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女になった相棒と行く異世界転生冒険譚  作者: 光月
冒険者を始めましょう
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お山の大将


 嫌なものと出会った。

 出会うべきでは……少なくとも今は、絶対に会うべきではなかった存在と、出会ってしまった。邂逅を、果たしてしまった。

 長い人生、これから長く続けていくのだろう、自分の冒険者としての人生のその途中で、あるいはこれを撃退、またあるいはこれを斃すのだろうとは、考えていた。

 隣にいる相棒……シオンと一緒なら。仮に一緒ではなかったとしても、独りだったとしても、力を付けられているなら問題はないはず。

 そう、考えていた。


 逆に言えば、考えないようにしていた。

 オレ達が踏み入れてしまったこの領域は、あるいはゴブリンの集落などではないと。

 たまたま上位種が多少混ざって、そういう群れがいくらか合流して、それらとの戦いが長引いているから、戦いを察知したゴブリン共が集まってきているのだと、そんな風に考えていた。

 まったく人生とは、ままならないものである。


「……どうする、クロウ」

「……殺すしかない。親玉に見つかったってのもそうだけど、魔物の集落は放っておくのは危険過ぎる」

「斃せるのか、俺達で」

「斃せる斃せないの話じゃない。やらなければ、オレ達が死ぬ。それだけの事だ」


 ああ、本当に、まったく、なんて不幸な新しい人生だろう。

 クソッタレ太陽神め、幸運Cとか嘘だろ。そんな運がオレに備わってるなら、新たな人生2日目にして死の可能性にぶち当たるかってんだ。


「シオン、やらなきゃならない事は解ってるな!?」

「大丈夫だ! お前も削れよ!」


 シオンと短く言葉を交わしてから、ゴブリン共の首を狩るスピードをあげていく。

 今しなきゃならないのは、ゴブリンキングの対策を立てる事じゃない。ゴブリンキングと戦うまでに、どれだけ木っ端ゴブリン共を斃せるか、だ。

 厄介な話だ。

 スピードを上げるという事は、それだけ体力を喰うという事。ゴブリンキングとの戦いは熾烈を極めるだろうから、出来るだけ体力は温存しておきたいんだが……仕方ないか。

 唯一幸運だと言えるのは、このマント……『黒天洞』がある事くらいか。

 生命力と魔力を回復させる玉藻静石と同じ効果を持つこのマントがあれば、多分、きっと、すぐには死なないだろう。……そのはずだ。


「1体でも多く!」

「狩り殺す!」


 ゴブリンキングは、もうすぐそこまで来ている。木っ端ゴブリン共にキングが混じるのも時間の問題だろう。

 だけど、死ねないから。

 こっちの世界に来てから約2日。実時間は24時間も経ってない。

『良い異世界ライフを!』なんて送り出されて、その翌日には死人に逆戻り! なんて、笑い話のタネにもなりゃしない。


「――グギャギャギャギャギャ!!」


 木っ端ゴブリン共についぞ合流を果たしたゴブリンキングが、嗤った。

 明らかに嘲りを込めた嗤い。嘲笑。己や、その配下は圧倒的強者で、お前達は取るに足りない雑魚だと言外に言っているかのような声。

 ――ああ、なんかイライラしてきた。

 別に短気なわけじゃない。オレは前世でも、温厚な人間だった。お前あんま怒んないよな、なんて、もはや何回言われたか覚えてない。

 だけど、そんなオレでも、これは我慢出来ない。これだけは、絶対に。

 たかが、魔物。人の真似事をして2足で歩行しているだけの、知能は原始人にすら劣るゴミ風情が、オレ達を嘲笑うだと……?


「「調子に乗るなよ、お山の大将!」」


 オレとシオンの声がハーモニーを奏でた。

 相棒、お前も同じ気持ちか。


「……殺るか」

「……殺ろう」


 たとえランクが届いていなくても、オレ達を嗤ったゴブリンキング(猿山の大将)を生かしてはおかない。どんな手を使っても必殺する。

 シオンとは会って間もないが、どうしてか、今は、心が通じ合っている気がした。


「行くぞ、シオン」

「いいぜ、クロウ」


 それだけ話せば、あとは言葉は要らない。

 まずはシオンが飛び出した。

 群がる木っ端ゴブリン共の首を迅速に、しかし丁寧に狩っていく。その後ろでオレは、斃されたゴブリンをホロスリングに回収し、後から襲い来るゴブリン共を狩る。

 そうして斬り拓かれたキングへの道を見逃さずに、即座にキングの足下に走り、刀身を、キングの脚を断ち斬れるくらいに伸ばした《鴉》を思い切り振り抜き、脚を両断する。


「倒れろ――ッ!!」


 それは渾身の一刀だったように思う。

 だから『倒れろ』なんて言ってしまった。

 ……だから。見えているはずの『杖』という要素を忘れていた。


「ギャアアアアッ!!」


 斬られたのは確かに痛かったらしく、杖を文字通り杖にして身体を支えながら、キングは悲痛な叫び声をあげた。


「シオン!」

「わかってる!」


 合図と返事。

 短いものだったが、それだけでシオンはオレが何をして欲しいのか理解したようで、残っているキングの脚まで走り、それを斬りつけた。

 ……が、所詮はショートソード。70cmにも満たないその刀身では、キングの脚を十分に傷付けられなかった。

 まあ、それはそうだろう。シオンはオレのように神創の肉体や武具を持っているわけではないし、手にしたショートソードは使用者の意志によって刀身の長さを変えられるわけじゃない。

 つまりあれが、Fランク冒険者の1つの限界。

 でも、それじゃ足りない。


「――ああクソッ、木っ端ゴブリン共が!」


 攻撃を一度止めたからか、またわらわらとゴブリン共が群がってくる。

 基本的な攻撃手段は手に持った棍棒による殴打だから、まあこれはどうにでもなる。受け止めた時の衝撃がちょっと洒落にならないけど、レベルが上がった今なら十分に耐えられる。

 ただ、困るのは上位種だ。

 ゴブリンソルジャーは通常種と違って、鉄製の剣を持ち防具を着ている。ゴブリンメイジは言うに及ばず、遠距離から魔法で攻撃してくる。ゴブリンシャーマンは回復と補助を担当し、こちらにデバフも蒔いてくる厄介な奴だ。

 そんなのが、まあ、それなりの数いるわけだから、単なる木っ端ゴブリンだと言い切れないのがきつい。


「シオン! キングは後回しだ! まずは雑魚を斬る!」

「わかった! キングの攻撃はちゃんと避けろよ!」

「お前こそ!」


 支えがあるとは言っても機動力は殺いだゴブリンキングを放置して、上位種混じりの木っ端ゴブリン共の首を狩る。

 ……あっ。とりあえずと思って脚を斬り飛ばしたけど、大丈夫かな? ギルドでの買い取り査定に響いたりしないよな?

 まあ……いいか。その時はその時だ。登録したばっかりの2人がゴブリンの集落を壊滅させたって事で、大量に報酬を貰うとしよう。情報を把握出来てなかったギルドの落ち度だし、文句はあるまい。

 ……やあねぇ、歳を取ると人を貶める事ばっかり考えちゃって。新しい人生、なるべく平穏無事に生きるようにしよう……。


「まだまだやれそうか、シオン!?」

「まだまだいけるぜェ!」

「そいつは良かった!」


 もう随分とゴブリンを狩ってきた。

 2人だけではあったけど、その甲斐あってか、もう合流してくるゴブリンはいなかった。

 どれだけゴブリン共の首を狩ってきたか。正確な数字なんてわからないが、現状を見るに、少なくとも集落を根絶させられるくらいには狩ってきたと考えるのが妥当だ。

 シオンの顔には疲労の色が濃く出ているが、アドレナリンの分泌でそれも感じていないんだろうと思う。実際、剣の鋭さは衰えてないし。

 あー……いや、生存本能、かも?


「クソ……なんだ、何がダメだったんだ?」

「何が!?」

「忘れたのか、シオン! この後にコボルトとレザードの討伐が待ってんだぞ!」

「……やめろよ、考えないようにしてたのに」

「……ごめん」

「……いいよ。実際まだあるんだし、しょうがない」

「キング倒したら、ちょっと休憩しよう。な?」

「そうだな……」

「よし。というわけ――でッ!」


 最後のゴブリンの首を刎ねる。

 上位種もいたから最悪死ぬんじゃないかとか思ってたが、意外に傷は浅い。多分、統率されていながらどこか歪だったゴブリン共の動きのおかげだろう。

 まあ、それはさておき、だ。

 いよいよ、この場での最大の難関を突破する時が来た。


「いよいよ、だな」

「ああ……いよいよだ。正直めちゃくちゃ疲れたけど」

「やめろって。冷静になると疲労感が増すんだよ」

「それはごめん」

「……まあ、とりあえず」

「そうだな。上手くやれよ、シオン」

「お前こそ、しくじるなよ。多分、俺にはお前が必要なんだ」

「なんだよ、プロポーズか?」

「違うわ!」

「じゃあ、なんだ。告白か?」

「プロポーズで違うんだから告白も違うに決まってんだろ」


 ちょっと怒ったように言うシオン。


「そう怒るなよ、冗談だって。……多分、オレにもお前は必要なんだ。やられんなよ」

「信じろよ、相棒」

「信じるよ、相棒」


 そう言葉を交わして、部下が斃されたからか愕然としているようなゴブリンキングに向き直る。

 そして、オレは左手で刀の、シオンは右手でショートソードの、それぞれ切っ先をゴブリンキングに向け、啖呵を切る。


「「殺して(遊んで)やるよ、ゴブリンキング(お山の大将)!!」」

「――ギャギャギャギャギャ!」


 王の矜持か、上に立つ者のプライドか、ゴブリンキングは再び嗤った。

 それを幕開けに、シオンが駆け出す。狙っているのは、先刻両断を果たせなかったもう1本の脚だ。それを今度こそ両断すべく、シオンは走った。

 オレはその後を追いながら、しかし狙いはゴブリンキングの手に定める。杖を持っている手を斬れば、本格的に支えも機動力も失って、この緑色の小巨人を斃せるはずだ。


「おらあああッ!」


 柄にもなく叫んで、地面を思いっきり蹴って跳び上がり、その勢いのまま腕を狙って、下から上へ斬り抜ける。

《鴉》の刀身が肉に埋もれる手応えはない。

 だが、確かに斬ったという感覚は、柄を握る両手に伝わっていた。


「ギャギャギャアアアア!!」


 後ろに倒れながら、ゴブリンキングの悲痛な叫び声が辺りに響く。

 見れば、シオンも残りの脚を斬る事に成功しているようだった。いくらか斬り付けているみたいだが……まあ、贅沢は言うまい。


「……とりあえず一段落って感じか」

「だな……。首斬ったら死ぬかな?」

「死ぬんじゃん? ゴブリンの首は斬ってただろ?」

「や、そりゃそうなんだけどさ。……シオン。このデカブツの首、斬れると思うか?」

「……………」

「黙るなよ」

「いや、まあ、斬れるだろ。ほら、お前の剣って伸びるって言うか、デカくなるし」

「そうだけどさぁ……。あっ、首斬る前に最後の腕も斬るか!」

「鬼畜か! 魔物でもさすがにちょっと可哀想だろ!」

「そうか……」

「なんでちょっと残念そうなんだよ……」


 相手を無力化するって意味では最適な案だと思ったんだけどな。まあ、一方的に痛めつけるのは趣味じゃないし、さっさと首斬るか。


「じゃ、シオンはちょっと休んでろよ。オレは斬ってくるから」

「腕を?」

「首だよ!? お前が可哀想って言ったんじゃねえか!」

「いや、なんか、やりそうだなって」

「……まあ、提案したのは確かだけど。コボルトとレザードの討伐依頼残ってるし、遊んでる暇ないだろ」

「まあな。んじゃ、ちょっと休んでるわ」

「おう」


 適当な木の根元に、木に寄り掛かるようにして座り込むシオンを尻目に、ゴブリンキングの首まで向かう。

 生存本能からか、それともゴブリンの王としての意地からか、あるいはまだこちらを殺そうとしているのか、『ギャギャギャ』とか言いながら腕や足を振り回しているゴブリンキング。


「なんだろうな……殺虫剤を浴びせたあとのゴキブリを見てる感覚、かな……?」


 無駄に高い生命力を遺憾なく発揮して、床の上でじたばたと脚を動かす黒い悪魔。

 今のゴブリンキングの姿は、それに似ていた。

 失礼な話ではあるけども。


「首斬ったら……血抜き? まあ、そういうのはギルドに任せるか。……それでは、御免」


《鴉》を最大まで大きくしてから、ゴブリンキングの首を一刀で断つ。ギャッ、という短い悲鳴をあげて、彼……彼? まあ、彼(?)はその命に幕を閉じた。

 さて、死んでしまえばあとはホロスリングに収納すれば問題ない。生きてる生物を入れられないのはちょっと不便だなって思うけど、命が存在してなければなんでも収納出来るって代物だから、基本的にはめちゃくちゃ便利だ。

 1人に1個配ったら……犯罪が横行するな。ダメだ。配るのはやめた方がいいな。ロクな事にならない。


「……ふう。お疲れ、シオン」

「お疲れ、クロウ。って言っても、あんまり疲れてないように見えるな」

「このマントのおかげだな。生命力と魔力を回復してくれるらしい」

「なんだその魔法具は。羨ましい」

「師匠に貰ったんだよ。1人で行くなら何かと必要だろうって。武器も、このブーツもそうだな」


 本当は神様に貰ったんだけど、無用な混乱は起こすべきじゃないからな。師匠に貰ったって事で納得してもらおう。


「いいなぁ……」

「ま、それよりメシにしよう。腹減ったろ?」


 そう言った途端、シオンの方から腹の虫の鳴き声がした。


「……腹減ったわ。言われて気付いたけど」

「よし、メシだな」


 ホロスリングから、ソルダルで買ったサンドイッチ――コッペパンに具材を挟んだもの――と串焼き(肉のみ)、それから水筒を取り出す。

 このホロスリングことアイテムボックスの中は時間の概念が存在しないから、いつでも出来立てのものが食べられる。こんな贅沢、他にはないな。


「あぁ……いいな、これ。俺、お前が相棒で良かったよ。いつでも出来立てが喰えるなんて、最高だ」

「おい。オレは食糧保管係じゃねえぞ」

「わかってるわかってる。でも、使えるものは使わなきゃな」

「まあ、そうだな……」


 ちょっと釈然としないが、まあ、いいか。

 とりあえずメシだ。それから食後の休憩をちょっと挟んで、そしたらコボルトとレザードを討伐しに行こう。

 ……コボルトの親玉とか、レザードの親玉が出てきませんように。

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