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女になった相棒と行く異世界転生冒険譚  作者: 光月
女になった相棒とする異世界転生貴族生活
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領主直々の依頼


「お、こないだの兄ちゃんじゃねえか。どうした?」


 鍛冶屋に行くと、以前下見の時にも少し話した、鍛冶職人のガランがこちらを認めるなりそう話し掛けてきた。


「ああ、おっちゃん。ちょっと仕事を頼みたくてさ。おっちゃんは鍛冶屋だけど、金属加工もイケるのか?」

「当たり前よぉ! 鍛冶職人ってのはな、剣や槍なんかを()ってるだけじゃダメなのよ。板金加工や金属加工も出来なきゃ、1人前の鍛冶職人たぁ呼べねえな」

「ははは。いや、そいつは良かった。実は今度、この辺の領主になったんだけどさ、領民の生活を豊かにするために、ちょっと道具が必要なんだ」

「おう、道具――おい、兄ちゃん。今、なんつった?」

「え? や、だからさ。生活を豊かにするために、道具が――」

「いやいや、そこじゃねえよ。その前だ」

「前? ……あー。実は今度、この辺の領主になったんだけどさ――ってとこかい?」

「おう、それだ! ……いや、そうじゃなくてな。本当に領主なのか?」

「……おっちゃんは、今度領主になる貴族の家名とかなんかは聞いちゃいないかい?」

「んー……なんだったかなぁ。確か、ローゼンクランツ男爵とかいうのが領主になるとかって聞いたな」

「おー、それそれ。それがオレさ。クロウ・ローゼンクランツ、男爵位だ。よろしくな、おっちゃん」


 そう言って、握手でもしようと手を差し出すと、ガランは混乱した様子でそれでも手を出して握手してくれた。


「……いや、いや、兄ちゃん。あ、いや、領主様よぅ。こう言っちゃなんだが、ちょいと人が悪くねえかい?」

「まあ、そう言ってくれるなよ。どうせしがない男爵位だ。領民と親しくしたって、誰にもバチは当たらないさ」

「……まあ、領主様がそう言うんなら、平民の俺達としちゃ安心なんだけどよ」

「大体、オレはもうこの街の人間にも周りの村の人間にも顔が割れてるからな。今さら平伏しろなんて言わないよ。……さて。そういうわけで、仕事の話なんだけどな?」

「お、おう! 領主様直々の仕事の依頼とあっちゃあ、このガラン張り切らないわけにはいかねえな! 何を作って欲しいんで?」

「――これだ」


 あらかじめホロスリングから出しておいた手動ポンプの設計図を、懐から取り出してガランに渡してやる。

 ガランは設計図を広げ、しばらく眺めてから、カッと目を見開いた。


「こいつぁ……なんてこった……」

「どうだ? 作れそうか?」

「あ、ああ……そりゃもちろん、作れる。作れる……が、こいつは……」

「そいつは……まあ、手動ポンプとでも呼んでくれ。完成したら井戸に取り付け、水の汲み上げを楽なものにする。意外と重労働だからな、アレは」

「そりゃそうだが……こいつは、どうやって汲み上げるんで?」

「おっちゃんは『真空状態』って知ってるか?」

「真空状態?」

「そうだ。例えば両手の平をハマるようにくっつけると、離した時に音が鳴るだろ?」

「……ああ? ちょいとやってみる」


 ガランは一旦設計図を置くと、両手をあわせてから離した。すると、軽くプッという音がした。


「おお、鳴るな」

「でさ、離す時に、なんか妙に手がくっついてると思わなかったか?」

「ああ、思ったな。離すのにちょいと抵抗があるって言やぁいいのか?」

「簡単に言えば、それが真空状態だ。真空状態ってのはつまり、空気の存在しない状態って事だな。もちろん、開放すれば空気はそこに入り込む」

「……! なるほど。このポンプの機構にそれを取り入れるわけか」

「ご明察。真空状態を作ってから開放すると、そこに空気が流れる。すると、引き上がる空気につられて水も上がってくるんだ」

「ははぁ……なるほどなぁ。言われて見てみりゃ、なるほど、納得の作りをしてやがる」


 本当なら気圧がどうだのと語らなければならないところだが、この世界では今のところそういうのにうるさい人間はいなさそうだし、概要だけわかってれば十分だろう。


「とりあえず試作品を作ってくれ。それが上がれば井戸に仮設置して、実験、修正を繰り返すつもりだ」

「おう、わかったぜ領主様。こいつがありゃあ、うちの母ちゃんの仕事も楽になりそうだからな。張り切らせて貰うぜ」

「はははっ。仲が良さそうでいい事だな。そのまま仲良し夫婦でいてくれよ、おっちゃん」

「任せろ! ……って言いてえんだがなぁ。尻に敷かれてばっかりだ」

「男なんてそんなもんだろう? 好きな女に振り回されてりゃ幸せさ」

「違いねえ! じゃあ、領主様よ。俺は早速こいつに取り掛かるぜ。設計図は貰っちまっていいよな?」

「ああ、構わない。無いと作れないだろ。それじゃ、後はよろしく頼む。こいつは依頼金だ」


 懐から金をいくらか入れた小袋を取り出してガランに渡し、予定があるからと鍛冶屋を後にする。

 後ろでガランの呼び止める声が聞こえたが、どうせ戻っても、やれこんなには受け取れないとか、やれいくらなんでも貰いすぎだとか、果ては母ちゃんに叱られるとか言って小袋を突き返されるに決まってる。

 そんでもって押し問答になって、領主命令とかって権力を使わされるはめになるんだ。

 おっちゃんには悪いが、絶対戻ってやらねえからな。


「さて。次は……ああ、木彫り細工の店があったな。あそこがいい」


 この辺りも辺境だってのに、珍しく木彫り細工の店なんかあるもんだから、妙に記憶に残ってるんだよな。

 まあ、看板を見たくらいだから、店の人間の顔なんかは知らないが……どうにかなるだろ。



   ◆



 ――カランカラン


 木彫り細工の店のドアを開けると、設置されていたドアベルが鳴った。

 店内には、鳥やら魚やらの生き物から、山や森、草原なんかの風景までもを木彫り細工として再現した『作品』が整然と並べられていた。

 どれもこれも実に精巧なつくりをしていて、写実的、とでも言えばいいのだろうか。生き物には躍動感が、風景にはそこにあるだろう空気すら感じる気がする。


「へぇ……大したもんだな……」


 本来のスケールからかなり縮小して彫ってあるだろうそれらを見るに、これを彫った人間は、少なくとも小さいものを削り、彫る作業に慣れている人間という事だろう。

 チェスの駒はボードゲームにしては大きめだが、それでも小さい部類なので、細かな作業に慣れている人間ならば願ったり叶ったりだ。


「あらぁ? お客様ねぇ?」

「ん。ああ、一応な」


 色っぽいというか、艶やかな女性の声がして、その方を向いて答える。

 店の奥にあるカウンター。その向こうに、ゆるいウェーブのかかった長い髪で片目を隠した、唇が厚く胸の大きな女性がいた。

 ただ、その妖艶な見た目に反して、衣服は、以前見た木材加工業者が来ていたような作業服を身に付けている。

 ……まあ、いわゆる『仕事着』ってやつなんだろうが、ちょっとミスマッチ感があるな。


「それでぇ? あなたはどちら様なのぉ?」

「オレはクロウ。クロウ・ローゼンクランツ。男爵位を戴いている」

「あらぁ、貴族のご当主様なのねぇ。……でも、ローゼンクランツぅ? 聞き覚えがあるようなぁ……?」

「そうじゃないか? ローゼンクランツ男爵家は、この辺の領主家だからな」

「あぁ、そうだったわぁ。という事は、あなたは領主様なのねぇ。後れ馳せながら、私はしがない細工屋を営んでおります、ルセアと申します。どうぞよしなに」


 ルセアと名乗った彼女は少し格好を整えると、深々とお辞儀をした。

 ……おや、この女性。


「ルセアは人族じゃないな? 何族だ?」

「えぇと……」

「ああ、勘違いしないでくれ。別に人族じゃないからって、領地から追い出すとかはしない。知的好奇心みたいなもんだ。話せるなら話してくれ」

「はい……。私は……夢魔族です」

「夢魔族……! 初めて見るな」

「夢魔族は……そのぉ……あまり、人族とは生きられないのでぇ……」


 本では見た事がある。

 夢魔族。……つまるところサキュバス。

 その一族には女性しか生まれず、他の種族と交わる事で子を成し、一族を繋いでいく。

 並外れた性欲を生まれながらに有している為に、人族に懸想する事はあっても、人族がそれについていけないので交わる事はない……らしい。

 獣人とは体力的な面で相性が良いので、夢魔族と獣人の結婚話は珍しくないとか。


「なるほど、夢魔族か。しかし、そうならここは生きづらいんじゃないか?」

「そうですけどぉ……私は、人が好きなのでぇ」

「……まあ、もし何かあれば遠慮なく屋敷を訪ねてきてくれ。必ず対応させてもらおう」

「ありがとうございますぅ。……ところで、何かお話があったのではぁ?」

「おっと、そうだった。まずは、これを見て欲しい」


 ルセアのいるカウンターに近付き、屋敷でライヤ達にやってみせたのと同じように、彼女にも樹魔法でチェスを作って見せてやる。

 駒は……まあ、この国の騎士や国王をモチーフにした。


「これは……!?」

「……これは魔法で作ったものだが、同じものを作って欲しい」

「同じもの、ですかぁ?」

「ああ。この店の中に並んでる作品を見るに、君に頼むのが良いと考えた次第だ」

「……魔法で作ったとは思えないほど精巧ですねぇ」

「本職の人にそう言って貰えるのは嬉しいな。作れそうか?」

「はい……。でもぉ、お時間を頂く事になりますよぉ?」

「それはもちろん。どれだけ掛かってもいいから、同じもの……いや、同じくらいのものを作って欲しい」

「……わかりましたぁ。けどぉ、これはどういうものなんですぅ?」


 不思議そうな顔でカウンターのチェスを見つめるルセアに、チェスが盤上遊戯である事と簡単なルールを説明してやる。


「なるほどぉ、これはそういうゲームなのですねぇ」

「ああ。とりあえずは5セットもあればいいが、無理にとは言わない。試供品は手前でどうにかするしな。まずは国内の貴族を中心に売る事になるだろう。ゆくゆくは国外と考えているが……まあ、それは今はいい。どうだ?」

「……ふふ。一世一代の大仕事ですねぇ。領主様直々の依頼でもありますので、このルセア、張り切らせていただきますねぇ」

「ありがとう。とりあえず依頼金としてこれを。何か必要なものがあれば言ってくれ。可能な限りこちらで手配しよう」


 そう言って、ガランのところでもしたように、金の入った小袋を差し出す。

 ルセアはそれを受け取り、中身を確認すると、おずおずと口を開いた。


「これ……こんなに貰えませんよぉ」

「ははは、そう言うと思った。まあ、諸々込みの金額だから、遠慮せずに貰ってくれ。人族の中で夢魔族が普通に生活するには、色々厳しいだろうしな」

「……領主様は男前ですねぇ」

「そうか? 惚れてもいいぞ」

「もぉ、領主様ったら……」

「……まあ、なんだ。遠慮なく頼ってくれ。領民あっての領主、領地だからな」

「……夜のお相手でも……?」

「それは……まあ、男としては願ったり叶ったりだな。それが必要なら、オレも頑張らせて貰う」

「……ふふ。優しい領主様で安心しましたぁ。それでは、早速取り掛かりますねぇ」

「ああ。無理はしないでくれよな」

「もちろんです」


 にっこりと笑うルセアに別れを告げて、細工屋を後にする。


 ……さて。

 とりあえず、今対応できるものはこれくらいだろうか。

 海水塩の精製も海産物の輸出も、色々領民と話をしてからじゃないとな。こちらの一存でやって、要らぬ軋轢を生んでも仕方ない。

 じっくりやろう、じっくり。

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