ある種のケジメ
「……わからんな」
エルドラにある屋敷の執務室で、さっきの事を振り返りながら唸る。
メリオス村で打ち上がったという赤色の信号弾。
確認した者は報告に来たメイドのみで、他の誰も――村人さえも――それを見ていないと言う。
実際村には何の変化もなく、魔物や賊に襲撃されたらしい痕跡さえも見当たらなかった。
報告に来たメイドにも改めて確認してみたが、間違いなく見たと言う。
一体どういう事なんだ……?
「どうした、クロウ?」
「シオンか。……いや、どうにも不可解でな」
「あー……さっきのか。そうだな、なんだったんだろうな?」
「考えられるのは、メイドの見間違い、村民の悪戯、魔導具の故障……ないしは誤作動あたりか。まあ、メイドには確認を取ってあるし、メリオス村の連中は何も知らなかったが」
「でも、魔導具の故障とか誤作動ってあるか? 魔力を通さなきゃ、魔導具は使えないんだぜ?」
「そうなんだよなぁ……」
魔導具は、それに設置された魔石――魔物を斃した際にたまに体内にある紫の石――に魔力を通して励起させる事で、書き込まれた術式を発動するという仕組みになっている。
故に、魔力を通さなければ魔導具は発動しないし、仮にとんでもない濃さの魔力の中にあっても、自ら取り込んで発動するような事には、普通の魔導具はなっていないので、誤作動と言うにも理由が弱すぎる。
特に今回話に上がっている信号弾の魔導具は、特に捻りもなく、色の付いた魔力弾を打ち上げる程度のつまらないものなので、それもまた、故障や誤作動の反証となるのである。
それを踏まえて、さて、今回の一件の原因とは?
恥も外聞もかなぐり捨てて言うとするなら、『わからない』だな。
何もかもが不可解で、何もかもがわからない。
「……………ん?」
……いや、待てよ?
仮に……そう、仮にだ。
メイドが見たものこそが真実だったとしよう。
そしてその『見たもの』は、近い将来に起こるものだった……としたらどうだろうか。
すなわち、予知。あるいは未来視。
そういう系統の魔眼スキルみたいなものを、彼女が持っていたとしたら……? あるいは、さっきのタイミングで彼女に発現したのだとしたら?
「どした?」
「……いや、詮無い事だ。どうせその時が来たら動かなきゃならないんだしな」
「あ? あ、あぁ……うん? そうだな?」
「くく……悪い、混乱させたな」
混乱した表情になったシオンの額を笑いながら指で押す。と、今度は不機嫌そうに眉根を寄せたので、人差し指で寄った眉根のシワをぐりぐりと揉んでやる。
「……クロウって、同い年だよな?」
「そうだが……それが?」
「いや……なんか、歳上に見える時があってさ」
「じゃあそうなんじゃないか?」
「…………はぁ?」
「冗談だ。それより、シオン。お前と組んで、もう半年にもなる」
「? うん、そうだな?」
「だからまあ……話しておかなきゃならない事があるんだ。お前だけには、話さなきゃならない事だ」
「まさか――」
「いや、別に変な事じゃない。さして深刻な事でもない。……ただ」
「ただ?」
きょとんとした顔で鸚鵡返しに疑問を呈すシオンに、妙なくすぐったさを覚えて。
思わず照れてしまって視線を彷徨わせながら頬を掻き――そして、出来るだけ真剣な表情を作って、しっかりとシオンと目を合わせて、告げる。
「お前が今以上の関係を望むなら、オレが仮にお前と今以上を望むとするなら……避けては通れない話だ」
「……お前は、今以上を望んでる、のか……?」
「む……」
そう言われ、ふと考える。
オレが今以上を望むかどうか、か。
「……そうだな。お前も同じなら、オレは『先』に行きたい。正直、3ヶ月も一緒にいた男が女になった時は驚いたもんだが……不思議だな」
「……不思議?」
「ああ。お前が女になって……まあ、大体2ヶ月半くらいか? やっぱオレもただの男なんだろうな。――欲しいんだ、お前が」
「…………っ」
「結構悩んだんだぜ? もしかしたら同性愛になるんじゃないかとか、女になったからって現金過ぎるんじゃないかとか、色々。まあ、別に同性愛だって、それはそれで1つの形だとは思ってるけどな」
「ふ、ふーん……?」
薔薇、百合、ノーマル。
呼び方はそれぞれあっても、結局は、好きになった相手が同性だったか異性だったか、というだけの違いしかない。
ならばもう、論ずるだけバカだろう。
好きな相手には『好きだ』と伝えるだけだ。
「……その、さ。いつから、なんだ?」
「いつから……かぁ。ははは。シオン、現金な奴だと笑ってくれ。お前が前に《黄昏の水面亭》で気があるような事言ってたろ? あれで、こう、なんだろうな……やっぱ、好きだって言われたら気になっちゃうよな」
「そっ、か……」
ぽつり、と。
顔を赤く染めて視線を逸らし、妙にもじもじとしながら呟くように言うシオン。
……あれ? 笑ってくれって言ったんだが……。
「……じゃ、俺も覚悟決めなきゃ、な」
「覚悟?」
「――クロウ!」
「お、おう。なんだ」
俯き気味だった顔を勢いよく上げてオレを見据え――かあぁっ、と一気に赤くなっていく。
「う……ぁ……えっ、と……」
「うん?」
「その……あぅ……」
「……なんだよ?」
「……好き、です……」
照れからなのか段々と上げた顔が俯き始め、いよいよ完全に俯く姿勢になったところで、消え入りそうな声で、シオンは言った。
「だから……その、だから……」
「うん。だから?」
「……話して欲しい、な……?」
ちら、と上目遣いをこちらに寄越す。
くそっ……こいつ狙ってんじゃないだろうな。
「……わかった、話そう。ただ、あー……一応訊いておきたいんだけどな?」
「…………?」
「ヴァイスとかジュリアスとかレインとか……後から増えても大丈夫か?」
そう尋ねると、ぽかんと口を開けてしばらく、シオンは急に笑いだした。
「あはははははっ! バカだなぁ、クロウ!」
「なんだとぉ?」
「いいよ、増えても。一応、その覚悟だけはしてたしな。俺だけじゃなくて、多分ジュリーとかもそれは大丈夫だと思うぜ?」
「……そうか」
「大体、クロウは貴族になったんだしな。妾の5人や6人や10人20人は当たり前だろ」
流石に10人20人はダメだと思うぞ。倫理的に。
あと多分、身が保たない。
「あ、そうだ」
「ん?」
「俺……自分を『俺』って言うの、やめた方がいいかな……?」
「……いや、そのままでいいよ」
「……そうか?」
「ああ」
「なんで?」
不思議そうな顔をするシオンにニヤリと笑ってやって、告げる。
「その方が可愛いからな」
「……そうかぁ?」
「少なくともオレは好きだよ」




