ?
「えーと……ギルドマスター?」
「ヴァイス! ヴァイスだ、ヴァイスと呼ぶんだ」
「……じゃあ、ヴァイス」
「うん、なんだ?」
「いや、『なんだ?』じゃなくてな。質問があるんだろ?」
「……あ、ああ、そうだ。いやまあ、その、我ながら中々どうして恥ずかしい話なのだがな」
「はあ」
「うん。どうやら私は君に一目惚れをしてしまったようでな?」
「…………ん?」
聞き間違いかな?
今なんか、『一目惚れをした』とかいう漫画かアニメでしか見た事ないようなセリフを言われた気がしたけど、気のせいだよな?
「だから、一目惚れだ」
聞き間違いではなかったようだ。
んー……? 一目惚れぇ?
あ、でも一目惚れって事は、さっきのアレだ。
容姿も実に私好みだ、とか言ってたアレ。
そうだよな、性格までは知りようがないんだもんな。何もおかしくないな。うん。
「それで、一目惚れをして……何か?」
「うん。これは今回の報酬にも絡む事なんだが、期を見て、私から、実に個人的な依頼を君達にしても構わないだろうか?」
「……つまり、指名依頼?」
「まあ、そう考えてもらってもいい」
「指名依頼……なるほど……」
あの掲示板に貼り付けてある依頼と違って、指名依頼は報酬が良い。
しかも、それがギルドマスター直々にとなればさぞ金払いが良い事だろう。
シオンはオレに宿代を全額負担させたって思ってるだろうし、実入りの良い依頼は望むところだ。
「報酬の支払いをきちんとしてくれるんなら、拒否する理由はないな」
「そうか! フフフ……いや、ありがとう」
「いやいや、こっちこそ。良い話が出来て良かったよ」
「ああ、本当に」
「じゃあ、早速シオンと護衛に付くよ。それじゃ、ごゆっくり」
最後にギルドマスターと握手をして馬車を降りると、周辺警戒をしていたらしいグランツとシオンが寄ってきた。
「どうだった、クロウ?」
「気前の良い依頼主だったよ。金貨3枚もくれるんだと」
「おいおい、俺達とそんなに変わらない報酬じゃないか」
「それでもグランツ達ほどじゃない。当たり前だけどな」
「だな。俺達、まだFランクだしな」
「そうそう。ま、ともあれだ。《黄昏の双刃》も護衛を務める事になった。よろしくな、グランツ」
「こちらこそだ。ソルダルまでそんなに距離は無いが、よろしく頼む」
そう言ってグランツが差し出してきた右手を右手で握り返し、握手をする。
さっきから思ってたが、グランツはなかなか気持ちの良い奴だな。話しててアクが無いって言うか、裏表がなさそうで結構好感触だ。
もしかしたら他人には見せない裏の顔があるのかも知れないが、まあ、人間なら当然だろ。
「……なあ、クロウ」
グランツとシオンが話し合ってた事もあって動き出した馬車の殿を務めつつ歩いていると、シオンがおもむろに口を開いた。
「どうしたよ、シオン」
「今回の報酬、どうなるかな?」
「結構な額になるんじゃないか? ゴブリンは上位種もキングも狩ったし、コボルトとレザードは規定の討伐数以上に討伐した。ソードウルフなんて突然の稼ぎもあったし、護衛の依頼主からは金貨3枚が約束されてる。稼ぎすぎなくらいだ」
「……あのさ」
「だから、なんだよ」
「宿代は、持ってってくれよ……?」
「まだ言ってんのか、お前。宿代は貸しにしないって言っただろ?」
「でもさぁ……」
「デモもストもねえよ。要らねえっつったら要らねえし、借りに思わなくてもいい。その代わり、相棒として身体で支払え」
「……お前、まさかそういう――」
「いやまあ、それが良いって言うなら、オレも真面目に考えるけどさ……」
オレは決して男色家ではない。
普通に女の子が好きだ。普通に。
「……もし、さ」
「うん。なんだよ」
「もし仮に俺が女だったら、どうした?」
「……それは、なんだ? 文字通り、身体で支払ってもらったかって話?」
「うん」
「んー……いやぁ、無いかな。そもそもお前が女だったら、部屋を別々にしてるだろうな」
セックスとか、女の子とのキスとかスキンシップとかに興味が無いわけじゃない。
だけど、初対面の女の子とそうなりたいかと訊かれると、ぶっちゃけノーだ。信用してないし、信頼してないし、何よりお互いを知らない。
そんなの、楽しむ以前に怖すぎて嫌だ。
これが例えばそういう店の女の子だったなら、ある程度割り切って考えられたんだが、そうじゃないしな。
大体、初対面でいきなり身体を好きにしてもいいなんて言ってくる人間って、はっきり言って人格を疑うわ。
「そうか……そうだよな。俺もクロウが女だったらそうするもんな」
「なあ、シオン。律儀なのは好感が持てるんだけど、要らないって言ってる事を態々するのは迷惑だからな?」
「わかってる、わかってるよ。もう宿代の事は言わないし、相棒として身体で払うよ」
「そうしてくれ。……なんか、気が抜けたら一気に疲れたな。今日は早めに寝るか」
「そうだな……そうするか。あ、そうだ」
「今度はなんだ……」
「俺を抱き枕にするのやめろよ、クロウ」
「仕方ないだろ!? あのベッド、2人で使うにはちょっと狭いんだから!」
「そうだけどさ……」
《黄昏の水面亭》でオレ達が使う事になった部屋は、1人で使うには広く、2人で使うには少し手狭という感じの部屋だった。
それはベッドも同じで、2人で使うには窮屈なそれを普通に使うには、背の高いオレが背の低いシオンを抱き枕として抱いて眠るしかなかったのだ。
宿代は引き払えば戻してくれるだろうが、レインの紹介であの宿に決めたって事もあって、別の宿に移るという考えが湧かない。
まあ、他の2人部屋が空いたら部屋を移るかどうかの打診くらいはしてくれるだろうし、それを気長に待つしかない。
「……変な事すんなよ?」
「変な事ってなんだよ?」
「それは、だから……」
「冗談だ。お前がしない限りはしないよ、オレは」
「俺だってしないわ!」
それからもシオンと2人で報酬の使い道とか、好きな女の子のタイプとか、そんな他愛もない話に華を咲かせる。
なお、2人だけで行軍してた時と違って非常にスローペースな帰路だったので、ソルダルに着く頃には、もう黄昏時だった。